家族写真は一度で決まらない
第12話「家族写真は一度で決まらない」
授業参観から数日後、斉藤家の郵便受けに町内会から一通の封筒が届いた。中に入っていたのは、広報誌の企画「港南台の元気な家族」への出演依頼だった。
「斉藤さんのご家族は、地域のスポーツ活動にも積極的で、いつも明るく仲がよいので、ぜひ家族写真を掲載させてください」
依頼文を読み上げた杏子が、嬉しそうに三人を見る。
「家族四人で広報誌に載るんやって」
「よし。せっかくなら最高の一枚を撮ろう」
勝が張り切る一方、乃亜は早くも鏡の前で笑顔の練習を始めていた。
「これくらいが六年生らしい自然な笑顔かな?」
乃亜が口角を上げると、貴教が首をかしげる。
「なんか、給食のおかずを一個多くもらおうとしてる顔」
「どういう顔よ!」
「俺のほうが自然やろ」
今度は貴教が歯を見せて笑う。しかし、目を大きく見開き過ぎて、笑顔というより驚いた顔になっていた。
「怖い怖い。夢に出てきそう」
「じゃあ、お父さんは?」
二人に見つめられた勝は、背筋を伸ばして口元だけを横に広げた。
「どうだ?」
杏子は数秒間黙ったあと、静かに答えた。
「新型車の発表会でも、そんなに不自然な笑顔せんやろ」
撮影当日、斉藤家は港南台中央公園へ向かった。広報担当の佐々木佳奈と、カメラマンの藤川浩が待っており、緑の木々を背景に撮影することになった。
乃亜は港ブルーサンダースの青いバスケットボールユニフォーム、貴教は横浜リトルファイヤーズの野球ユニフォームを着ている。勝と杏子も普段より少しだけよそ行きの服装だった。
「まずは、ご家族で並んだ写真を撮りましょう。自然に笑ってください」
藤川がカメラを構える。
一枚目。
「はい、笑って!」
シャッターが切られた瞬間、乃亜が目を閉じた。
「ごめんなさい。今、まばたきした」
二枚目では貴教が、近くを飛んだハトに気を取られて横を向いた。
三枚目では乃亜が目を閉じ、貴教が横を向き、さらに勝の笑顔が固まっていた。
画面を確認した杏子が頭を抱える。
「どうして一枚の中で三人が別々の失敗をするん?」
「俺は失敗してないぞ。ちゃんと笑った」
「それが自然な笑顔に見えへんのよ」
四枚目。貴教の帽子が風で飛んだ。
五枚目。帽子を拾いに行った貴教を全員が目で追ってしまった。
六枚目。戻ってきた貴教のユニフォームに小さな葉っぱがついており、乃亜が取ろうとした瞬間にシャッターが切られた。
七枚目では勝の携帯電話が鳴り、八枚目では乃亜がくしゃみをし、九枚目では貴教だけが一秒早くポーズを解除した。
「みんな、普通に笑って!」
とうとう杏子が声を上げた。
「普通の笑顔って、どうやるんだ?」
勝が真剣に尋ねる。
「それを聞かれたら、私も分からんようになるやん!」
撮影の合間、近くに置かれた佐々木のラジオから『フライデー爆笑ラジオカフェ』が流れてきた。美香、光子、優子の三人が、写真撮影で起きた失敗談を紹介している。
『家族写真を撮ったら、お父さんだけ全部目を閉じていました』
『お父さん、写真の中でも就寝中です』
『うちはセルフタイマーを押した本人が、十枚連続で間に合いませんでした』
それを聞いた乃亜が、父親を見る。
「お父さんより上がおるよ。全部目を閉じるお父さん」
「下と比べて安心するな」
十枚目では全員の目が開いたものの、今度は杏子だけが笑えていなかった。三人をまとめることに疲れ、表情が引きつっていたのである。
十一枚目。勝が「笑え」と言ったため、全員が余計に固くなる。
十二枚目。貴教が面白い顔をして、乃亜だけが吹き出す。
十三枚目。乃亜が仕返しに変な顔をして、貴教が笑い崩れる。
十四枚目。二人を注意していた杏子が横を向く。
十五枚目。勝の肩にハトがとまりそうになり、全員が驚く。
十六枚目から十九枚目までは、誰か一人が必ず目を閉じる、よそ見をする、姿勢を崩すという奇跡的な失敗が続いた。
藤川は困るどころか、撮影した写真を確認しながら楽しそうに笑っていた。
