十一. 運命の少女
私とジョーはホテルのレストランでフィフィとビデオ通信を繋いで打ち合わせをしながら食事をしていた。EDENのサーバーのアップグレードについていい知らせがあったようだ。
「スタートアップって……狂ってる奴らじゃないのか?」
ジョーがステーキを口に運びながらフィフィに突っかかった。
「イノベーションを起こす人たちはいつも狂ってるわよ」
ジョーはフィフィのコメントに満足そうに笑っている。
「私も彼らのラボで実機を見るまでは信じてなかったけど、確かにぶっ飛んだインターコネクト設計だったわ。双方向帯域幅は光電融合の採用で銅線の物理的限界を突破してる」
「速度は?」
「一ポートあたり最大で3.2Tbps、恐らくシステム全体の総帯域はペタビット級ね」
ジョーは口笛をピューっと吹くと、赤ワインを口に流し込んだ。
「レイテンシもCPUを通さず直接メモリを叩く通信で数百ナノ秒以下に抑えられてる」
「一体どうやってそんな化け物みたいなもの作ったんだ?」
「色々あるけど、トポロジーが革新的ね。これまでの物理的な配線に縛られない光スイッチングによってホップ数を劇的に減らしてるの。これなら今の七十二枚どころか、数千枚のGPUをノンブロッキングで接続できる可能性だってあるわ」
「スーパー・フラット・トポロジーってやつね」
私がそう呟くと、ジョーが私にグラスを掲げた。ジョー、袖に赤ワインが染みてる。
「そこが何だってうちみたいな慈善団体に興味を持ってくれたんだ」
「誰も彼らを信じてくれないっていうのもあるけど、うちはパワーハウスらしいの」
「パワーハウス? どこが」
「私とあなたと、ドルフの存在が魅力的だそうよ」
「ドルフ? ドルフがケチってることそいつらはまだ知らないのか?」
「ええ、研究開発漬けで新聞だって読んでないっていうんだから」
ジョーは暫く口をモグモグさせてステーキの筋を一本取り出すと空になった皿に置いた。
「まあ、ドルフの名前を利用したとして、それでもサーバーの改良に金はかかるんだろ?」
「ええ、最低でも五百万ドルは必要よ。今の貯金に零を一つ落書きできれば足りるけど」
フィフィが喉を鳴らして豪快に笑う。
「いいさ、進めてくれ。金はこっちで何とかするから」
「まあ、頼もしい。私も腕が鳴るわ」
フィフィが太い腕で脂肪の力こぶもどきを作ると、ジョーは挨拶をして通信を切った。
「どうするの? アーロンの依頼を断ったばかりで」
私はウェイターがジョーの皿を下げ終わるのを待たずに冷や水を浴びせた。
「何とかするしかないだろ。今でも年間数百万人の孤児が生まれてるんだ。EDENを潰すわけにはいかないよ。むしろもっと加速しないと」
「随分とEDENが骨身に染みてるじゃない。元々ドルフとの契約だったんでしょ?」
ジョーは私の声が聞こえてるのか聞こえてないのか、ウェイターが運んできた珈琲を無言ですすっている。ジョーとドルフは十数年前、政府主催の研究会で出会った。当時のジョーは国立標準技術研究所の所長だっただけでなく、世界がしのぎを削って開発する人工知能研究の第一人者でもあった。十八世紀後半から世界の金融を牛耳ってきたクラーク家の当主であるドルフが目を付けないわけがない。国の政権が代わって保守的な思想が強い政策に傾くと、人工知能への予算が劇的に削られ、ジョーも研究所を後にせざるを得なくなった。そこに手を差し伸べたのがドルフ・クラークだ。彼はジョーが研究所を去る噂を聞いた時からあらゆる金融機関やVCに声をかけ、ジョーが自分の所へたどり着くように仕向けていたと後にジョーに告白したという。一方、実子を亡くしたばかりのドルフにも条件があった。それはジョーが開発した人工知能で効率化された孤児院の経営だ。ドルフはジョーに資金を出し、ジョーはそれを元手に人工知能を開発してEDENの経営を行う。これが二人の間の契約だった。今は方向性の違いで火花を散らしてるけど。
