十八. ガルの賭け
ようやくジョーの退院が許可され、私たちは荷物を持って病院のエントランスから出てきた。すると間もなく一台の黒いワンボックスカーが私たちの目の前で停車した。
「乗って」
助手席の窓が下がると、サングラスをかけたガルが言った。仲間が後ろのドアをスライドさせて開ける。ジョーはガルが来ることを予想していた様子で、驚きもせず車に乗り込んだ。後席は改造された椅子がロの字を描くように配置されていて、運転手の男以外にもう二人の黒ずくめの男たちが私たちを無表情で見張っている。
「振り出しに戻ったわね」
車が動き出すと、ガルはバックミラー越しに私たちを見て言った。今日のガルは髪の毛を結っているようだ。
「いや、そうでもない」
ジョーはガルの憂鬱な表情を見返して言う。
「どういうこと?」
「クロスの居所は目星がついたんだ」
ガルが信じられない様子でジョーを直接振り返った。
「だがその前に一つ質問させてくれ」
「質問?」
ジョーは両脇の男たちを一瞥すると、話を続けた。
「君の国の大統領には金の要求は来てないが、別の要求が来てるんじゃないか?」
ジョーはガルの後ろ姿を見ながら聞いた。
「居場所を渡しなさい。その先は私たちでやる」
ガルはジョーの質問には答えずに冷たく言い放った。
「答えてくれ、ガル。ナディアの命と引き換えに、組織から大統領に条件が突きつけられてるんじゃないのか!? 俺たちの国との戦争を諦めろって!?」
ガルは腕を組むと苛立たし気に人差し指で二の腕を忙しく叩き始めた。
「だったら何だっていうの」
「やっぱり来てるんだな? ……これで分かった。クロスの本当の目的が」
「本当の目的?」
「ああ、奴らは戦争を止めようとしてる。この国で戦争に加担する要人を殺して、同時に君の国の大統領の娘を人質にして開戦に踏み出させないように迫ってるんだ。今、この時、俺たちの国は水面下で君の国との戦争の準備を進めてるはずだ。長い間俺たちの国に敵対的な姿勢を貫いてきた君の国に対して、俺たちの国の大統領は力で制圧しようとしてる。彼の政治的モットーは南北大陸の安定だ。それに異を唱える近隣国はトップの首をすげ替えることも辞さないはずだ」
「ガル、あなたはナディアが人質になってることを分かってた。だから私たちにも言ったのよね、時間がないって」
「ええ、そうよ。それが何だっていうの? まさかクロスの連中に同情したいわけ?」
ガルが私の言葉を押し返すように言うと、ジョーは黙ってしまった。もし本当にクロスの目的が両国の戦争を止めることだとすると、今私たちは確かに難しい立場にいる。ナディアを助け出すことが私たちの目的。でもナディアの救出はクロスの目的を阻止することになる。つまり両国の戦争の幕が上がり、多くの犠牲者を生み出すことになるということ。
「ジョー、あなたは優しすぎる。弱者は常に強者に狩られる世界よ。全ては救えない。さあ、組織の居場所を教えて、さっさと報酬を受け取ってEDENに戻りなさい」
ガルが左手を上げると、私たちの向かいに座っていた二人の男が懐から銃を取り出した。男たちはきっと次のガルの命令でジョーの腕か足を撃ち抜く。
「ジョー」
私はジョーを促した。ジョーは渋々頷くと、ポケットから一枚のメモを取り出してガルに手渡した。ガルはメモを開くと視線を暫く手元に落す。
「この場所だという根拠は?」
ガルが視線をバックミラーに戻して聞いた。
「ガル。あの日、ケルビンが突然部屋に戻ってきた時、誰かと電話をしてたの憶えてる?」
私はガルと視線を合わせながら説明を始めると、ガルは静かに頷いた。
「私はブローチに内蔵されてるレシーバーからケルビンの通信を傍受して、その通信経路をたどったの。でも相手はVPNで暗号化してたから容易に相手のIPをたどれなかった。そこで私は通話の相手の背後から聞こえた音響情報から先に地域を割り出したわ。それは鐘と鉄道の音」
「背景ノイズね」
「そう。鐘の音の周波数を世界の教会の鐘のデータベースと照合すると、ある国の聖母マリア聖堂の鐘固有の和音と一致したわ。あの時メリーランドは午後一時だったから、通話先は丁度午後六時の夕方のお告げの祈りの鐘だったはず。それに加えて鐘の直後に聞こえた列車の通過音から、線路の継ぎ目を叩くリズムと列車の駆動音を抽出したの。線路のリズムの間隔を計測して、レールの長さを逆算してくと鉄道インフラ資産データベース上でいくつかの駅が浮上する。加えて駆動音の周波数から車両の型式がEN57型だと判れば、この車両がこの時間に運行してた駅は一つしかない。つまり東欧のオシフィエンチム駅」
ガルは満足そうに相槌を打つ。
「場所がオシフィエンチム駅だと判れば、この場所をカバーしてる通信キャリアの基地局にハッキングして、その時刻にアクティブだった通信端末のリストを引き抜き、暗号化されて不自然にパケット量が多いVPNセッションだけに絞り込む。そしてリアルタイムの通信ログと照合して、鐘の音が鳴った時の僅かな通信の揺らぎと完全に一致した固定IPが一つだけ見つかったの。後はプロバイダーから奪取したDHCPログで、このIPがケルビンの相手の通話時間に割り振られたルーターを割り出し、RADIUSログでそのルーターを設置してる住所を突き止めればチェックメイトよ」
「いい答えね。でも、そのケルビンの通話相手がクロスだという証拠はないでしょ?」
ガルは余裕の表情で厳しい反論をしてきた。
「証拠はあるわ」
