第25話_予定のある放課後
「次、いつ空いてる?」
月曜の朝、紗月が俺の机の横で聞いた。
俺が鞄を置く前だった。
「昨日、会っただろ」
「昨日は負けたから」
エアホッケーの三回目は、最後の一点を俺が取った。
帰る時には、彼女も笑っていた。もう気にしていないのかと思っていたのに。
「今、二対一」
「分かってる。大きい声で言わなくていい」
机へ手をつき、俺の顔を覗く。
近くなったので、ついそちらを見てしまった。
「今度は、最初から右、守る」
「先に教えるのか」
「あ」
紗月は少し考えた。
「……忘れて」
「無理だろ」
「じゃあ左も守る」
無茶を言ってから、ようやく自分の席へ行った。
廊下から航が入ってきて、今の何の話、と聞く。ゲームだと答えると、そっちは俺も行く、と返ってきた。
美緒に声をかけられたのは、その日の昼だった。
「放課後、少し話せる?」
机の上へ置いた箸を、持ち直した。
すぐ返事が出ないうちに、美緒が続けた。
「台本のことじゃない」
「……十五分くらいなら」
今日は、放送の当番が終わる紗月と帰る。
先に約束の時刻を確かめてから、そう答えた。
放課後、階段の踊り場で会った。
美緒はノートも原稿も持っていなかった。
「この前、言えなかったから」
壁へ背をつけかけ、やめる。
いつもの美緒なら、そんなことを気にせず喋っていた。
「あの時、練習かって聞いたよね」
「うん」
「私、違うって言った」
返事をせずに待った。
「本気にすると思わなかったって、あとで言ったけど。それ、変だった。律が聞いたのに、私が違うって言ったんだから」
手すりを握る手が、一度ずれた。
「好きだって返してくれた時も、笑った。……あれも、ごめん」
その一言で、あの日の自分の声が戻ってきた。
よろしく、と言って、鞄の持ち手を緩めた所まで。
美緒は俺を見ていた。
こっちが何か言うのを待つ顔を、久しぶりに見た気がした。
「うん。聞いた」
美緒が小さく頷く。
俺も壁から体を離した。
「すぐに、もういいよとは言えない」
「うん」
「でも、今、言ってくれたのは分かった」
言い終わってから、思っていたより息を止めていたと気づく。
「一緒に作ってた時は、楽しかったよ」
美緒が言った。
「全部、ふざけてたわけじゃないから」
「俺も、楽しかった」
そこは嘘にしたくなかった。
何度も直して、言いやすくなったと笑われるのが嬉しかった。
「でも、前みたいには戻らない」
美緒の指が手すりから離れた。
「……分かった」
少しして、彼女が先に一段下りた。
俺も階段の上へ向き直る。
「律」
「うん」
「時間、取ってくれてありがと」
振り返って、頷いた。
それから教室へ鞄を取りに戻った。
放送室前には、まだ紗月がいなかった。
窓から校庭を見ていると、向こうで戸が開く。
「お待たせ」
ファイルを抱えた彼女が出てきた。
「大丈夫。今来た」
「今日さ、体育館と体育館前って、別なの」
「うん?」
「同じつもりで読んだら、集合する人、困るって。さっき直してきた」
紗月はファイルを開き、赤い印を見せた。
朝、勝負の話をした声とは、少し違う。
「外か中か、結構違うな」
「分かる。今は」
俺が笑うと、彼女も笑った。
ファイルをしまう間、鞄を持とうかと手を出す。自分で持てるよ、と言ってから、彼女は俺の空いた手を取った。
翌日の放課後。
帰ろうとすると、クラスの男子に呼び止められた。
「朝倉、駅前寄るなら、これ買ってきてくんない?」
スマホの画面に、菓子の写真がある。
「今日は寄らない。彼女と帰るから」
「ああ、了解。じゃ、自分で行くわ」
あっさり引っ込んだ画面の向こうで、紗月がこちらを見ていた。
校門を出てから、彼女が袖を引く。
「もう一回」
「何を」
「さっきの」
分かっていた。
分かっていたから、すぐに言う方が難しかった。
「……彼女と帰る」
「うん」
紗月が俺の隣へ戻る。
手をつなぐ前に、こっちを見上げた。
「私も、彼氏と帰る」
今度は俺が、返事に困る番だった。
駅へ向かう途中、彼女の家で母親が買ってきた菓子の話になった。
食べてみたいと言うと、まだある、と返る。
「じゃ、今度、遊びに行っていい?」
「うち?」
「うん。紗月の家」
彼女の足が止まった。
俺も隣で止まる。
「……いつ?」
「空いてる日。土曜とか」
「土曜、空いてる。でも、ちょっと待って。家で聞く」
スマホを出しかけ、しまった。
今は家族に連絡するより、別に考えることがあるらしい。
「部屋、片づけないと」
「俺、そんなに場所取らないよ」
「取るよ」
早かった。
何をどかすのかまでは、教えてくれなかった。




