十五. 逆さ剣の男
まるでアカデミー賞でも行われているのかと思うほど豪華だった。タキシードやドレスで着飾った人たちが行き交う正門を射抜くように、深紅のカーペットが真っ直ぐ中庭の噴水まで伸びている。その噴水の向こうには二つの煙突が突き出たジョージアン・リバイバル様式の豪邸が聳えていた。赤レンガで造られた建物は完全なシンメトリーをなしていて、全て等間隔で配置された窓は昼下がりの陽の光を反射している。ギリシャ風の支柱が特徴的な玄関前には即席のステージが組立てられていて、多くの来場者がその周りで思い思いにお酒や軽食を手にしながら会話を楽しんでいた。ここが世界最大の防衛産業コングロマリット、ロボノ・マグ社創業者バート・ヘソンの私邸だ。
「いい? ゴードンとジョシュアだからね」
私は無線でジョーとガルに伝えた。今日の記念パーティーへの参加をキャンセルした人物の中から、同社と取引が未だない、つまり顔が割れていない可能性が高い企業の代表夫婦の名前を拝借したのだ。
「了解。入場コードはもう送ったか?」
黒いタキシードに身を包んだジョーが応えた。タキシードなんて何年ぶりかしら。
「ええ、正門前のガードマンに見せれば入れるはずよ」
「はずって、大丈夫なの? ここでミスったら私がせっかく手を貸す意味ないじゃない!」
シャンパンゴールドのカクテルドレスで着飾ったガルが毒づく。
「案ずるより産むが易しだよ、ジョシュア……いでっ!」
「ゴードン、次私の腰に手を回したら撃ち殺すわよ」
案外ハマり役じゃない、この二人。それでもガルはガードマンに近づくと自然にジョーと腕を組んで夫婦を装った。ジョーはスマホで私が送ったQRコードを開くと、黒人のガードマンに差し出す。これは運営側の人間にバレないように、私が同社のシステムに直接アクセスして発行させたコードだ。参加者名簿とはリンクしてない空のコードだが、システム上登録されていると認識されるはず。ガードマンは軽く挨拶すると、太い腕にストラップで巻いたスキャナーをジョーのスマホにかざした。ガードマンは何度かコードを読み取ろうとするが、反応がない。ジョーとガルは引きつった笑顔を浮かべてガードマンと視線を交わす。
「恐れ入りますが、身分証をご提示いただけますか。参加者名簿と照合しますので」
ガードマンは懐から折り畳まれた名簿を出しながらそう言った。マズい! 参加者名簿にはゴードンとジョシュアの名前は載ってないし、身分証だって偽造してない!
「おい、代われ!」
その時、黒人のガードマンの後ろから別の白人のガードマンが出てきた。白人のガードマンはフレンドリーな口調でジョーとガルに謝罪をしながら、自分のスキャナーをジョーのコードにかざした。すると一発でスキャンが完了する。
「すみません、たまに壊れてるスキャナーが混じってまして。どうぞ、お入りください」
白人のガードマンはジョーとガルを通すと、先ほどの黒人のガードマンにスキャナーを交換してくるように強い口調で言った。名だたるVIPが訪れるこのような場では一体どんな大物を怒らせるか知れないのだから、当然と言えば当然だ。
「どう? 入れたでしょ?」
「寿命が縮んだわよ」
ガルが冷めた声で私の言葉を跳ねのけた。ジョーとガルはセキュリティを通ると噴水周辺まで歩いていった。そしてウェイターからシャンパンを受け取って参加者たちに紛れる。
「ピンキープロミスのスタッフは二人……いや、三人か」
ジョーがシャンパンを飲みながら会場で作業をしているピンキープロミスのスタッフを探し始めた。二人は左右両サイドに並んでいる料理の補充やデコレーションをそれぞれ担当していて、もう一人は現場監督だろうか、ステージ横で全体を見ながら無線でスタッフに指示を出している。いずれも紺地にキャンディピンク色でピンキープロミスのロゴをあしらったパーカーを羽織っていて、遠目でも直ぐに見分けがつく。
「こんなに人がいて、食事に毒でも入れられたら防ぎようがないじゃない」
ガルが途方に暮れた声で言った。
「いや、これまでの犯行を考えると、無差別に狙うっていうのは考えにくい」
「どうしてそう言い切れるの」
「マーラが死んでないからさ」
「マーラ? あの精神病院に入ってるって言ってた?」
「ああ。七人の被害者が出た一件は、被害者も容疑者も容赦なく殺されてるように見えるけどマーラだけは狙われてない。それはなぜかまだ分からないけど、犯人たちは明らかにターゲットを選別してるはずだ」
