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第6話_その稿は使わせない

「題名だけ変えればいいんじゃない?」


 瀬戸が言ったので、俺は机に置いた原稿を引き寄せた。


「そういう話じゃない」

「お前の名前で出すのが嫌なのかと思って」


 昼休みの文化祭準備室。

 朝のうちに担当の先生へ時間を取ってもらい、美緒と瀬戸にも来てもらった。


 昨日、送った文面は読まれている。

 それでも瀬戸は、俺が直した稿を鞄から出す方を先に待っていた。


「名前を変えても、これを使うのはやめてほしい」

「途中までみんなでやったんだぞ」


 瀬戸が美緒を見る。

 美緒は俺ではなく、机の上の紙を見た。


「……一回、ちゃんと話そうって言ったのに」


 その話をすると、また火曜日へ戻る。

 俺は返事の代わりに、先生へ向き直った。


「金曜までに直す約束はしてました。でも、もう続きを渡したくないです」


 先生が仮申請を開いた。

 まだ上演用の完成稿を受け取っていない、という欄に指が置かれる。


「瀬戸たちは、この原稿でなければ出られないのか」

「いや、作り直せば出られますけど」

「じゃあ、使わない方で相談できるな」


 先生は、誰が悪いかを聞かなかった。

 少し意外だった。説明を始めたら、あの時の俺の返事まで話すのかと身構えていたから。


「作り直す時間がないんですよ」

「別の原稿を出すなら、月曜に内容を見せて。講堂の試演に間に合わないなら、教室企画もある」

「……はい」


 瀬戸の返事が小さくなった。


 先生が俺へ確認する。


「この稿を外して、別の作品にする。それでいいんだな」

「はい」

「朝倉は昨日の申込みを続ける?」

「続けます」


 美緒が顔を上げた。


「もう、別の書いてるんだ」

「うん」


 美緒のために徹夜して、まだ終わらないと言い訳をする必要はなかった。

 昨日、俺の名前で出した話がある。


 先生が旧稿の題名へ線を引き、使用稿未定と書いた。

 瀬戸は、その紙を見たまま動かなかった。


「朝倉、最後のとこだけでも置いてけない?」

「まだ書いてない」

「じゃあ、そこの考えてた案だけ」


 瀬戸がノートを開いて、俺の方へ向けた。

 白い行が一つ、指の先にある。


 そこへ手を伸ばしかけた。


 発表の前夜、短くしてほしいと電話をもらったことがある。

 眠かったけれど、最後の一行だけを替えて送った。翌日、美緒がそれを読んで笑い、瀬戸が客の方を見ながら俺の腕を叩いた。


 あれが嬉しくて、次も引き受けた。

 一行なら、と言われるたびに。


「ここでいいよ」


 瀬戸が指をどける。

 もう書いてもらえる顔をしていた。


 頭の中には、返事が一つ浮かんでいる。

 言えば、終わる。あの二人も助かる。


 俺はノートの端を持ち、向こうへ返した。


「それも渡さない」


 瀬戸が指を戻した。

 白い行は、そのままだった。


 瀬戸は、今度は美緒を見なかった。

 ノートへペンを置き、先生に提出日を聞き直した。


 話が終わって席を立つと、美緒が原稿へ手を伸ばしかけた。

 俺は自分の鞄へ入れた。


 差し出されるのを待っていた手が、机の上で止まった。


「それ、私の書き込みある」

「うん。捨てないよ」


 美緒は何か言いかけた。

 返してくれとも、使うなとも、最後までは言わなかった。


 準備室を出る。

 昼休みは、まだ少し残っていた。購買の方へ行きかけて、教室へ戻った。


 弁当を開けると、航が向かいの席を引く。


「終わった?」

「終わった」

「食ってないだろ。もう鳴るぞ」


 机の横で、スマホが光った。


『最後のページ、増えた?』


 久瀬だった。

 俺は鞄から新しい稿を出す。昨夜、三枚目の空いていた所から、次の紙まで書いた。


『増えた。放課後持ってく』


 送って、箸を持つ。

 航が紙の端を覗いた。


「そっちは進んだのか」

「うん。傘は返した」

「何の報告だよ」


 弁当を食べ終えてから、原稿の順を揃えた。

 旧稿は鞄の奥へ、新しい方はすぐ出せる所へ入れる。


 昼休みの終わり、美緒と瀬戸が廊下から戻ってきた。

 二人ともノートを開いて、何か言い合っている。


 俺は前を向いて、次の授業の教科書を出した。

 放課後に直したい箇所を、ノートの端へ一つだけ書き留めた。

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