十四. 次のターゲット
「ああ、そうだ……今はとにかく推論モデルにリソースを割いてENEDを回し続けてくれ。……いや、軽量版で動かすことも考えたけど、それじゃメモリの一部が失われてしまうし、モデルそのものが別物になっちまう。……ああ……ああ、そうだ。二割のサーバーが生きてたのが不幸中の幸いだな。シングルクラスタじゃ、お手上げだったよ」
……ん? ジョーの声がする。……誰かと電話してる……?
「ありがとう、フィフィ。少し金が余計にかかるけど、やっぱりこの機に新しいGPUとインターコネクトを試してみたいんだ。サンパウロの四十号棟も増えることだし」
フィフィ……? ここは……アーリントンの……ホテル。
「わ、たし……どうしたの……?」
「アイ!?」
突然覗き込むようなガルの顔が私の視界に割り込んできた。
「フィフィ、アイが目を覚ました。また連絡する。ああ、ありがとう。アイ! 大丈夫か?」
ジョーもガルを押しのけて私のところに駆け寄ってきた。
「私……どうしたの?」
「ガルの拠点を脱出する寸前でお前は突然意識を失ったんだ」
「ガルの拠点……警察は!?」
ガルが小さな音量のまま明滅しているTVを指差した。ペンタゴン付近のショッピングモールの地下で爆発が発生したという報道をキャスターが現地レポートしている。
「逆探知されたのよ、全部爆破させてきたわ。警察は爆発の原因をうやむやにしてるけど」
ガルはベッドに腰を下ろすと長い足を組みながら言った。
「ガル……ごめんなさい。あなたの拠点潰しちゃった」
「いいわよ。あなたが奪ったデータはあんなショボい拠点よりよっぽど価値があるし、ロドにもいい刺激になったみたいよ。ロドがまた会いましょうって、あなたに」
ロド? そう言えば、ロドはもういないみたい。
「いいわけない!」
突然ジョーが私に向かって怒鳴った。
「アイ、何であの時データを諦めて直ぐに退かなかったんだ!」
「何でって……設定ファイルだけじゃ、ナディアや七人の容疑者とMaxとの会話ログを見ても、どのMaxの返答が故意に歪められたものか判別がつかないじゃない」
「アルゴリズムが必要だったっていうのは俺だって分かってる。でもあの時お前が直ぐロヨラに対処してたら、あの得体の知れないハッカーにここまで好き勝手させてないだろ!」
得体の知れないハッカー……確かにあの時ロヨラを襲ったのは誰だったんだろ……。
「ジョー、それは無理よ。ロヨラのセキュリティが異常を検知して防御壁を張る前に数億回の攻撃を叩きこまれてたのよ。まるでフォトニックで演算したような超高速度。どの道、今の私たちでは防ぎきれなかった。それにロヨラにはEDENを最低限回すためのリソースが別途確保されてるはずよ」
「ああ、だがそれは軽量版のモデルだ」
「だから何?」
「軽量版のモデルじゃ全く別物だ。性格も記憶も変わる。子供たちも不安がってしまう」
「復旧するまでの辛抱でしょ」
「何より、それじゃ俺が困るんだ!」
困る……? どうしてジョーが困るのよ。
「アイ、さすがのお前でも、二つの敵を同時に相手にするのは無茶だ。無茶をすれば倒れる」
「私なんてどうでもいい。私よりもミッションを成し遂げる確率が高い方を選ぶべきよ」
「それは違う。それじゃダメだ。アイ、君は俺にとって大事な存在なんだ! もっと自分のことを大事にしてくれ! 私なんてどうでもいいなんて、二度と言うんじゃないぞ!」
ジョー……どうしてそんなに怒るの?
