六. 魂の訴え
タクシーで近づきながら見るアレクサンドリア市の拘置所は、赤レンガが印象的なまるで市立図書館のようないで立ちだった。ロヨラから車と飛行機で約十時間の道のりで、さすがのジョーも疲れた様子だ。今のこのご時世、収容者とは自宅からオンラインで面会ができるのだ。私もその方法をジョーに強く薦めたが、ジョーは首を縦に振らなかった。曰く、〈直接会ってはじめて人となりが判るもんだ〉、だそうだ。正直私にはこういう精神論がよく理解できない。所詮、人が会って話すということは情報の交換でしかない。言葉や表情という情報以外に何を交換し合うっていうの。もっと言えば、そもそもジョーが追ってるルシア徳山の生まれ変わりとかいうものも私には今一しっくりこない。人が死んだら生まれ変わるかどうかっていう議論以前に、私はその議論が前提としてる魂というものを理解できない。でも意外に人の会話を何気なく聞いてると、この魂という言葉を当然のように使ってる人が少なくない。彼らは魂とは何かを知ってるのだろうか。知った上で語ってるのだろうか。それを理解できない私はどこかおかしいのだろうか。そんなことをたまに考えたりする。
「ジョー・モラレスさんですね。ようこそいらっしゃいました。保安官のアブラハムです。」
タクシーが止まると、中東系の褐色肌にチョビ髭を生やしたアブラハムがドアを開けて迎えてくれた。身長は百六十センチくらいのずんぐりむっくり体形だが、筋肉は引き締まっている。
「素敵なブローチですね。奥さんからのプレゼントですか?」
ジョーは別段答えることはなく、胸元の白百合のブローチを一瞥すると、アブラハムの肩にタップして礼を伝えた。
「もう会えるのかな」
「ええ、副大統領から言われた通りに準備はバッチリです」
「それはありがたい」
「さ、どうぞ入ってください」
拘置所の入口に差しかかるとアブラハムは私たちに検査ゲートを素通りさせて入れた。
「通常はこのロビーで収容者とああいう専用端末を使ってビデオ面会してもらうんですが、今日は別室で会っていただきます。こちらからどうぞ」
アブラハムはロビーに何台か設置されたATMのようなボックスを指しながら言うと、そのままロビーを通り抜け、セキュリティカードをスキャンして職員専用のエリアへと入っていった。長い廊下をアブラハムの背を眺めながらジョーと私は歩いていく。時折職員とすれ違うと、アブラハムと笑顔で挨拶をしてから私たちを見る職員たちの目が笑っていない。アブラハムはある部屋の前で立ち止まると、扉を開いて私たちを中に通した。
「彼は別の部屋で待たせています。直ぐに連れてきますので、ここで待っていてください」
アブラハムは笑顔でそう言うと、私たちを残して部屋を出ていった。部屋は二十平米もない小部屋で、中央に四人掛けの机と椅子が置かれているだけだ。
「アイ、ジンバルド監獄実験って知ってるか」
ジョーは椅子に腰をかけながらおもむろに聞いてきた。
「ええ。学生を看守役と囚人役に分けて過ごさせると、看守役がより攻撃的になったっていう心理学実験でしょ。役割や権力が人格に影響を与えることが判った興味深い実験だったけど、危険だと判断されて予定より早く中止されたのよね」
「ああ、ここの職員の目を見ていてふと思い出したんだ」
「考え過ぎよ」
「————戦争はどうしたらなくせるのか、か……」
ジョーがそう呟き終わるか終わらないかの内に扉のノブを捻る音が聞こえた。入ってきたのは二人の看守に挟まれて連れてこられたルーカス・ジョンソンだ。赤色のジャンプスーツに身を包んでいる。通常はオレンジ色の服を着せられるものだが、赤色は最高警戒レベルを意味する。事前にアーロンにもらった写真画像で見るよりもルーカスの頬はこけ、艶やかだった黒い肌も今ではくすんで見えるようだ。それでも二メートルを超える長身を間近で見ると迫力がある。ルーカスは手錠をはめた両手をぶら下げながら、看守に言われてジョーの目の前の椅子に机を挟んで座った。
「保安官は急な電話に出ていますので、我々だけで連れてきました」
「ありがとう」
「我々は席を外すようにとの指示ですが、大丈夫ですか?」
「ああ、そうしてくれると助かるよ」
「分かりました。何かあれば呼んでください。部屋の外にいますから」
看守の一人がジョーにそう告げると、もう一人の看守と共に部屋を出ていった。さて、この国防長官殺害の容疑者にジョーは何て切り出すのかしら。
「お前が殺ったのか」
まさかのド真ん中!?