「斉藤さんご一家らしさは、十分に写っているんですけどね」
「広報誌に載せられる写真が一枚もないですよね?」
杏子が心配そうに尋ねると、藤川は少し考え、乃亜と貴教のユニフォームを見た。
「二人とも、好きな選手や漫画の主人公はいますか?」
「います!」
姉弟の声がそろった。
「では、行儀よく並ぶのはやめましょう。二人が一番格好いいと思うポーズをしてください。お父さんとお母さんも、止めずに好きなようにさせてあげてください」
乃亜はバスケットボールを手にすると、『SLAM DUNK』の名場面を思い浮かべ、シュートを放つ直前の姿勢を取った。
「左手は添えるだけ……」
真剣な表情でつぶやき、ゴールを見つめる。
一方の貴教はバットを構え、アニメ『MAJOR』の茂野吾郎になりきった。右足を軽く上げ、豪快に振り抜く寸前の打撃フォームを作る。
「来い! ど真ん中!」
「二人とも、家族写真やということ忘れてない?」
杏子が笑い出す。その横で勝も、別々のスポーツに夢中になる姉弟を見ながら肩を揺らした。
「乃亜、シュートするなら貴教の頭に当てるなよ」
「当てへんよ!」
「お姉ちゃんなら、やりかねん!」
「貴教こそ、そのバットをこっちに向けんといて!」
二人が同時に言い返した瞬間、乃亜の持っていたボールが手から滑り落ちた。転がるボールを貴教が足で止めようとして空振りし、帽子が再び地面へ落ちる。
「また帽子落としてる!」
「お姉ちゃんもボール落としたやん!」
勝と杏子は、顔を見合わせて吹き出した。乃亜と貴教も互いの姿を見て、我慢できずに笑い始める。
四人の表情から緊張が消え、いつもの斉藤家の笑顔が戻った。
その瞬間、藤川がシャッターを切った。
二十枚目だった。
画面には、バスケットボールを抱えた乃亜、バットを肩に担いだ貴教、その二人に挟まれて心から笑う勝と杏子が写っていた。全員が同じ方向を向いているわけでも、姿勢がきれいにそろっているわけでもない。それでも、四人がどんな家族なのかが一目で伝わる写真だった。
「これです」
藤川が画面を見せると、杏子が小さく息をのんだ。
「めっちゃ、うちららしいやん」
「俺の打撃フォームも完璧やろ?」
「貴教、帽子落ちたままやで」
「お姉ちゃんもボールを抱え直してる途中やん」
勝は写真を見つめながら、満足そうにうなずいた。
「最高の一枚って、完璧な一枚とは違うんだな」
数週間後、町内会の広報誌が完成した。表紙をめくった先には、二十枚目に撮影された斉藤家の写真が大きく掲載されていた。
見出しは――『スポーツと笑顔が絶えない斉藤家』。
港ブルーサンダースの仲間たちは、乃亜の『SLAM DUNK』ポーズに盛り上がり、横浜リトルファイヤーズでは貴教の『MAJOR』ポーズが話題になった。
その夜、『爆笑通信』には杏子から一通の投稿が届いた。
『家族写真を撮りました。全員がまともに写るまで二十枚かかりました。ところが採用された写真では、娘はボールを落としかけ、息子は帽子を落としていました。うちの家族に“静止”は無理なようです』
光子が投稿を読み終えると、優子が笑いながら言った。
『斉藤家の皆さん、次は動画でお願いします!』
ラジオの前で四人は同時に叫んだ。
「動画やったら、もっと大変や!」
笑い声の響くリビングの壁には、広報誌に掲載されたものと同じ家族写真が、新しい額に入れて飾られていた。
次回予告
待ちに待ったM&Yの横浜ライブ当日。
乃亜は朝から落ち着かず、持ち物確認を何度も繰り返す。一方、勝と杏子は会場までの移動時間を調べ、貴教は「俺も曲を覚えた」と自信満々に歌い始める。
ところが、貴教が覚えていた歌詞は、ところどころ別の食べ物に変わっていた。
「そこ、“未来”やなくて“ミートパイ”になってる!」
「似てるからええやん!」
次回、第13話「横浜ライブへ行こう」。
斉藤家は、開演時間までに無事会場へ到着できるのでしょうか。




