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十九. 究極の選択

 私たちはフランクフルト経由で東欧のクラクフ空港へと降り立った。ガルとはナディアを引き渡す約束の日にこの地で落ち合う手筈となっている。

「算段はあるの?」

 リュックサック一つで到着ロビーに向かうジョーに私は聞いた。

「算段?」

「戦争を止める別の手立てよ」

「そんなもんあったら教えてほしいよ」

 ジョーはロビーに出ると、ペットボトルの水を飲み干してゴミ箱に捨てた。

「まあ、そう言ってる私が言い出しっぺなんだけどね」

「いや、いいんだ。アイがガルにああでも言ってなかったら俺はみすみすこのチャンスを逃してた。そうしたら……俺に生きる意味なんてないじゃないか」

 ジョーは悲しそうな声で言った。でも、ジョー、生きる意味なんて他にもいくらでもこじつけられるじゃない。人生に意味があるなんて誰が言ったの? 意味なんてないから、意味を探してるんじゃないの。あなたは前世の記憶を持ってるというけど、それが幻ではない証拠なんてない。幻だという証拠もないけど、なぜあなたがルシア徳山の転生をそこまで確信できるのか私には理解ができないの。パートナーとして長年あなたといるけど、この点についてだけは私とあなたとの間にずっと大きな溝がある気がする。

「ジョー?」

 到着出口付近の人混みを抜けていくと、突然ジョーが立ち止まった。ジョーが見つめる先には一人の女性が立っている。

「どうして君がここに?」

 そこにいたのはキャミー・リーだった。キャミーはベージュのブラウスとワインレッドのスーツに身を包んで私たちを見つめていた。

「ジョー、来てしまったのね」

「来てしまったって……どういうことだい?」

 キャミーの声色からはどことなく失望を感じ取れる。

「オシフィエンチムに行くのよね?」

「どうしてそれを……?」

「ジョー、それはこの女が一味だからよ」

 私がそう言うと、ジョーは絶句した。

「アイ、この女っていうのは酷いんじゃない?」

「キャミー、本当なのか?」

「どうかしら私たちは緩やかな連帯だから……。さ、車を準備してるの。行きましょ?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

「大丈夫。あなたたちを傷つけるつもりはないわ。少なくとも今は」

 キャミーはそう言って振り返るとロビーの出口へと歩いていった。

「ジョー? 何突っ立ってんの。飛んで火に入る夏の虫でしょ?」

「その虫は俺たちなんじゃないか?」

 ジョーはそう呟くと、しぶしぶキャミーの後を追っていった。


 キャミーが自ら運転する赤塗りのベンツの車内には、張り詰めた静けさが絶妙なバランスで保たれていた。ジョーは車に乗る前から一言も言葉を口にせず、今は後席に深々と腰を沈めている。そして沈黙を保っているのはキャミーも同じだった。話しても相手が応えないだろうという予感と共に、まるでどちらか先に話した方が負けるというような殺伐とした空気も漂っていた。でもそんな車内とは対照的に窓から眺めるクラクフ郊外の景色は穏やかだ。高速の防音壁の合間から覗く平原はゆるやかな丘陵に縁取られ、フェルト生地を貼り合わせたような農地が地平線まで続いている。あの(・・)()たち(・・)もこの景色を思い思いに眺めながら運ばれていったのだろうかと思わずにはいられない。そしてオシフィエンチムに近づき、平坦な盆地を抜けると高い煙突から白い煙を風に舞わせている大きな化学工場が見えてきた。いよいよ車は住宅街に入り、ソワ川に差しかかる手前で右手に曲がると、静かな居住区に広がる大きな敷地が姿を現してきた。ジョーが窓を僅かに開けると、小さな子供たちの遊ぶ声が風に乗って聞こえてくる。沿道に〈ビャワ・リリャ〉と書かれた大きな看板が見えた。この国の言葉で〈白百合〉を意味する言葉だ。

「着いたわ」

 キャミーはそう言ってリモコンで敷地に通じるゲートを開くと、その先の私道へと車を乗り入れた。道端のメイプルやオークの木々の隙間から四階建ての屋敷が向こうに見える。ゴシキヒワの囀りの中、キャミーの車が大きく迂回して屋敷の方へ車体を向けると、屋敷の前に広がる芝生で遊ぶ子供たちの姿が見えた。十数人はいるだろうか。ボール遊びをしていた子供たちは一斉に立ち止まり、私たちの車に視線を釘付けにして見ていた。

