第21話_呼んだら手をつなぐ
「付き合うことになった」
朝、そう言うと、航は飲もうとしていた紙パックを机へ戻した。
「久瀬と?」
「うん」
「そうか。……お前、声、小さくない?」
「朝だから」
「さっき俺には普通だったぞ」
認めると余計に変な声になりそうで、俺は自分の席へ座った。
航は、おめでとう、と言ってから、記録班の連絡を確かめた。
「土曜、俺が撮るの一回目な。二回目、別の教室回る」
「分かってる。助かる」
「じゃ、原稿、完成したの送っといて」
いつもの頼み方だった。
久瀬の方を見ると、三枝と話している。こちらに気づき、目だけで笑った。
月曜の帰り道。
二人で教室を出ると、彼女がすぐ隣へ来た。
「千尋に話した」
「俺も、安西に」
「おめでとうって。あと、土曜は文芸部の展示も見に来てって」
それは行こう、と返す。
久瀬は頷き、俺の鞄の横を歩いた。
学校から駅までは十二分くらいだ。
今日も同じ道。なのに、曲がり角を一つ過ぎるたび、残りが減るのが気になった。
「朝倉」
呼ばれて向く。
久瀬は一度だけ口を閉じ、それから言い直した。
「……律」
足が止まりそうになった。
昼の放送なら何百人も聞く声が、今は俺の名前だけを言っていた。
「下の名前、いいよね」
「うん。じゃ、俺も」
知っている。
用紙に書いた時も、写真を送った時も、フルネームを何度も見た。声へ出すのは別だった。
「紗月」
彼女が鞄の紐を持ち直した。
目が合う。昨日の、好きだと言われた時に近い顔だった。
「もう一回」
「……紗月」
「うん」
今度は満足したように頷く。
俺も同じことを頼みたくなって、少し迷った。
「俺の方も」
「律」
「早いな」
「呼びたかったから」
言った本人が、顔を前へ戻した。
歩く速さだけ少し上がる。俺も追いついた。
駅前より一本手前の、人の少ない道へ入る。
鞄を持っていない方の手が、隣で揺れていた。
俺は自分の鞄を左へ移した。
右手を出す。
「手、つないでもいい?」
紗月が立ち止まった。
出した俺の手を見て、自分の指を一度曲げる。
「……うん。私も、そうしようと思ってた」
触れた指が、手の中へ入ってくる。
俺が握るより先に、彼女がきゅっと力を入れた。
「あ、ごめん。強い?」
「平気」
少しだけ緩む。
でも、離れなかった。
並んで歩くと、腕の振り方まで変わった。
彼女の歩幅がよく分かる。合わせようとして同じ側の足を出し、少しずつ落ち着いた。
「律、手、熱い」
「そっちも」
「そう?」
確かめるように指が動く。
それだけで、駅までの道がまた短くなった。
改札の手前では一度離した。
紗月は自分の手を鞄の陰へ入れ、俺もカードを探した。普段なら一度で出せるのに、別のポケットまで開けた。
電車では、扉の横へ並んだ。
彼女が降りる駅は、俺より二つ手前。今日は変えられない。
「明日も、帰る?」
「帰る。紗月と」
「……私も、律と」
名前を入れなくても通じる返事だった。
入れて言ってもらうと、もっと嬉しかった。
駅へ着く。
降りる前に彼女が振り返った。
「また明日」
手が小さく上がる。
さっき握っていた手だと思って見た。
「また明日」
扉が閉まる。
まだ同じ所に熱が残っていて、俺はその手でスマホを持った。
今さら送るほどの用はなかった。
それでも、紗月から来た、着いたら連絡して、に、分かった、とすぐ返した。




