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第7話_直してくれる人のいない机

【橘美緒視点】


「それ、何に返事してる台詞?」


 私が聞くと、瀬戸がノートへ目を落とした。


「前の、閉店するぞってやつ」

「その前に客、帰ってない?」

「あ」


 線が一本増えた。

 消した台詞の次の行を、今度はどちらが読むのか分からなくなった。


 金曜の放課後。

 誰もいなくなった教室で、私たちは別の原稿を書いていた。


『閉店五分前』。

 五分で店を閉めたい店員と、忘れた物を取りに来た客の話だ。


 設定を聞いた時は、面白くなりそうだった。

 けれど読んでみると、店員は同じ説明を三回して、客は何を忘れたのかまだ言わない。


「客が分かってないことにすればいいじゃん」

「じゃあ、ここの、分かったは無しか」

「うん」

「……後ろも全部直るな」


 瀬戸がノートを自分の方へ寄せた。


 いつもなら、ここで律へ送っていた。

 何か違う、長い、ここで笑えない。

 それくらいの言い方でも、夜には直したものが返ってきた。


 私は鞄からスマホを出した。


 律とのトークが、上の方に残っている。

 火曜日の、もう直さないという文面を通り過ぎて、一週間前まで戻る。


『この女の子、こんな言い方する?』


 私が送った文の九分後に、律が返していた。


『美緒なら何て言う?』


 そこで私が喋ったことが、次の日の稿に入っていた。

 自分の言いやすい台詞になっていたから、直すのも簡単だと思っていた。


 画面の下へ指を置く。

 ここだけ読んでほしい、と打った。


 送信の矢印を押そうとして、止まる。


 あの告白に返事をした時、律は喜んでいた。

 私が驚いて、その顔を瀬戸に見せた。

 瀬戸が笑って、私も笑った。


 分からなかったと言っても、律は頷かなかった。


「美緒、ここ」


 呼ばれて顔を上げた。

 瀬戸が、台詞の主語を指している。


「お前、店員な」

「うん」


 入力しかけた文を消した。

 目の前の相手には送ってしまう前提がなくて、瀬戸も自分で次の行を書いていた。


「もう閉店時間ですので」


 読むと、瀬戸が客の台詞を返す。

 五行目で、また止まった。


「それ、入ってきた時に言ってなかった?」

「言った。……二回言うのは変か」

「だったら、今来た人が言うことじゃなくない?」


 私の口から出た言葉を、瀬戸がそのまま書き始めた。


「ちょっと。客に怒ってるんじゃないって」

「使えるかと思って」

「そこは今、普通に言ったの」


 ノートの端が黒くなっていく。

 律が書く所を、私はこんなに長く見ていたことがあっただろうか。


 廊下で話し声がした。

 いつもなら、律が待ってくれている時間だった。


 私が鞄を片づけるのを待って、駅前へ寄るなら付き合って、帰ってから台本を直してくれた。


 席を立ちかけて、座り直す。

 今日は、待っている人はいない。


 駅前で買うつもりだったノートも、まだ買えていなかった。


「講堂、無理そうだな」


 瀬戸が言う。

 私が何も返さずにいると、彼は申請の紙を開いた。


「教室の方で出す。こっちは、月曜に途中のやつ見せれば相談できるって」

「……分かった」


 大きな場所でやりたいと言った時、律は台本を持ってきた。

 作れると言ったのか、一緒にやりたいと言ったのか、もう覚えていない。


 私は今度は、店員が話を切る所を短くした。


「それ、本当に、今じゃないと駄目ですか」


 読んでから、少し間を空ける。

 瀬戸が客の台詞を返した。


 その一往復だけは、途中で引っかからなかった。


「今の、いい」

「じゃあ、これは残して」


 ノートを自分でも押さえた。

 ここなら読める。客の返事を聞いて、少し苛立って言えばいい。


 けれど次の行は、また書かなければならない。


 帰りの時間になっても、四枚目は白かった。

 スマホが光る。律かと思ってすぐ手を伸ばすと、母から、夕飯までに帰れるかという連絡だった。


 まだ、と打った。

 律との画面には戻らず、私は瀬戸のノートへ向き直った。

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