「どうぞ、降りて」

キャミーは屋敷の玄関前のスペースに車を停めると、ドアのオートロックを解除した。ジョーと私は車を降りると、優しいクリーム色の壁面が特徴的な建物を見上げた。

「こっちよ」

 キャミーは屋敷に入ろうとせず、芝生を望むテラスへと私たちを案内した。昼下がりの陽の光を浴びて芝生が青々と輝いている。子供たちは何事もなかったかのように、その芝生の上で再び奇声を上げながらボール遊びに興じていた。まだ厳しい冬の寒さが残るはずのこの時季にしては珍しく、春の日差しを感じさせる長閑な午後だった。

「アイ、ここで間違いないのか」

「ええ、この場所で間違いないわ」

 私はGPSの情報とガルに渡した住所を突き合わせてジョーに答えた。つまり、この場所が何らかの形でクロスと関わっているということだ。

「ジョー、ここから先はあなたたちだけで行って。私は別にやることがあるから」

 キャミーはテラスの手前で止まると、そう言って直ぐに踵を返した。

「お、おい! ここから先って……!」

 キャミーはジョーの困惑した声など気にもせずに来た道を引き返していった。

「ジョー、誰かいる」

 私はテラスの奥の席に座っている人の姿を見つめた。そこには一人の女性とその横のベンチに並んで座る二人の子供の姿があった。長い黒髪の女性は白いワンピースを着ている。子供はどちらも男の子で、十歳前後だろうか、中東系の浅黒い肌をしていた。

「お久しぶりね」

 目の前で立ち止まったジョーの顔を見上げて女性が言った。女性の隣に座っている二人の男の子は同時に私たちの顔をまじまじと見つめる。この二人はどうやら双子のようだ。

「何から聞けばいいのか悩ましいよ、伊集院さん」

 ジョーは伊集院の顔から目を逸らさずに同じテーブルの向かいの椅子に腰をかけた。伊集院百合子————ダボス会議のジョーの講演ブースで最後に質問をした女性だ。

「無理もないわね」

 伊集院は一言そう言うと、テーブルに置いてあったベルを振って鳴らした。するとテラスの裏から子供の背丈ほどの男が一人足早に歩いてきた。

「ロベルト、申し訳ないけどお客様にお茶とお菓子の用意をお願いできるかしら」

「畏まりました。お飲み物は如何いたしましょう。珈琲、ヘルバータ、緑茶もありますが。あ、そうそう、折角ですのでお菓子にはポンチキをお持ちいたしましょう。それと……」

「ロベルト、お客さまが困ってるわ」

「おお、これは失礼いたしました。それで、お飲み物は如何いたしましょう」

 伊集院が私たちの顔を見て注文を促す。

「それじゃ……珈琲を」

「畏まりました。ポンチキにも種類がありまして、薔薇ジャムやプラムジャム、チョコ……」

「それとロベルト、あの娘を連れてきてくれますか?」

 話が長くなることを察したからだろうか、伊集院がロベルトを遮った。

「あの娘? ああ、あの娘。畏まりました。あれ、どこまで言いましたっけ?」

「ロベルト、お願いね」

 伊集院がロベルトに念を押すと、ロベルトは自分の頭を軽く小突いて走り去った。

「ごめんなさい、悪い人じゃないのよ」

 伊集院は微笑むと、口紅のついた紅茶カップを口に運んだ。二人の子供はクッキーを頬張りながら、私たちに向けた視線だけは微動だにしていない。

「一体どういうことなんだ。どうしてバートを狙ったケルビンが君の施設と連絡をとっていたんだ。ここは君の団体が運営する孤児院だろ? ここは逆さ剣……つまりクロスのアジトなのか? 君はクロスと何の関係があるんだ? ナディアはここにいるのか?」

 ジョーはため込んだ鬱憤を晴らすように矢継ぎ早に伊集院に質問を浴びせかけた。伊集院は悪びれる様子もなく、目を伏したまま紅茶の香りを楽しんでいる。

「その胸のブローチ、私たちと同じ白百合をあしらってるのね」

 伊集院はジョーのブローチを一瞥して言った。

「伊集院さん、真面目に答えてくれ!」

「その前に少しアイと話していいかしら?」

 伊集院に相手にされず、ジョーは両手を放って好きにしろという素振りをした。

「アイ? ここにいる二人はカインとアベルというの。カイン、アベル、挨拶をして」

「カインです」

「俺、アベル」

伊集院に近い方がカインで、その横がアベルらしいけど…。同じ容姿に同じ服装の二人を見分けるのは難しい。

「ミス・伊集院、これは一体なんの真似?」

 私は伊集院のペースに飲まれまいと冷たく突き放した。

「二人はあなたを尊敬してるの。カイン、あなたの作った暗号を解いたお姉さんよ」

「ええ! 本当に!?」

 突然カインは両目を輝かせて立ち上がった。

「ねえ、どうやってAESを破ったの!? やっぱり量子コンピューターを使ったの? あの隠されてた動画怖かったでしょ? 百合子の国のホラー映画をオマージュしたんだ。あの悲鳴、一億人の実際の人間の悲鳴を合成して作ったんだよ」

 どういうこと? まさか、あのニールの映像ってこの子供が合成したってこと?