ジョーが静かに、でも確信を持った様子で言った。
「私もジョーの意見に賛成よ。犯人たちがここで誰かを襲うのなら、確実にターゲットだけを仕留める方法のはず。刺殺か、銃殺か……」
私は会場内に設置された監視カメラの映像をPC上で睨みながら言った。
「その肝心のターゲットがまだ誰か分かってないんじゃ……」
ガルがそう言いながら振り返った時だった。
「やあ、楽しんでるかい?」
バート・ヘソン……本人だ! バートの横には息子のセドリックも立っている。二人はシャンパングラスを片手に挨拶をして回っているようだった。
「あ、ああ……はい! 素晴らしいパーティーにお招きいただいて光栄です」
ジョーはガルの腰に手を回して引き寄せると、二人にグラスを掲げて言った。
「それは何より。ところで……どこかでお会いしたことがありましたかな?」
バートは名前を思い出そうとして白い顎髭を撫でている。
「ええ、いや……お会いしたようなしてないような……。何しろ彼の有名なバートさんですから、本もたくさん拝読しましたし……夢の中で何度もお会いしたかもしれませんね、ははは……」
ジョー、苦しいわ、それ。名前を名乗らないと変よ。いや、もしバートかセドリックが本物のゴードンとジョシュアと面識があったら、それはそれでマズい!
「失礼を承知でお尋ねしますが、どちらの会社の方でしたか?」
バートが単刀直入に聞いてきた。
「あーっと……思い出せない? 本当に……?」
「ええ……何しろうちと取引のあるサプライヤーは万を超えてますので」
「ゴ、ゴードンです……サテライト・テクノロジーの。それと、こっちは妻のジョシュア」
「お、お会いできて光栄ですわ。妻のジョシュアです」
ダメか…バートは依然晴れない顔をしている。しかし突然両目を見開いたセドリックがバートに耳打ちをすると、バートは急に両手を広げてジョーを抱きしめた。
「おおー! あなたがサテライト・テクノロジーのゴードンさんですか! これは失礼! 本当に失礼しました! どうか私の無礼を許してください」
「ああ、いえ、大丈夫です、はい……」
「御社のセンサー技術は本当に素晴らしい! 軍事衛星を神のような兵器に生まれ変わらせることができる!」
「いや……そ、そうですかね……」
「そうですとも! 御社のセンサーがあれば、大気の影響を加味したレーザー軌道を瞬時に計算して、僅か一メートルの誤差で地上の目標物を破壊できるんです。こんな兵器が生まれたら誰が一体我が国にデカい口を叩けますか!? がっはっはっはっ!」
「何だって!? そんな恐ろしい物を!?」
「ダーリン! ダーリン!!」
突然素が出たジョーをガルが肘で突いて抑える。
「し、失礼。そのような〈悪魔の兵器〉に弊社のセンサーをご検討いただき、大変光栄です」
ジョーは両手でエアクオートの仕草をしながらバートへ礼を言った。
「悪魔の兵器……いい響きですな。ご婦人も美しくてさながら魔性の美女だ」
バートがご機嫌でバカ笑いしていると、会場にはビリー・ホリデイの〈オール・オブ・ミー〉が突然流れ出した。自然と参加者たちが噴水を中心として円を描くような大きなスペースを空けると、複数のカップルたちが手を取り合って踊り出した。
「ゴードンさん、ジョシュアさん、せっかくですからどうぞお二人も一曲」
セドリックが踊りの輪に手を伸ばして誘った。
「いや、私も妻もダンスはあまり得意ではないので」
「それでは私がご婦人に教えて差し上げましょうか?」
「それは遠慮しておきます」
ガルはセドリックの圧から逃げる様にジョーとダンスの輪の中へと入っていった。
「アウッ!」
二人がメロディに合わせて最初のステップをあべこべに踏み出すと、ジョーはガルの靴を踏んでしまった。ガルは痛みで思わずジョーの手を離すが、ジョーは慌てて握り直す。
「いででででっ!!」
ガルがヒールでジョーの足を踏みつけてやり返す。何やってんの、この二人…。
「わざとじゃないんだ! 君こそエージェントならダンスくらい踊れるだろ!?」
「私はアップテンポ専門なの! こんな湿気た曲に合わせるダンスなんて知らないわよ!」
二人は文句を言いながらも不器用に踊り始めた。三十組ほどのカップルたちが色とりどりの衣装を着て揺れ動く様子は、まるで中庭の芝生に花々が散りばめられているようだった。あっ、ガル! 後ろ! ぶつかる!