「そう言えばそんなこともあったな」
ジョーは他人事のようにスマホ画面をスクロールしながら言った。
「ねえ、でもドルフって、自分の子供を亡くしたからってそこまで孤児院に拘るものなの?」
「それは、仏教でいうカルマってやつだよ」
ジョーは苦笑して珈琲をすすったが、その目はどこか懐かしいものを見るようだった。
「ここ、宜しいかしら」
ん? 一人の女性が私たちのテーブルの空いた椅子に手をかけて立っていた。額で分かれた栗色の長い髪が滝のように両肩から豊満な胸元へ流れている。まるで水墨画に描かれた小枝のように凛とした眉毛、くっきりした二重と彫刻のような目鼻立ち、そして小麦色の肌を焼き尽くすような深紅のドレスは、この女性の品格と意志の強さを物語っているようだ。ジョーは誰も座っていない周囲のテーブルをわざと大袈裟に見回すが、ジョーに微笑み続けるその女性の顔を見上げると、とうとう諦めて椅子に座るように手を差し伸べた。
「えーっと……どこかで会いましたっけ?」
ジョーはスマホをテーブルに起きながら女性を観察するように見て言った。
「いいえ、はじめましてよ、ジョー・モラレスさん」
女性は両肘をついて組んだ両手の上に顎をそっと置きながら言った。ジョーは悪い夢でも見ているかのように頭を軽く振って口を開いた。
「お名前は?」
「ガル・コスタ」
「南米の国民的歌手と同じ名前なのね」
私が口を挟むと、ガルは私の方へわずかに顔を向けて笑顔を作った。
「お会いできて嬉しいわ、スレッド・リッパー」
その呼び方初対面で止めてくれる!?
「随分と俺たちについて詳しいみたいだね。それで、何の用だ?」
「お願いがあって来たの」
「お願い? 何の」
「ある人を探してほしいの」
「断る。こっちはそれどころじゃないんだ」
「お礼は出すわ」
「いいや、断る。つい先日も金に目がくらんで命を狙われたばっかなんだ」
「言い値で結構よ」
「言い値?」
「そう、言い値。五百万ドルでも一千万ドルでも……まだ足りないかしら?」
「た、足りなくないけど……いいや、断る! もう真っ当な方法でいくって決めたんだ」
「ジョー、ジョーってば!」
私がジョーの足を蹴り上げると、ジョーは初めて私が何かを見ていることに気づいた。ジョーはゆっくりと顔を傾げてテーブルの下を覗き込むと、ガルの細い右手が握っている何かがジョーの脇腹に向けられていることに気づいたようだ。見たところ、PSS————旧ソ連が開発した暗殺用の小型拳銃だ。
「玩具だろ?」
「試してみる?」
「一体君は誰なんだ。何で俺たちの所に来た」
「質問していいなんて言ってないわ。それとアイ、妨害電波を出してるから誰かを呼ぼうとしても無駄よ」
何なの、この女!? 確かにダメ……一切の通信ができない。
「この人を探してほしいの」
ガルはそう言うと、黒革のポシェットから数枚の写真を取り出してジョーの手元に広げた。どれも同じ人物を様々な角度から撮ったものだ。
「誰だこの娘は?」
「私の国の大統領の娘。名前はナディア。二週間前サンパウロの公邸から失踪したの」
「そんなの君の国の警察の仕事だろ?」
「それができないから私が動いてるの」
「あなたの国の警察も極右派になびいてるからよね。彼らにこの情報が洩れたら、それこそ大統領を引きずり下ろすネタに使われてしまうってことでしょ?」
私はサンパウロの現状からガルの事情をおよそ察して言った。
「さすがね、物分かりがいいこと」
「このネタ、私たちが極右派にリークしてもいいんだけど」
「リークする前にここで二人ともあの世に送ってもいいんだけど」
やっぱり、そう来るか……。