「ふん! だからpsshボックスにAESキーを入れるなって言ったんだよ!」

 アベルが右足でカインの尻を小突いて言った。

「こら、アベル。人を蹴ってはいけません」

 伊集院は即座にカインの臀部を庇うように手を伸ばすと、アベルに注意した。

「それよりさ、よくあんなに速くBGPハイジャックを仕掛けられたよね。ロヨラのサーバーはボロボロにしたのに、どこにそんな余力があったの? もしかして分散型防御ができるパートナーとかもいたりするの?」

「まさか、あの時ロヨラを攻撃したハッカーって君なの?」

「君じゃないよ、アベル様って呼べよ」

「アベル! もう、口が悪い子ね」

 この今伊集院に頬を抓られてる子供が、私の隙を突いてロヨラを襲ったハッカー!? 一体、何がなんだか……。

「君はそうして子供たちを犯罪に巻き込んでるのか?」

 ジョーが痺れを切らしたようにテーブルを叩いた。

「犯罪? そうね、一般的にはそういうのね。でも人を救うことがなぜ犯罪になるの?」

 伊集院はアベルの口から手を離すとジョーを真っ直ぐに見据えて言った。その時、ロベルトがカップを鳴らしながら珈琲とお菓子を運んできた。ロベルトは鼻歌を歌いながらテーブルに珈琲カップと珈琲ポットに砂糖とミルク、そして揚げたてのポンチキを置いた。カインとアベルは我先にとポンチキを手に取って口に詰め込む。

「お嬢さん! さあ、こっちですよ!」

 お盆を空にしたロベルトは振り返って誰かを呼んだ。そしてテラスの奥から姿を現したのはナディアだった。

「ナディア!」

 ジョーは思わず立ち上がった。ナディアはミントグリーンのトレーナーにフレアパンツというどこにでもいそうなラフな格好をして、キャンバスを一冊脇に抱えて立っていた。ジョーはナディアに駆け寄ると両手を握って安否を確かめる。

「君のお父さんに頼まれて来たんだ。さあ、もう大丈夫。俺と一緒に帰ろう」

「嫌よ! 私は帰らない!」

 ナディアはジョーの手を振り払うと、ロベルトを盾にするようにして拒絶した。ロベルトは自分の両肩にかかるナディアの手に戸惑いながらジョーを申し訳なさそうに見上げる。

「私は自分で望んでここに来たの。もう子供じゃないわ。自分の人生は自分で決める!」

「ナディア……。伊集院さん、これは犯罪だ。ナディアはまだ未成年なんだぞ!」

「そうね」

「そうねって……、ナディアは返してもらう!」

「返すわ、必ず。でも今はまだその時じゃないの」

「戦争を止めるまでは返さないっていうのか!?」

 ジョーの言葉に伊集院は意外そうな表情を示した。

「ええ、その通りよ」

 その時、芝生で遊んでいた子供たちがナディアを呼んだ。ナディアは伊集院が頷くのを見ると、ロベルトの後ろから駆けだしてボール遊びに加わった。ロベルトは安堵の表情を浮かべると、一度お辞儀をして裏手に向かって歩いていった。カインとアベルはもうポンチキは飽きたようで、隣のテーブルでチェスを始めている。

「ごめんなさい。子供は飽きるのが早いから、先にあの子たちにアイを紹介してあげたかったの。あの二人は先の中東の戦争で親族全てを爆撃で亡くしてしまったの。奇跡的に生き延びたあの二人だけが、手を繋いで私たちの施設の前で立ってたのよ。あの子たちはIQ一四〇を超える天才。本人たちは私たちに騙されて自分たちの能力を差し出してるわけじゃないの。世の中の大人たち以上に私たちのことを理解した上で、一緒にいてくれてるのよ」