「きゃっ!」
ガルの後ろから別のカップルがぶつかってくると、慣れないステップを踏んでいたガルは思わず小さな悲鳴を上げてジョーと共に倒れた。一瞬会場はざわついたが、ガルが直ぐに立ち上がると再びダンスが続けられた。ジョーは? ジョーも立ち上がったけど、額に手を当てて何だかふらふらしながら踊ってる。ガルの頭とぶつかったみたいだけど。
「……ガル……君は、まさか……」
目が回ってるのかしら、ジョーがガルを見つめながらぶつぶつ言ってる。
「見て、あれ」
ガルはジョーの視線に気づいてないのか、踊りながらステージの方を見ながら言った。
「もう一人ピンキープロミスの人間が来たわよ。ジョー、私じゃなくてあっち!」
ガルは自分の背をステージに向け、自分を見つめるジョーの顎を掴んでステージに無理やり向けた。確かに、カメラ映像からも四人目のスタッフが台を運んできている姿が確認できる。キャップ帽をかぶって、スタッフのパーカーを腰に巻いた若い白人の男だ。
「ああ、それもそうだけど……それよりガル、もしかしたら君の……」
「ジョー! あの男! あの男の腕を見て!」
私は男の映像を拡大表示しながら男の右腕に刻まれた逆さ剣のタトゥーを見つめた。
「あいつか……。アイ、念のために他のスタッフも見張っててくれ」
「いいけど、どうするつもり?」
ジョーはガルとぎこちないダンスのステップを踏みながら、ゆっくりと男がいるステージの方へと向きを変えた。男は現場監督と話した後、台をステージの上に運び、台の中からたくさんのグラスを取り出してその上にシャンパンタワーを作り出す。そして丁度ジョーとガルがステージに近づいたところで曲が止まり、会場一杯に歓声と拍手が響き渡った。
「ガル、行くぞ……!」
ジョーがガルに呼びかけた時だった。
「ブラボー! お上手じゃないですか。次は是非私と踊ってくれますかな?」
ジョーと共に動き出そうとしたガルをバートが呼び止めた。
「え、でも、私なんか……」
「ガル、今はバートと踊って。バートが狙いの場合、あなたが近くにいた方が都合がいいわ。」
私が無線でそう言うと、同じく無線を聞いていたジョーは納得したようにガルの手をバートに引き継ぐ。会場にはベニー・グッドマンの〈シング・シング・シング〉が流れだした。
「アップテンポの曲だ。楽しんで、ハニー」
ジョーはそう言うとステージの男に振り返った。男はシャンパンタワーを完成させ、手際よく片付けを済ませると、ステージ袖から下りて中庭を囲う木々の中へ消えていった。
「アイ、フォローを頼む」
ジョーはダンスの輪から抜けると、小走りで男を追いかけていった。
「男は邸宅東側の回廊を歩いてるわ」
「了解。今俺も回廊に入った」
ジョーは中庭の木々を抜けて、邸宅の東側から腕が伸びたように続く回廊に着いた。垂直に連なった無数の支柱が真っ直ぐに伸びて石造りの屋根を支えている。
「見えた」
先ほどの男が一人で回廊を足早に歩く様子がジョーに仕込んだカメラからも見えた。
「おかしいわね、業者用の駐車場は北側のはずだけど」
「この先には東門がある。そこから逃げる気か……?」
ジョーは支柱の陰に隠れながら男の後を追っていく。落ち着きのない様子で辺りを頻りに見回していた男が突然後ろを振り返った。ぎりぎりのところでジョーは身を隠す。男は再び前を向いて歩き出すと、いきなり全速力で走りだした。
「だるまさんが転んだは得意だったんだけどな!」
ジョーは自分が見つかったことを悟って男を走って追いかけた。男は回廊を出て閉まっている東門に飛びつく。中庭からは再びダンスが終わった後の拍手と歓声が聞こえてきた。
「あの狸親父! 私の連絡先しか聞けないのかしら!?」