「あんた誰だ」
ルーカスはジョーの質問を無視して眠たそうな目でぎょろりと見上げて聞いた。
「俺はジョー・モラレス。今回の一件に興味を持った社会活動家ってところだ」
「社会活動家? はっ、俺を擁護しに来たってのか」
「君が子供だったら俺の施設に入れたのにな」
ルーカスは暫くジョーの目を睨んでいたが、間もなく首を振って笑い出した。
「あんたも俺が殺ったと思ってるのか」
「状況証拠からすれば明らかに君の犯行なんだけど、何だかいかにもって感じでね。それにルーカス、君がニールを殺す理由がやっぱり思いつかないんだ」
「当たり前だ、俺は殺ってない!」
「ああ、ここにいる君のお友達も皆そう言うんだ。」
「俺はニールに礼をしたかったんだ。それでニールが好きな物をMaxに聞いたら、ニールは大のエクスプローラー好きだって言うから、俺はそれを買ってプレゼントしただけだ」
エクスプローラーとは、世界のセレブが愛用する超高級煙草ブランドだ。
「ただそれだけだ! それを吸ってニールが死ぬなんて考えたこともなかったんだ!」
ルーカスが興奮して大きな声を出すと、外で待機していた看守がドアを開けて覗き込んだ。ジョーは振り返って無事を目で伝えると、看守は静かにドアを閉めた。
「Maxって∑の人工知能か?」
「ああ、そうだ」
「エクスプローラーはどこで買ったんだ」
「ネットさ。Maxが薦めてくれたんだ」
「君は何も知らないって言ったが、あの夜何度もニールから煙草を勧められても断ってたな。それは何でなんだ?」
「当たり前だ。俺は医者から喫煙を止められてるんだ」
「そんな都合のいい話があるか」
「嘘だと思うなら聞いてみたらいい。俺は糖尿病で、煙草はご法度なんだ」
「確かに彼のプロフィールには一型糖尿病の記載があるわね」
「何だって? プロフィール?」
「いや、何でもない。ところで君はニールにお礼をしたいと言ったけど、何のお礼なんだ?」
ルーカスはジョーのこの質問に突然押し黙ってしまった。ジョーは辛抱強く待っている。
「ニールは俺に金を貸してくれたんだ」
ルーカスは重い口を開けて言った。
「いくら」
「三百万ドル」
「何のために」
「娘の手術費用だ。心臓移植にどうしても必要だったんだ」
「気を悪くしないでほしいが、ニールが一介のSPである君に三百万ドルもの大金をわざわざ貸すとは思えない」
ルーカスは暫く俯いていたが、突然ジョーに顔を上げて口を開いた。
「俺たちは深い関係だったんだ」
「深い関係? つまり……あの深い関係か?」
「ああ……あの深い関係だ」
ジョーは椅子の背もたれに背を寄りかからせると、一度深いため息をついて続けた。
「悪かった、色々と根掘り葉掘り聞いてしまって」
「いいんだ。だから信じてくれ、俺は殺ってないって! 娘が、家族が待ってるんだ! こんなところで会えるんだ、あんたはそれなりの力を持ってるんだろ!? なあ、俺を助けてくれ! 俺は無実だ! 俺を直ぐにこの豚箱から出してくれ!!」
ルーカスはいよいよ興奮して立ち上がると、両手を机に叩きつけてジョーに訴えた。騒ぎを聞いた二人の看守が直ぐに部屋に入ってくると、ルーカスを両脇から取り押さえた。
「どうしますか」
「もう大丈夫です。ありがとう」
看守の一人が暴れるルーカスの頭を机に押さえつけながら聞くと、ジョーも立ち上がって礼を言った。二人の看守は息を合わせてルーカスを立たせると、引きずるようにして部屋から連れていった。
「俺は殺ってない! 本当なんだ! どうして誰も信じてくれないんだ!!」
ルーカスの悲痛な叫び声が暫く廊下に木霊し続けた。
「どう? 直接会って人となりが判ったかしら?」
私は重苦しい表情のまま立ちつくすジョーに挑発的に話しかけた。
「ああ、よく判ったよ。おそらく殺ったのは彼じゃない」
「私にはニールを殺せば三百万ドルの借金がチャラになるルーカスの動機が見えたけど」
「殺すならこんなあからさまに証拠を残すわけないだろ」
私にはジョーの負け惜しみにしか聞こえなかった。
「早くルーカスを出してやらなきゃ」
ジョーはそう呟くと部屋のドアを勢いよく開けた。