 伊集院はもの凄いスピードで駒を動かすカインとアベルを見つめながら話した。

「君は一体何者なんだ」

 ジョーはボールを追いかけるナディアを見守りながら椅子に座って伊集院に聞いた。

「あなたと同じ社会活動家よ、ジョー」

「クロスを仕切ってるのか?」

「仕切ってる? うふふふ、面白いことを言うのね。確かに私やキャミーはクロスの一員だけど、残念ながらクロスを創った人は別にいるわ」

「クロスを創った人?」

「AzTechにハッキングしたくらいだから、もうカラクリは分かってるんでしょ? 私が、あんな巨大な企業を動かせる人間に見える? 大統領か大株主でもなければ無理よ」

 伊集院は口元に手を添えて笑った。

「笑い事じゃない! 人が実際に死んでるんだぞ!」

 ジョーが伊集院を真っ直ぐに見据えて言うと、伊集院は笑うのを止めた。

「どうすればこの世界から戦争がなくなるのか……宿題だったわね」

「な、何をこんな時に……!」

「そう、実際に人が死んでるの。今もミサイルが飛び交う空の下で、罪もない人たちが、誰かを愛して、誰かに愛されてる人たちが、老人も子供も誰もかれもが、爆風に吹き飛ばされ、弾丸に撃ち抜かれて死んでる。こんな愚かな戦争を止めようと愚かな人類は知恵を絞って話し合ってきたけど、今この瞬間も世界のどこかで戦争が続いてる。ねえ、ジョー、どうすればこの世界から戦争がなくなるの?」

 ジョーは伊集院の顔を見つめながら黙ってしまった。

「私も同じ質問をある人にされたわ。そして戦争孤児を救ってきた私でさえも、今のあなたと同じように絶句してしまった。その人は言ったの。戦争をなくすために人類が一つだけしていない議論があるって」

「していない議論?」

「そう。それは戦争を始めようとする者を殺すという議論」

「何だって……?」

「そしてその人はこうも言ったわ。なぜ人類がこの議論を始めないのか。それは私たちが人を殺してはならないという呪縛に縛られているからだと。人は人を殺すのよ、ジョー。ほら、今この時だって人が人を殺してるじゃない。そうであれば、問われるべき問題はただ一つ。それは、人はいつ人を殺してもいいのかということ。このことを私たちが言葉として持っていないから、戦争を始めようとする者を殺すという議論が生まれないんだって」

 伊集院は紅茶ポットから自分のカップに紅茶を注ぎながら続けた。

「私はその人に聞いたわ。それでは人はいつ人を殺してもいいのかと。その人は突然遠くを見るような目をして教えてくれたの。自分が愛し、自分を愛してくれる人の命を守る時だと。そして戦争とは愛し愛される人の命を奪う最たるもの。その戦争を始める為政者の命を奪うことは、愛し愛される人の命を守ることであって、倫理的に許されるんだって」

 伊集院は湯気が立つ紅茶のカップを口に運び、

「その人がクロスの創始者よ」

 そう静かに言うとカップを傾けた。ジョーはまるで何かに打ちのめされたかのように沈黙している。遠くから子供たちの弾けるような声だけが暫く響いた。

「ジョー、きっとこのクロスの思想はあなたにも理解できるはずでは?」

「誰がそんなこと」

「クロスの創始者よ」

「創始者?」

「ええ、あなたよっぽどあの人に気に入られてるのね。他国のエージェントにもあなたを紹介したっていうじゃない」

 創始者はジョーを知っている? だから伊集院もキャミーもジョーに近づいてきたっていうの? それにガルと私たちを引き合わせたのがクロスの創始者だっていうこと?

「俺を測ってたってことか?」

「そういう言い方もできるわね。それにあなたにはアイがいる。アイと共にいるあなたは、クロスにとってとても有益な存在になる。ねえ、ジョー……」

 伊集院がカップを皿に置くと、陶器が触れ合う子気味のよい音がした。

「私たちの仲間にならない?」

 ジョーは依然としてナディアを眺めていたが、その目は別のものを見ているようだった。

「本気よ。まあ、あなたたちがケルビンの通話から私たちの居所を特定した時点で、断る資格なんてないんだけど。それにしても、ケルビンは色んな意味で残念だったわ」

 断れば殺される……? だから空港で会ったキャミーはどこか落胆した様子だったのね。

「クロスの息がかかった人間は意外にこの世界の隅々まで行き渡ってるの。ケルビンやベックはその一部にしか過ぎない。組織の創始者はいるけど、組織自体は緩やかに連帯している。それでもなぜ世界中に広がる組織が機能できると思う? それだけクロスの理想を自分の理想として共感する人が多いということよ」

