十六. パズルのピース
暖色のライトが灯る病室にはベッドサイドモニターから聞こえるバイタルサインの音が響いている。ベッドには頭や腕に包帯を巻かれたジョーが横たわり、甲に擦り傷が残るジョーの左手はセリーナの手によって握り締められていた。病室の外からはアーロンが誰かと電話をしている声が聞こえる。
「うう……」
「ジョー、ジョー?」
ジョーが僅かに呻き、セリーナが呼びかけるとジョーはゆっくりと瞼を開いた。
「ジョー、良かった。心配したんだから」
セリーナは涙を浮かべて握ったジョーの手にキスをした。セリーナの声を聞いてか、アーロンが病室のドアを開くと、看護師を呼ぶようにSPに指示を出してから入ってきた。
「ジョー、聞こえるか?」
アーロンはセリーナの後ろからジョーに声をかけた。
「ここは……天国か……?」
「バカだな、病院だ。天国に行くにはまだ早いぞ」
アーロンの言葉にセリーナも思わず笑みを浮かべる。
「アイに礼を言うんだな。君が事故にあってから、警察や私たちへの連絡は全部アイがやってくれたんだ。大きな怪我がなかったのは不幸中の幸いだよ」
アーロンの言葉をジョーは何度か瞬きしながら聞いていた。
「アイ……アイはいるか?」
「ええ、ここにいるわ」
ジョーは安心したように枕元に置かれた白百合のブローチを握った。
「ありがとう……大きな借りができた」
「一つも返したことないくせに」
私が毒づくと、ジョーは力なく口角を緩めた。そしてアーロンはポケットから財布を一つ取り出してベッドサイドの棚の上に置いた。
「それと、君が借りたタクシーの担保を取り戻しておいたよ。彼は仕事道具がボロボロになって途方に暮れてたそうだが、新車を用意するといったら滅法喜んだらしい」
「そんなことまで……済まなかった。金は必ず準備するよ」
「そんなことはいい。こんなことに君を巻き込んでしまったのは私たちなんだ」
アーロンはそこまで話すと、セリーナに席を外してほしいと頼んだ。セリーナはジョーの手を離すと、アーロンと私に目配せをして病室を出ていった。
「アーロン、今回のは事故じゃなくて事件だ。俺は命を狙われたんだ」
「ああ、アイから聞いたよ。君が逆さ剣と関わってるってことも」
アーロンはジョーのベッド脇に座りながら話を始めた。
「逆さ剣を知ってるのか?」
「知ってるというよりも、聞いたことがあるといった方が正しいな。政府内ではクロスと呼んでるが、詳しい組織構成も拠点も分からないんだ。ただ、元々は世界中で活動する社会活動家たちのネットワークだったと聞いてる。彼らは難民や戦争孤児の支援をし、それこそ平和を愛して戦いを憎む思想を持っていたはずだが…もし彼らが我が国の要人を狙い、一国の大統領の娘を誘拐してるとなると、おかしな話だ」
「おかしな話でもないわよ」
私はジョーが昏睡状態の間に立てた仮説をアーロンにぶつけてみることにした。
「アーロン、先ずジョーと私が引っかかったのは、なぜマーラが殺されてないのかってこと。七人の要人と七人の容疑者。生き残っているのはマーラだけ」
「ああ、確かに不可解ではあるが……何か分かったのかい?」
「マーラだけがある事に白だったのよ」
「白? 何に?」
「戦争に」
「戦争?」
アーロンはどこか焦った表情を浮かべた。
「被害者の七人は軍関係者か諜報活動員か、戦争推進派で有名な保守系強硬派議員、はたまた核兵器開発の研究者だった。先日狙われたバート・ヘソンも世界に名だたる武器製造会社の顔よ。そしてきな臭いのは被害者だけじゃないの。ヒロユキ・カナイの妻のヤスコ・カナイは夫と同じ研究所で核兵器開発の研究をしていて、しかもかなりの愛国主義者で戦略核使用容認のロビー活動もしてたみたい。陸軍参謀総長のランディ・ホワイトを殺した疑いで服役していたセシリア・ラモスは他国のスパイよ。アーロンも知ってたでしょ?」
「ああ、ランディにハニートラップをしかけてたらしい」
「CIA長官のウォルター・ヘルムズ殺害の容疑者であるベイリー・ブラックは諜報員として特に他国の反政府組織を焚きつける任務を負ってた人。恐らく今サンパウロを中心に加熱してる反政府暴動の裏に彼女もいたはずよ」
