同じ痛みを抱く人たち
戻らない日常2
第26話「同じ痛みを抱く人たち」
川崎駅無差別刺傷事件の発生から、三週間が過ぎた。
神奈川県の犯罪被害者支援センターでは、事件の遺族と負傷者が初めて顔を合わせることになっていた。会場は報道陣に知られないよう非公開とされ、参加者の同意がない限り、話された内容や連絡先を外部へ伝えないことも確認された。
斉藤家からは勝、乃亜、貴教が出席した。
乃亜は母の写真を一枚持ってきていた。横浜ライブへ向かう途中、港南台駅で撮影した写真だった。杏子はM&Yのタオルを肩に掛け、楽しそうに笑っている。
会場の壁際には、亡くなった三人の写真を置くための小さな台が用意されていた。
斉藤杏子、三十八歳。
佐野恵美、二十九歳。
大川隆志、五十七歳。
ニュースでは「死者三人」と一つの数字にまとめられた三人にも、それぞれ名前があり、帰りを待っていた家族がいた。
佐野恵美の写真を持ってきたのは、夫の佐野幸也だった。写真の中の恵美は、幼稚園の園庭で子供たちに囲まれ、太陽のような笑顔を見せていた。
恵美は保育士で、子供たちから人気のある、明るく朗らかな先生だった。よく笑い、子供が失敗しても頭ごなしに叱らず、どうすれば次はうまくいくかを一緒に考える人だったという。
近所でも、休日になると一人息子の恵一と公園へ出掛け、ほかの子供たちまで巻き込んで遊ぶ姿がよく見られていた。
三歳の恵一は、恵美が勤務していた幼稚園へ通っていた。
この日は会場に設けられた子供用スペースで、支援員と一緒に積み木で遊んでいる。しかし、母親に何が起きたのかは、まだ十分に理解できていなかった。
幸也が口を開いた。
「葬儀のとき、息子が妻の棺を見て聞いたんです。『お母さん、なんで木の箱に入って寝てるの?』って」
室内が静まり返った。
「妻が亡くなったとは話しました。でも、三歳の子供にとって、亡くなるということがどういうことなのかは分からない。朝になると、『今日はママがお迎えに来る?』と聞くんです」
幸也は膝の上で両手を握った。
「なんて説明すればいいのか、今も分かりません。ママはもう帰ってこないと何度も言えば、息子を何度も傷つけることになる。でも、帰ってくると嘘をつくこともできない」
勝は自分の子供たちへ目を向けた。
九歳と十一歳の乃亜と貴教でさえ、杏子が二度と帰らないという現実を受け止められずにいる。三歳の恵一が理解できないのは当然だった。
「うちの息子も、お母さんのために残していた食事を捨てないでくれと言いました」
勝が話した。
「頭では分かっていても、心が拒むんだと思います。私も今でも、妻が帰宅する時間になると玄関の音を待ってしまう。どう説明すればいいのか、私にも分かりません」
幸也は小さくうなずいた。
「妻は息子が大好きでした。事件の日も、幼稚園の子供たちの誕生日会で使う飾りを買って帰る途中だったそうです。あのバッグの中に、色紙やリボンが入っていました」
子供たちを喜ばせるために選んだ色紙とリボンは、幼稚園へ届くことがなかった。
大川隆志の写真を持ってきたのは、妻の大川節子と長女の麻衣だった。
写真の隆志は、五人の孫に囲まれていた。一番上は八歳、一番下は一歳。全員を膝へ乗せようとして、家族から「さすがに無理だよ」と笑われたときの写真だという。
「夫は、孫を目の中に入れても痛くないというくらい、かわいがっていました」
節子が語った。
「孫に頼まれると何でも買ってしまうので、私や娘が止める役でした。事件の日も、もうすぐ誕生日を迎える孫のために、プレゼントを見に行った帰りでした」
麻衣は父の写真を見つめた。
「父は口数の多い人ではありませんでした。でも、孫から電話が来ると声が変わるんです。先週も息子が、『じいじに野球を教えてもらう約束だった』って泣きました」
節子の隣には、五人の孫が描いた絵が置かれていた。中央には隆志が大きく描かれ、その周囲を家族が取り囲んでいる。
「夫には、定年後に私と旅行する約束もありました。五人の孫が大きくなる姿を見る時間もあったはずです。その全部が、一瞬で奪われました」
杏子も、恵美も、隆志も、黒田慎吾とは何の関係もなかった。