ダンスを終えたガルの怒った声が無線から聞こえてきた。
「アイ、ジョーはどこ?」
「邸宅の東で男を追ってるわ。それよりガル、バートとセドリックから目を離さないで」
「目を離さなくたって、二人が私から目を離さないのよ」
「男の動きがおかしいの。会場から離れるということは、既にターゲットを狙う仕掛けを済ませたってことかもしれないわ」
「仕掛け……?」
ガルが見つめるステージの上にはスピーチのために置かれたマイクが一本シャンパンタワーの横に置かれていた。そして参加者の盛大な拍手を浴びながらバートがステージに上がり、マイクの方へと手を振りながら歩いてきている。
「お前は何者なんだ!」
今度は無線からジョーの声が聞こえてきた。ジョーの粗い息遣いに大きく揺れるカメラ映像の向こうには、東門越しに振り返る男が映しだされている。帽子のつばで男の目元は見えないが、口元は不気味に笑っているようだった。男はポケットから黒いリモコンのようなものを取り出すと、腕時計を見た。これって……。
「シャンパンタワーだ! 爆弾が仕掛けられてる! この男、起爆装置をもってるぞ!」
ジョーが全員に叫んだ。
「えー、本日はロボノ・マグ社百周年記念パーティーにお越しくださいまして、誠に有難うございます。このように大きな節目を迎えられまして……」
そして会場からバートのスピーチの声が聞こえてきた時だった。男は歪に並んだ黄色い歯を剥き出して舌なめずりをすると、ためらいもなく起爆装置を押した。
ドガガァァァァ—――—―—―—―—―—―—―—―ンンンッッ!!!
途端に中庭のステージ上に飾られていたシャンパンタワーが爆発を起こして飛び散った。立ち上る爆炎の麓では、怪我をして倒れている人びとと逃げ惑う人びとが入り乱れ、パーティー会場は一気に地獄絵図へと変わった。
「ガル! ガル! 大丈夫か!?」
ジョーの声にガルが反応しない。ジョーと私の脳裏に一瞬最悪の事態が過った時だった。
「……メルダ!!」
ガルの声が無線に乗ってきた。
「こっちは大丈夫。バートも無事よ」
爆発の直前にステージ前にいたガルがバートを引きずり降ろして助けたのだ。
「ジョシュア……ありがとう。やっぱり君の連絡先を教えてくれないか」
「こいつ、助けるんじゃなかった」
「ガル、そっちは任せた!」
ジョーはそう叫ぶと東門の鉄格子に這い上がった。男は既に踵を返して逃走している。ジョーは鉄格子を超えて飛び降りると、直ぐに男を追って駆けだした。
「ジョー、男はこの先のポトマック川に向かってるみたい。船でも用意されてると厄介よ」
「分かってるさ。逃がすもんか!」
男は繁華街を走り抜け、通りがかりの老人も自転車もなぎ倒していく。男の前で大きな交差点の信号が赤に変わり、男は一瞬立ち止まった。
「待て! この野郎!」
ジョーが叫ぶと、男は一度振り返り、車が左右から迫る交差点に飛び込んでいった。
「無茶苦茶だな、あいつ!」
ジョーは鳴り響くクラクションの中を走り抜く男を見送りながら悔しそうに言った。
「ジョー、諦めるのはまだ早いわ!」
私が叫ぶと、ジョーの前に一台のタクシーが止まった。私が配車アプリで呼んだのだ。
「さすが相棒!」
ジョーはそう言ってタクシーの運転席に駆け寄ると、ドアを開け、運転手に自分の財布を丸ごと渡してそのまま運転手を引きずり下ろした。
「後で返しにくるから、それ担保ね。」
ジョーは目を丸くして口をパクパクさせている中東系の男の運転手と握手すると、車に飛び乗ってドアを閉めた。ジョーはハンドルを全切りし、クラッチを踏み込んでギアを一速に入れるとアクセルを踏み込んだ。エンジンが大きな唸り声を上げた後にクラッチを一気に繋ぎ、再びアクセルを踏み込みながらサイドブレーキを引くと車体は男が逃げていった方向へ九十度回転した。そしてサイドブレーキを戻して車が行き交う交差点の中へ突進していく。ジョー、あなたも滅茶苦茶よ。