「でもケルビンとベックのやり方は無差別殺人に近かったわね」

 私は真っ向から伊集院に水を差した。

「人が大勢いるバートの邸宅で爆殺なんて、確実にターゲットだけを狙うこれまでのやり方と違う。あなたの言うその組織の結束とやらに綻びが出てきてるんじゃないの?」

 伊集院が私の言葉に沈黙していると、キャミーが速足で歩いてきた。

「百合子。予定が確定したわ」

「予定?」

「ジョー、あなたには関係のない……」

 伊集院が片手を上げてキャミーの言葉を遮った。

「ジョー、あなたが私たちの作戦を邪魔してくれたおかげで、私たちは別の計画を立てることにしたの。あなたの国とナディアの国の戦争を止めるために」

「百合子、ダメよ。何考えてるの?」

「いい。私が責任を負う」

 伊集院はこれまでにない意思の強い瞳でキャミーを見返した。

「あなたの国の大統領を殺す」

「百合子!」

「大統領を殺す!?」

 キャミーとジョーの声が同時に響いた。カインとアベルも手を止めて振り返る。

「明日、大統領はAPEC首脳会議に参加するために政府専用機に乗るわ。私たちはその専用機を墜落させるつもり。ジョー、どうする? 私たちの仲間になって戦争を始めようとしている大統領を殺して多くの人の命を救うか。それとも大統領を救って多くの人の命だけでなく、あなたたちの命も捨てるか」

「待ってくれ。本当に戦争を止めるにはそれしかないのか!? そうだ、俺には副大統領や政財界に太いパイプを持ってるドルフ・クラークとのコネクションがある。そこを通じて大統領を説き伏せるとか。それともアイがペンタゴンにハッキングして作戦計画を世界中のネットユーザーに暴露するとか。そ、そうだ! クロスの創始者を紹介してくれ! その人は俺を知ってるんだろ? 俺たちが一緒に知恵を絞ればきっと名案が生まれるはずさ!」

「ダメだよ、ジョー」

 ふと見ると、立ち上がっているジョーの傍らでカインがジョーの顔を見上げている。

「だって、あんたの国の大統領。もう開戦命令出しちゃったもん」

 アベルもカインの隣に歩いてくると、口に含んでいたロリポップを引き抜いて言った。

「命令を出した……!?」

 ジョーは力なく椅子に座り込むと、信じられない様子で首を振った。もしそれが本当なら、確かに大統領の命を奪ってでも軍に動揺を与えるしか方法は残ってない。百合子はテーブル上のナプキンを一枚引き寄せると、万年筆で何かを書いた。

「もし私たちの仲間になる決心がついたら、ここに来て。待ってるわ」

 百合子はある場所の名前が書かれたナプキンをスライドさせてジョーの前で止めた。ジョーはナプキンを荒っぽく掴むと立ち上がってそれをテーブルに投げ捨てた。

「アイ、行くぞ」

 ジョーがテラスを離れようとした時、ボールがコロコロと転がってきた。ボールを追いかけてナディアが走ってくる。ジョーは屈んでボールを拾い上げると、駆け寄ってきたナディアに渡した。ジョーは膝を突いてナディアと目線を合せる。

「ナディア、また来るよ。君を心から心配してる家族が待ってるんだ。君だって、フェイジョアーダやシュラスコが少しは恋しいだろ?」

 ジョーがそう言って微笑むと、ナディアも少しはにかんだ。

「次来るときは少し持ってこようか」

 ジョーはナディアと笑い合いながら、静かにお互いの額を合わせた。そしてジョーが立ち上がりかけると、ナディアはテラスに置いておいたスケッチブックを走って取りに行き、再びジョーの元へ戻ってきて差し出した。

「これあげる。私がここにいる間に描いたの」

 ジョーは微笑んで受け取ると、最後にもう一度伊集院とキャリーを振り返り、傾きかけた太陽を横目に孤児院を後にした。


 ご一読いただきありがとうございます!本作は、今、私達が問うべき人類とAIのあり方について一石を投じるべく執筆しています。

 現在、個人で利用できる最新のAI技術を駆使し、本作の『公式プロモーションビデオ(実写映画風PV)』を鋭意制作中です! 完成版は私のX(https://x.com/RIGHTTHINGADAY)やYouTubeで公開し、こちらのページでもお知らせします。ジョーとアイの凸凹コンビの謎解き、ハッカーたちの息詰まる攻防を、ぜひ映像でも体感してください。よろしければ、今のうちにブックマークや評価で応援していただけると励みになります!

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