家族を愛し、その日の仕事や用事を終え、自分の帰る場所へ向かっていただけだった。
事件は三人の命だけでなく、その先に続くはずだった無数の約束まで奪っていた。
負傷者たちも、一人ずつ自分の経験を話した。
腕と肩に重傷を負った新井理央は、まだ腕を自由に動かせなかった。退院はしたものの、通院とリハビリが続き、駅の階段へ近づくと息が苦しくなるという。
「ニュースで、三人が亡くなったと知りました」
理央は震える声で話した。
「私は助かった。同じ場所にいて、同じ人に襲われたのに、私は生きています。それから、楽しいと思うたびに苦しくなるんです。友達がお見舞いに来て笑わせてくれても、笑ったあとに、亡くなった方はもう笑えないのにと思ってしまう」
理央は杏子たち三人の写真を見た。
「生き残った私が、笑ってもいいのでしょうか」
誰もすぐには答えられなかった。
乃亜が母の写真を抱え、理央の前へ進んだ。
「生きてることを謝らないでください」
理央が顔を上げた。
「悪いのは、傷つけた人です。理央さんが生き残ったから、お母さんが亡くなったわけじゃない。理央さんが笑ったから、お母さんが悲しむわけでもないと思います」
「でも……」
「私のお母さん、笑うのが大好きだったんです。ラジオを聴いて笑って、ライブでも笑いすぎてお腹が痛くなってました。だから、誰かが笑うことを怒る人じゃありません」
乃亜自身、以前のように笑うことはできていなかった。それでも、自分と同じように苦しんでいる理央へ伝えたかった。
「私もいつ笑えるようになるか分かりません。でも、笑える日が来たら、笑ってもいいんだと思います。お母さんが笑えなかった分まで笑うんじゃなくて、自分のために笑っていいんです」
理央の目から涙が流れた。
「ありがとう、乃亜ちゃん」
森川修司は、逃げる乗客を誘導している途中で負傷していた。傷は回復へ向かっていたが、電車に乗れなくなり、仕事にも復帰できずにいる。
「目を閉じると、ホームの悲鳴が聞こえます。人混みで誰かが走るだけでも、また襲われるんじゃないかと思う。家族からは焦らなくていいと言われますが、いつまでこのままなのかと考えてしまいます」
貴教が尋ねた。
「怖いって言ってもいいんですか」
「もちろんだよ」
「僕、事件のとき川崎駅にいなかったのに、川崎駅の映像を見ると怖いです。お母さんがそこで刺されたって考えたら、駅そのものが怖くなる」
森川はうなずいた。
「貴教くんの怖さも、本物だよ。現場にいたかどうかだけで決まるものじゃない。一緒に少しずつ、怖いと言えるようになろう」
参加者たちは、事件の記憶を無理に聞き出さないこと、つらくなったら途中で退室してもよいことを確認しながら、ゆっくりと言葉を交わした。
子供用スペースにいた恵一が、幸也のもとへ歩いてきた。
「パパ、ママの写真」
恵一は台に置かれた恵美の写真を指さした。
「そうだよ。ママだよ」
「ママ、幼稚園にいる?」
幸也は息を詰まらせた。
支援員は答えを急がせず、そばで見守った。
幸也は恵一を抱き上げた。
「ママはな、もう幼稚園には帰ってこられないんだ」
「お仕事は?」
「お仕事もできない」
「じゃあ、どこにいるの?」
幸也は涙を流しながら、息子の胸へ手を当てた。
「恵一がママを思い出すとき、ここにいるよ」
恵一は意味をすべて理解したわけではなかった。それでも、父親の胸元へ顔を寄せた。
会の後半には、被害者支援を担当する弁護士の遠山佳奈が、今後の刑事手続きについて説明した。
「検察は、防犯カメラ映像、目撃証言、黒田慎吾の自宅から押収された記録などを精査しています。殺人三件と負傷者十三人に対する殺人未遂などを中心に、起訴する罪名を検討しています」
節子が不安そうに尋ねた。
「刑事責任能力を調べると報道されています。もし責任能力がないと言われたら、罪に問われないのでしょうか」
「弁護人は、黒田被疑者の言動や精神状態について、専門家による詳しい鑑定が必要だと主張しています。刑事裁判では、重大事件であっても、犯行当時に善悪を判断する力や行動を制御する力があったかを確認する必要があります」