「はいはい、夫婦喧嘩は犬も食わぬってね。アイも目が覚めたし、本題に入っていい?」
ガルが呆れた顔をしてジョーと私を見て言った。
「夫婦じゃない!」
ジョーはガルに吠えると、そのまま窓際のソファーに倒れ込むように座った。
「ジョー、そろそろ教えてくれない? ナディアの失踪に関わる逆さ剣のアイコンやら、ルーカスやマーラ、果ては七人の容疑者って……一体何の話なの?」
ジョーは仏頂面をして黙っている。
「アイ? あなたも知ってるんでしょ?」
「ジョー、話は後だってガルに言ったのは確かにあなたよ」
「勝手にしろ」
ジョーは人通りが多くなってきた昼前の外の通りを眺めながら不愛想に言った。一応許可が出たということで、私はアーロンの存在は伏せた上で、私たちの国の政府要人や軍関係者七人の変死事件とそれぞれの動機のない七人の容疑者たちのこと、そしてルーカスとマーラとの面談でその容疑者たちにもナディア同様にΣとの接点があったことや、モリスの死の背後にも逆さ剣のアイコンが存在していたことをガルに説明した。
「それってつまり……ナディアの失踪とあなたたちが追ってた事件に繫がりがあるかもしれないってこと?」
「そう、それもあってジョーはあの時私にプロキシを覗くように言ったの。もしMaxが特定のユーザーに対して特別な返答をしてるとすれば、そこに証拠が残るはずだから」
「それで、それが実際にあった……」
ガルは手の中のUSBメモリを見つめて呟いた。
「ガル、それを私のPCに挿して」
私はPCの電源を入れるとガルに言った。ガルはUSBのキャップを取ると私のPCに挿し込み、その足で私のPCとTVモニターもケーブルで繋いだ。私が設定ファイルを
開くと、TVモニターには整然と並ぶYAMLの羅列が表示された。YAMLとは設定ファイルなどによく使われる人間でも読みやすいデータフォーマットだ。ジョーも渋々モニターの傍に歩いてきた。
「……見て、ここ。この〈NDA–999〉っていうIDはナディアのものよ。この設定ファイルでは、ナディアが〈家出〉について言及した時は、あの〈ユダ〉っていう逆さ剣のアイコンを持つユーザーを紹介するように書かれてる」
「そんなこと言っても、突然他人を紹介しても怪しまれるだけでしょ」
「それをあたかも自然に返答させるのが、もう一つのアルゴリズムの役割だ」
ジョーが画面を睨むように見ながらガルの質問に答えた。私はアルゴリズムのファイルを参照しながら故意に歪められたMaxの返答だけを、ナディアとの会話ログの中でマーキングして見せた。するとMaxは大統領の娘として不自由で窒息感に満ちたナディアの気持ちに寄添うように共感を示した後、同じような境遇の子供たちの話をした上で、家出を手伝うプロとして虚偽の実績をでっち上げながらユダを紹介している。そしてナディアはユダとも連絡を取り、正に失踪する当日の段取りについて事細かなやり取りが記録されていた。その足取りは大統領公邸付近の教会で落ち合った後、用意した車と船を使用して出国するところまでは追えたが、その後の行先は一切分からなかった。
「ガル、大統領の所には身代金を要求するような連絡はないんだろ?」
「無いわ」
「そうすると、このユダの目的は金じゃないのか? そんな闇の人間がいるか?」
私が設定ファイルからルーカスやマーラ、そしてその他の五人の容疑者のIDをターゲットにした条件設定を抜き出してTVモニターに次々に並べていると、ジョーは黙々とYAMLを読みながら舌打ちをした。
「アイ、ユダのアカウントは探れないの?」
「ダメね。アカウントは既に削除されてる。バックアップサーバーに残ってる可能性はあるけど、恐らく証拠隠滅のためにきれいに掃除されてる可能性の方が高いわ」
私はガルの考えはもっともだと思いながらも現実的に答えた。私がモニター上で整理し終わったそれぞれの条件文には、複数のキーワードが入れられていたものの、ルーカスには特定の煙草通販サイトでニールへのエクスプローラーを購入する指示を出すように設定が書かれ、マーラにはモリスへの料理に小柴胡湯を薦めた上で材料の柴胡を指定の通販サイトで購入する指示を出すように設定されていた。その他の五人の容疑者にも被害者への料理や贈物に特定の物をMaxが薦め、その購入先も指定する同じパターンが見られた。