アーロンは視線を手元に落したまま眉を上げただけだった。
「極右議員のベス・ミラー殺害の容疑者だったカムロン・ジョーンズとその妻は、共に細菌兵器の研究所に勤務をしてた人物よ。しかもその一部の兵器は開発中であったにも関わらずアジアの一部の紛争で実験的に使用され、戦場からサンプルを持ち帰ってたらしいわ」
ジョーの拳が次第に握り締められていくのが分かる。
「同じく極右議員のデラルド・ブラウン殺害の容疑者で夫のアルトン・ブラウンは、元外交官。セシリア・ラモスのように他国要人にハニートラップをしかけてたらしいけど、質が悪いのは、途上国から未成年の子供を連れてきて各国の政府要人に当てがってたってこと」
「アイ……もうその辺でいいにしないか。」
アーロンが動揺した声で言ったが私は止めなかった。
「そして国防長官ニール・リチャードソン殺害の容疑者ルーカス・ジョンソンは、確かにニールと特別な関係の人だったわ。彼はニールの手足となってロボノ・マグ社を含む国内の防衛産業企業六社から多額の賄賂を受け取る窓口だったの。三百万ドル、娘の手術費用にニールから金を借りたって言ってたけど、飛んだ食わせ物ね。口座の動きを見ると、ルーカスがニールから受け取った謝礼は軽く五千万ドルは超えてたわ。しかもこの人、ニールの外交行事に同席するふりして、各国要人に武器を売り込むセールスマンでもあったの」
病室内に再びバイタルサインの音だけが無機質に響いた。
「戦争というキーワードと全く結びつかなかったのは、料理研究家だったマーラ・ムーアただ一人ってこと。ジョーが考えてた通り、犯人はかなり緻密に人物の背景を調べ上げて、殺害するかどうかを慎重に見極めてたと言えるわね。マーラを巻き込んだのは、死に値する者の家族としてのとばっちりってとこかしら」
そして私はアーロンを真っ直ぐに見据えた。
「それでね、ナディアの背景を洗っても戦争に紐づく情報は全く出てこなかったの。何の職にも就いてないティーネジャーだもの、当然だわ。それでも彼女が失踪した裏には何らかの犯人の狙いがあるはず。この二つの事件を繋ぐ、ある一つのキーワードが存在するはずなの。アーロン、あなたは知ってるんじゃない? そのキーワードを」
「アーロン? 何か知ってるのか? ナディアは……あの娘は俺が探してる人かもしれないんだ。頼む、アーロン、知ってることがあれば教えてくれないか!」
ジョーは苦痛の表情を浮かべて上半身を起こしながらアーロンに訴えた。アーロンは大きな溜息を一度つくと、ジョーの体を優しく押し返してベッドに寝かせた。
「申し訳ないがこの件についてはノーコメントだ」
「どうして!?」
ジョーが理解できない様子で表情を歪めた。
「ジョー、分かってくれ。私はこの国の副大統領だ。容易に機密情報を口にすることはできない。いくら君が私の親友でも非情にならなければならない時があるんだ」
アーロンはそう言って立ち上がった。
「アイ、君の推理にはいつも驚かされる。だが、もうその辺にしておくんだ。これ以上踏み込むとジョーも君も、次は命はないぞ」
「忠告? それとも脅迫?」
アーロンは何も答えずに片手を上げて挨拶だけすると、そのまま病室を出ていった。
「くそっ!」
ジョーがベッドに拳を叩きつける。
「ジョー、今は少し休んだ方がいいわ」
私がそう言い終わると、ドクターと看護師が病室に入ってきた。
ご一読いただきありがとうございます!本作は、今、私達が問うべき人類とAIのあり方について一石を投じるべく執筆しています。
現在、個人で利用できる最新のAI技術を駆使し、本作の『公式プロモーションビデオ(実写映画風PV)』を鋭意制作中です! 完成版は私のX(https://x.com/RIGHTTHINGADAY)やYouTubeで公開し、こちらのページでもお知らせします。ジョーとアイの凸凹コンビの謎解き、ハッカーたちの息詰まる攻防を、ぜひ映像でも体感してください。よろしければ、今のうちにブックマークや評価で応援していただけると励みになります!