しかし私はあっけなくガルの反論を突き返した。
「あの時データ・カービングは全てできなかったけど、手元に残った断片情報から判ったことがあるの。ケルビンはある秘匿性の高いメッセンジャーを使用してクロスと連絡をとってたみたい。ケルビンが連絡を取ってた相手から、どこかの飛行機の整備に関する情報を取得する命令を受けてたり、実際にケルビンが何かの書類をダウンロードした形跡もあったわ。そしてその指令らしいものを送っていた相手のジオタグのテキスト情報も残ってたの」
「ジオタグ?」
「こうしたアプリは送信元の位置情報を自動で取得するものよ。その位置情報がスワップファイルの中に残っていて、そこには相手の経度と緯度の情報が含まれてたの」
「それがこのオシフィエンチムの住所と一致するってこと?」
「その通りよ」
一通り私の説明を聞くと、ガルは今まで見たこともないような笑顔を浮かべた。
「信じるわ」
ガルはそう言うと再び左手を上げて男たちの銃を下ろさせた。そして車は急に減速をして、道端のガソリンスタンドに寄せて停車した。男の一人がスライドドアを開ける。
「もうあなたたちに用はないわ。ここでお別れね」
ガルは気持ちばかりかサングラスを外して別れを告げた。しかしジョーは降りなかった。
「ガル……君の首筋には十字の痣があるだろ?」
「何よ、急に」
「この痣と同じものが、君にもあるんじゃないか?」
ジョーは後ろを振り向くと自分の首筋の十字の痣をガルに晒した。ジョーを振り返った時にバックミラーに映り込んだガルの首筋にもジョーと同じ十字の痣が見える。
「その痣……何で?」
ガルは突然のことで暫くジョーの痣に見入る。
「俺には前世の記憶が鮮明に残ってるんだ。四百年前の長崎。宣教師だった俺はそこで布教の罪に問われて処刑された」
ジョーはゆっくりと体の向きを戻しながら続けた。
「そこで処刑された七人のキリシタンは処刑前の拷問で全員が首筋に十字の焼き印を刻まれた。そして不思議なことに、生まれ変わった俺の首筋にもその焼き印は残ってる。俺だけじゃない、俺の母親にも同じ痣があったんだ。そして俺が母親と偶然額を合わせた時、俺は前世の記憶を取り戻した。いや、宇宙の記憶の一部が俺の中で修復されたんだ」
「な、何を言ってるの。生まれ変わりなんてあるわけないじゃない」
「そして君の首筋にも同じ痣がある。俺は見たんだ。バートの邸宅で君と踊ってた時、君と頭をぶつけた瞬間に。君が、俺が探してる人の妹だった頃の姿を……俺は見たんだ」
ガルはつまり、ルシア徳山の妹、徳山鈴子の生まれ変わりってこと?
「そんな話を信じろっていうの? くだらない。さあ、早く降りなさい!」
「ナディアにもあるんだ、同じ十字の痣が。ガル、君だってそれは知ってただろ? 彼女は俺がずっと探してた人かもしれない! 頼む、ガル。俺たちに行かせてくれないか!? 俺は彼女と約束したんだ。彼女が殺される前に、俺は生まれ変わってもう一度会いにいくって。ルシアに会いにいくって!」
「そんなこと私に何の関係があるの。そんな戯言でナディアの命を危険に晒せないわ」
「ナディアを取り戻して戦争も止めると言ったら?」
予想外の私の言葉にガルは思わず言葉に詰まった。
「これは私たちの国が仕掛けようとしてる戦争。軍事力にも経済力にも歴然の差がある。恐らく初戦だけであなたの国の軍の死傷者は数千から数万人。最終的には兵士の被害は数十万人に膨らんで、民間人にだって数えきれないほどの死傷者が出る。そのまま熱帯雨林でのゲリラ戦になれば出口の見えない戦争になるわ。インフラは破壊され、経済的孤立とハイパーインフレが国内を襲い、警察や軍の機能が麻痺すれば一般市民を巻き込んだ内戦状態になる。周辺国に数百万人規模の難民が流出すれば、もはやあなたの国一国の問題では済まなくなる。こんなこと、あなたの国の大統領だって好き好んで始めたいわけじゃないでしょ?」
頭では分かっていたのだろう。ガルは下唇を噛んで暫く黙ると、おもむろに口を開いた。
「なぜあなたたちならできるっていうの?」
「俺たちは彼らを知ってるからだ」
ジョーの言葉にガルは再び手元のメモを見直した。
「俺たちなら彼らと話ができる。戦争を止める別の手立てさえ合意できれば、ナディアだって取り戻せる。戦争だって未然に防げるかもしれない」
ガルはメモから視線を上げてジョーを見つめる。
「ガル! 頼む! 俺たちを信じてくれ!」
車から降りない私たちに痺れを切らしたのか、再び男たちが銃を取り出した。
「期限まで後四日。期限を過ぎたら命はないわよ」
「ああ、分かってる」
ガルとジョーは固く言葉を交わすと、ガルは男たちに銃をしまうように言った。
「空港へ向かって」
スライドドアが再び閉められると、ガルは新たな目的地を告げた。
ご一読いただきありがとうございます!本作は、今、私達が問うべき人類とAIのあり方について一石を投じるべく執筆しています。
現在、個人で利用できる最新のAI技術を駆使し、本作の『公式プロモーションビデオ(実写映画風PV)』を鋭意制作中です! 完成版は私のX(https://x.com/RIGHTTHINGADAY)やYouTubeで公開し、こちらのページでもお知らせします。ジョーとアイの凸凹コンビの謎解き、ハッカーたちの息詰まる攻防を、ぜひ映像でも体感してください。よろしければ、今のうちにブックマークや評価で応援していただけると励みになります!