「それでは、病気だったと言えば許されるんですか」
幸也の声には怒りがにじんでいた。
遠山は首を横に振った。
「診断名があることと、直ちに刑事責任を負わないことは同じではありません。検察は、黒田が事件前に準備をし、駅を繰り返し訪れ、警察官や駅員に声を掛けられた際には不審な行動を隠そうとした点も調べています。責任能力は、そうした行動を含む証拠全体から判断されます」
勝は拳を握った。
「私たちは、手続きが必要であることは理解します。けれど、妻たちが何を奪われたのかも、同じ重さで法廷に出してほしい」
「そのために、被害者参加制度や意見陳述について、一人ずつ希望を伺います。今すぐ決める必要はありません」
遠山は参加者全員を見渡した。
「裁判は長く、つらいものになる可能性があります。全員が同じ方法で関わる必要もありません。法廷に立つ人、書面で伝える人、傍聴しない人。それぞれの選択が尊重されます」
会が終わったあと、乃亜と貴教は杏子の両親である宮原博之と美佐子の家へ立ち寄った。
乃亜は杏子の遺影を見ながら、以前から気になっていたことを尋ねた。
「おばあちゃん、お母さんの名前って、どうして杏子なの?」
美佐子は少し驚いたあと、懐かしそうに笑った。
「杏子の『杏』にはね、安曇野の杏の木の思い出が入っているんよ」
「安曇野?」
「長野県の安曇野市に、私のお母さん――乃亜と貴教にとっては、ひいおばあちゃんの春江さんが住んでいた家があるの。庭や畑の周りには、杏の木がたくさん植えられていたんよ」
博之が続けた。
「春になると淡い色の花が咲いて、夏が近づくと実がなる。杏子が生まれたとき、その景色を忘れず、故郷を大事にする人になってほしいという願いを込めたんだ」
乃亜は杏子のスマートフォンを開いた。警察から返却されたあとも、家族は中の写真をほとんど見ることができずにいた。
美佐子と一緒にアルバムをさかのぼると、二年前に安曇野を訪れたときの写真が見つかった。
曾祖母・小林春江の家の庭先に、大きな杏の木が立っている。枝には青々とした葉が広がり、その向こうには北アルプスの山々が連なっていた。
別の写真には、杏子、乃亜、貴教の三人が杏の木の下に立っている。撮影したのは勝だった。杏子は実を一つ手に持ち、乃亜と貴教へ何かを話しながら笑っていた。
「このとき、お母さん言ってた」
乃亜が写真を拡大した。
「私の名前は、この木から一文字もらったんよって」
貴教も画面をのぞき込んだ。
「お母さんの木、まだあるの?」
「あるよ」
美佐子が答えた。
「春江おばあちゃんは亡くなったけれど、家と杏の木は親戚が守ってくれている。毎年、ちゃんと花を咲かせてるよ」
「お母さんがいなくなっても?」
「うん」
乃亜は写真の中の杏の木と、その下で笑う母を見つめた。
「じゃあ、来年も咲くんやね」
「咲くよ。再来年も、その次の年も」
乃亜はスマートフォンを胸へ抱いた。
杏子の人生は、川崎駅で突然断ち切られた。それでも、その名前に込められた安曇野の景色や、杏子が家族へ残した思い出まで消えたわけではない。
恵美が子供たちへ注いだ愛情も、隆志が五人の孫と過ごした時間も、負傷者たちが必死に生き延びた事実も、数字に置き換えられるものではなかった。
三人の遺族と負傷者たちは、その日初めて互いの顔を見て、互いの名前を呼んだ。
黒田が奪ったものの大きさを、裁判で伝えるために。
そして、奪われなかった思い出を守り続けるために。
次回予告
横浜地方検察庁は、黒田慎吾を三件の殺人と十三件の殺人未遂などで起訴する方針を固める。
斉藤家へ届いた通知書には、杏子、恵美、隆志、そして負傷者たちの名前が並んでいた。
「これだけ名前があっても、お母さんは一人なんだよ」
乃亜は、杏子のスマートフォンに残された予定表を開く。そこには、乃亜のバスケットボール、貴教の野球、家族で出掛けるはずだった予定が、事件後の日付にも記されていた。
一方、黒田の弁護人は精神鑑定を求め、検察は計画性と犯行後の言動を示す証拠を積み上げていく。
次回、第27話「起訴状に並ぶ名前」。
刑事裁判へ向けた長い道のりが、静かに始まります。