「あいつはどこだ!」
クラクションの嵐を抜けると、ジョーはアクセルを踏み込みながら聞いた。
「このまま三ブロック先を右に曲がって! まだそこにいるわ!」
ジョーは前を走る車を追い抜きながら曲がり角に差しかかると、クラッチを一瞬切り、アクセルを踏み込んでから再びクラッチを繋いで後輪をドリフトさせながらハンドルを右に切った。弧を描いて曲がる後輪が白い煙を舞い上げる。
「見つけたぞ!」
ジョーは前方で走っている男を認めると、再びアクセルを踏み込んだ。男は建物の陰を抜け、ポトマック川に通じる河川敷に走り込んでいく。ジョーが猛スピードで建物に挟まれた路地を抜けた時だった。突然左側から一台の黒いピックアップトラックがジョーの車に突っ込み、ジョーは車ごと激しく回転しながら吹き飛ばされた。ジョーが運転する車は五十メートルほど転がると、煙を上げながら完全に沈黙した。
「アイ! 何があったの!? ジョーは!? ジョーは大丈夫なの!?」
激しい衝撃音を無線で聞いたガルが何度も応答を求めてくるが、私は無線を切った。ジョーが身に付けていたマイクから誰かが近づいてくる足音が聞こえたからだ。
「誰なんだ、こいつは」
「俺が知るわけねーだろ! ずっと会場で見張ってやがった!」
ジョーが追ってきた男ともう一人の男が話してる。恐らくジョーの車に体当たりしたピックアップトラックの運転手だ。カメラは破損してるのか映像は送られてこない。
「ベック、バートは死んだか!?」
「ダメだ。女に助けられた」
「クソッ! こいつの仲間だな。殺してやる!」
興奮した男が砂利を踏みしめながら運転席にいるジョーに近づいてくる足音が迫る。
「こいつ、どっかで見たことあるぞ」
男がジョーの顔を確認しているのだろうか。
「……そうだ、ルーカスだ。ルーカスに面会しにきた奴だ」
「へえ、ルーカスを嗅ぎまわってここまでたどり着いたっていうのか?」
「まさか……。でも副大統領とつるんでるってアブラハムの野郎が言ってた」
「アーロンと? まさかあの人とも繋がってるんじゃないよな」
「知ったことか!」
「待て、ケルビン!」
ケルビン? 確かルーカスを殺した容疑で追われてる男も同じ名前だったはず。
「もしこの男が、あの人が差し向けたんだとしたら放っとくんだ」
「あの人も甘いんだよ。だからあんな腐った連中が次から次へとウジ虫みてーに湧いてくるんだ!」
あの人って誰のこと……?
「う……うう……」
ジョー? ジョーにはまだ意識がある。
「何だ、テメー! 放せ! 放すんだ!」
ジョーがケルビンを掴んでるのだろうか。ケルビンがジョーを蹴り上げるような鈍い音と共に激しく服が擦れる耳障りな音が伝わってくる。
「こいつ、しつこいな」
「はっ! 脳みそに弾ぶち込んでやる!」
「ケルビン、止めろって」
「こいつらが悪いんだ! こいつらが俺から全てを奪ったんだ!」
「ああ、分かってる。分かるけど、あの人と繋がってるならお前もタダでは済まないぞ」
「関係ねーよ! もう俺には何もない。もう、何にも無くなっちまった……」
ケルビンの嗚咽に引きずられるように、撃鉄を引く重い金属音が聞こえた。
「ケルビン!」
「ベック、止めるな!」
ケルビンが叫んだその時だった。遠くからパトカーのサイレンが近づいてきた。
「いくぞ、ケルビン! サツが来た!」
「クソッ!」
ベックは慌ててケルビンを止めると、いきり立つケルビンを急かして走り去っていった。
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