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第28話_続きは起きてから

「二千字くらい。少し長くても大丈夫」


 金曜の昼休み、三枝が文芸誌の募集用紙を持ってきた。


「七月三日まで。配るのは十七日」

「来週か」

「うん。前に少し話したやつ、どうかなって。公演、終わったから」


 用紙を受け取る。

 募集用紙には、題名と名前を書く欄があった。出演者の欄はない。

 小説、と書かれた所をもう一度見た。台詞の前に誰の名前を置くか、考えなくていいのが変だった。


「一つ、書いてみる」

「ありがとう。金曜の八時までにファイル送って。本文と題名、あと名前」


 最後は念を押された。

 書くよ、と答えると、三枝は自分の締切のメモへ戻った。


 翌日の午後二時、紗月が家へ来た。


「こんにちは。先日は、公演見に来てくださって」


 玄関で母さんへ頭を下げる声が、普段より少し高い。

 母さんは、こちらこそ、と言って、彼女の持ってきた箱を受け取った。


 俺が靴を揃えると、紗月も横へ自分のを並べ直す。

 もう十分揃っていた。


「こっち」


 部屋へ案内する前に、居間から父さんが顔を出した。


「いらっしゃい。今日は何見るの」

「短いドラマのつもり」

「ああ、あれ。音が小さいから、設定でここの――」

「俺、分かる。前も見たから」


 父さんはリモコンを持ったまま止まった。

 紗月が、ありがとうございます、と頭を下げる。


「飲み物、麦茶でいい?」

「はい、ありがとうございます」

「律、氷、自分でね」


 母さんに言われ、俺は台所へ行った。

 紗月もついてきかけたので、先に座ってていいと伝える。


 二つのグラスを持って部屋へ入ると、彼女は座布団の端へ座っていた。

 鞄が膝に載っている。


「それ、置いていいぞ」

「どこ」

「その辺……あ、そこ、充電器あるな」


 俺は床のコードを椅子へ引き上げ、積んだ本を机へ移した。

 母さんに片づけろと言われて、さっき寄せたものだった。


「片づけた所、なくなった」

「使うと、こうなる」

「私、まだ座っただけだよ」


 紗月が鞄を下ろす。

 俺も隣へ座り、冷たいグラスを渡した。


 見るのは四十五分くらいの、一話で終わる探偵ドラマだった。

 盗まれた宝石を見つけるより先に、間違えて運ばれた偽物を追う回だ。


「前の、知らなくても分かる?」

「大丈夫。俺も、この回が最初だった」


 再生を押す。

 紗月は最初、犯人より部屋の出口をよく見ていた。母さんが菓子を持ってきてくれたからだ。


「これ、いただいた方、開けたよ」

「ありがとうございます」

「紗月、もう三回目」

「何が」

「ありがとう」


 俺が小さく言うと、彼女は肘で腕を押した。

 母さんが去ったあとで、こちらを見ずに一枚食べる。


 画面では、主人公が間違った荷物を車へ積んでいた。

 紗月は笑っていた。けれど、倉庫へ着く頃には、返事がなくなった。


 横を見る。

 目が閉じている。


 座布団を少し前へずらしていたせいで、頭が壁へ届かない。

 傾いた方へ自分の肩を寄せると、髪が腕に触れた。


 リモコンを取り、止める。

 二十一分の所だった。


 先に続きを見ようかと思ったが、俺もよく覚えていなかった。

 画面を暗くして、机の上のメモを手元へ引く。


 最終便の忘れ物。


 昨日、帰りの電車で思いついた題名を書いた。

 駅に誰もいなくなったあと、忘れ物が見つかる。そこまでしかなかった。


 駅長「おお」


 書いてから、線を引いた。

 何か渡されるたび、それしか言わない駅長は少し見たい。でも、これだけ置いても、何をしているのか分からない。


 ペンの先を、次の行へ移す。


 最後の列車が出たあとで、駅長は忘れ物をした。


 忘れるのは、鞄にした。帰ろうとしている本人に、若い駅員が渡す。

 その手前でペンが止まった。二人とも帰ってしまったら、誰が次の忘れ物を見つけるんだ。


 隣で、紗月が少し動いた。

 肩を動かさないようにメモを膝へ下ろす。彼女の指が、座布団の端に引っかかっていた。

 そっと外すと、手が俺の膝へ落ちた。


 メモを閉じ、その手に指を添えた。


「……何時?」


 声がしたのは、それから少しあとだった。


「三時前」

「私、寝た?」

「うん」

「どこから?」


 彼女が画面を見た。

 顔が俺の肩の近くにあることに気づき、一度だけ離れる。


「倉庫、行った?」

「今、着いた所。止めた」

「後半は?」

「先へ進めてない」


 紗月がリモコンへ手を伸ばした。

 俺が渡すと、停止位置を確かめる。


「じゃ、続き見たい」

「起きるまでに結構考えたぞ。中身、入れ替えたの誰か」

「言わないで。今から見る」


 さっきまでの客の声ではなかった。

 彼女は座り直してから、俺の腕へもう一度肩を寄せた。


「ここでいい?」

「うん」


 再開した画面より先に、そちらを見てしまった。

 紗月は今度こそ、最後まで起きていた。


 帰る前、彼女が膝のメモへ目を落とす。


「新しいの?」

「文芸誌に出すやつ」

「題名、決まったんだ」

「最初だけ、書いてみた」

「何、忘れるの?」

「鞄」

「題名になるくらいの?」

「……今、それ考えてる」


 紗月が笑った。


 彼女は一枚めくりかけ、手を止めた。


「書けたら、読んでいい?」

「読んでほしい」

「うん。今度、私の台詞ないんだね」


 帰りの支度をしながら、彼女は自分の父親にも会ってほしいと言った。

 火曜なら早く帰れるらしい。


「お母さんにも話してある。五時くらいから、六時までなら」

「俺も家で言っとく」

「別に、怖くないから」

「まだ何も言ってない」

「昨日、お父さん、何聞けばいいんだろって言ってた」


 そちらの方が怖かった。

 俺が黙ると、紗月が少し笑った。


「名前からでいいって言っといた」


 それはもう知っているだろ、と思ったが、本人へ確かめるのはやめた。

 火曜の予定をスマホへ入れ、駅まで送った。


 帰って部屋へ戻ると、メモが座布団の横にあった。

 駅長は、まだ鞄を受け取っていない。

 机へ移し、パソコンを開いた。題名と最初の一行を打つ。


 次の行には、鞄を差し出す若い駅員がいた。

 紗月が読みに来るまでに、この先を見つけたかった。

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