「待て待て、落ち着けって。ガルっていったね。ガル、まず、そのブツをしまってくれないか。これじゃ、話が頭に入ってこないよ。君が俺たちに依頼をしに来たんだろ?」
「いいわ。でも私の仲間が今もあなたたちの脳天に銃口を向けてること、お忘れなく」
ジョーは余計なことはするなと釘を刺すように私を見た。
「つまり整理すると。君の国の大統領の娘のナディアが二週間前にいなくなって、警察の力も借りられない中で、大統領は君のような……」
「エージェント」
「そう、エージェントを動かして探そうとしてるわけだ」
ジョーとガルは奇妙な緊張感の中で見つめ合いながら静かに頷きあった。
「でも、どうして俺たちなんだ? 君はその……エージェントなんだから優秀なんだろ?」
「時間がないの」
「時間がない? でもほら、それだけ金を積めるなら他にも助っ人はいるだろ?」
「厳密に言えば私たちはスレッド・リッパーの力を借りたいの。残念だけどジョー、今回はあなたへの依頼ではないわ。でも、あなたとスレッド・リッパーは一蓮托生でしょ? それとも、私にスレッド・リッパーを貸してくれるっていうの?」
おいおいおいおい、勝手に私を貸し借りしないでくれる!?
「ジョー、私はお断りよ! いくら今お金が必要だからって、私を物扱いするこんな女のためにどうして私が手を貸さなきゃならないのよ!」
あれ、ジョー? ジョーってば!? …写真を見つめたまま瞬きもしてない。
「これ……この写真はその……本物のナディアの写真なんだよな?」
ジョーが一枚の写真から目を離さずにガルに聞いた。
「偽物を見せてどうするの? 全て一年以内のナディアの写真よ」
「そうか……よ、よし……。やろう」
は? ジョー、お頭がおかしくなったの? 私への依頼で、あんたの獲物じゃないのよ。
「アイ、やろう」
「ジョー? 私の話聞いてなかったの!?」
ジョーは何も言わずに持っていた一枚の写真を私の前に置いた。それは教会で祈りを捧げるナディアの後ろ姿を撮った一枚だ。髪をアップしたそのナディアの首筋には、十字の痣がはっきりと見てとれた。そういうこと……。
「…分かったわ。但し、報酬は二千万ドル! 一セントもまけないから!」
「いいわ、善処する。その代わり、期限は二週間。そしてもし見つけられなかったら、二度とこんなところで珈琲をすすれると思わないこと、いいわね」
ガルがそう言ってまだ湯気の立っていたジョーの珈琲を一口すすった。
「俺からも一つ条件がある。どうせ君は俺たちを見張ってるんだろ?」
「ええ、そういうことになるわ」
「それなら君たちの手も貸してくれ」
「は?」
「見つからなければ俺たちがあの世にいくとしても、失敗した君たちにだって命の保証はないんだろ? それなら人手が多い方がいいに決まってる。俺たちは一蓮托生ってやつだ」
ガルはジョーの珈琲カップを摘まんだまま暫くジョーを見つめていたが、ふと手を離すと立ち上がった。そしてポシェットから一枚のカードを取り出すとジョーの前に放った。
「何かあればここに連絡して。いい? 期限は二週間よ」
ガルは念を押すようにそう言うと甘い香水の香りを残して歩いていった。
ご一読いただきありがとうございます!本作は、今、私達が問うべき人類とAIのあり方について一石を投じるべく執筆しています。
現在、個人で利用できる最新のAI技術を駆使し、本作の『公式プロモーションビデオ(実写映画風PV)』を鋭意制作中です! 完成版は私のX(https://x.com/RIGHTTHINGADAY)やYouTubeで公開し、こちらのページでもお知らせします。ジョーとアイの凸凹コンビの謎解き、ハッカーたちの息詰まる攻防を、ぜひ映像でも体感してください。よろしければ、今のうちにブックマークや評価で応援していただけると励みになります!