「それにしてもこのMaxとの会話ログ……Maxの執念のようなものを感じるな」
「執念?」
ガルがMaxという人工知能には不釣り合いなジョーの言葉に反応した。
「ああ、言葉巧みに相手の周辺情報や関心事を長い時間をかけて引き出してる。こうやって確実にキーワードを選定してプロキシに埋め込んだんだ。これじゃ、ユーザーが知らぬ間に誘導されてても無理もない」
「そのしたたかさと殺人への躊躇の無さは、私でもゾッとするわ」
ガルはMaxが優しい言葉で容疑者たちに購入を促す部分を爪でコツコツと叩いた。
「本当にゾッとするのは、このMaxを操ってる血の通った人間の方だ」
ジョーは恐ろしいものから目を逸らすように両腕を組んで足元を見つめた。
「恐らく、容疑者たちの注文記録をトラッキングしてた人物がいるはずよ。実際の商品と致死性の毒物を仕込んだ偽物をすり替えて発送をした人物。それにもしも……」
私がそこまで話すと、あるおぞましい仮説が頭を過った。つまりルーカスだけでなく、他の死んでいった容疑者たちを手に掛けた人物もいたのではないかという考えだ。まるで用済みの道具を片付けるように。
「そんなこと個人でできるわけがない。これは恐らく組織ぐるみだ」
私の思考を読み取ったようにジョーは苦虫を嚙み潰したように言った。
「確かに、Maxのプロキシにこんな設定をするなんて、社員に組織の人間が紛れ込んでるか、AzTech社の経営が組織と繋がってるか。或いは……」
「ねえ、これちょっと見て」
私はガルの言葉を遮って二人を呼んだ。条件設定の中に一つだけ見慣れないIDを見つけたからだ。私はそれをモニター上で拡大表示する。
「cedric55……誰のアカウントだ?」
私はジョーの言葉を聞きながらモニター上で同名のアカウントをΣで検索した。
「セドリック・ヘソン……? もしかしてあのロボノ・マグ社の副社長かしら」
「そうみたいね。ロボノ・マグ社の創業者で現社長のバート・ヘソンの一人息子、セドリック・ヘソン。次期社長としても有力視されてるみたいよ」
私はロボノ・マグ社やバート、セドリックについてのウェブ記事を次々と表示させた。
「ロボノ・マグってあの武器造ってる会社か? 政治家に軍関係者に果ては武器商人か」
「セドリックって、まだ死んでないわよね。この間も新工場立上げでニュースに出てたし」
「ええ、まだセドリックは生きてるわ。それで彼への条件設定を見てみると、Maxはセドリックにピンキープロミス社を薦めてるみたい」
「ピンキープロミス? ケータリング会社だろ?」
「そうよ。そしてそのお薦めのトリガーとなるキーワードが、ロボノ社百周年記念」
「つまり、記念パーティーでピンキープロミス社を使えってことか」
ジョーが指を鳴らしながら言った。
「その狙いは恐らく、セドリック本人か、もしくは父親のバート・ヘソンか……。アイ、そのパーティーはいつ予定されてるんだ?」
「三日後、メリーランドのバートの自宅よ」
「そこに手がかりが現れるかもしれないな」
ジョーは考え込みながらおもむろに私に視線を向けた。
「今は突破口もなさそうだし」
私はジョーと視線を合わせると、一緒にガルに向き直った。
「何? 私はやらないわよ。あなたたちに依頼した仕事なんだから! ムリムリ。私はもうこれ以上絶対に手を貸さないってば!」
ガルは、子犬が小刻みに振る尻尾のように突き出した両手を振って拒絶した。
ご一読いただきありがとうございます!本作は、今、私達が問うべき人類とAIのあり方について一石を投じるべく執筆しています。
現在、個人で利用できる最新のAI技術を駆使し、本作の『公式プロモーションビデオ(実写映画風PV)』を鋭意制作中です! 完成版は私のX(https://x.com/RIGHTTHINGADAY)やYouTubeで公開し、こちらのページでもお知らせします。ジョーとアイの凸凹コンビの謎解き、ハッカーたちの息詰まる攻防を、ぜひ映像でも体感してください。よろしければ、今のうちにブックマークや評価で応援していただけると励みになります!




