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第14話_その顔を撮りたい

「二人とも、下向かないで」


 三枝に言われ、顔を上げた。

 隣の久瀬も同じだった。


「今度は傘で久瀬が見えない」

「私、ここにいるよ」

「写真にいないの」


 火曜の放課後、廊下の窓際で告知用の写真を撮っていた。

 傘は畳んだまま。台本も持った。何をする人たちか分かるようにしたら、二人とも物の陰に隠れた。


 七人、来てくれる予定がある。

 友人や部活の知り合い、その家族。まだ会ったことのない誰かにも見てもらうには、案内が要った。


 三枝は文芸部へ行くまでの十五分だけ、スマホを持ってくれている。


「読み合わせしてる時みたいでいいんじゃない?」


 それなら、と久瀬が俺へ体を向けた。

 原稿も上がる。


「だから紙は下げて」

「あ、そっか」


 普段読んでいる時より落ち着かない。

 何も言わず久瀬の顔だけ見ることが、こんなに難しいとは思わなかった。


 彼女は首の後ろへ手を回した。

 髪留めが外れる。ほどけた髪を指で直し、俺を見上げた。


「こっちの方が、顔見える?」

「見えるけど、逆に」

「逆に?」

「……何でもない」


 目を逸らし、スマホを持つ三枝の方を見る。

 シャッター音がした。


「今、朝倉が目つぶった」

「そんな正確に撮れるのか」

「撮りたくて撮ったんじゃないよ」


 三枝が画面を見せる。

 久瀬だけは綺麗に前を向いていた。俺は何かに耐えている顔だった。


 隣から覗き込んだ久瀬が、声を出して笑う。


「朝倉、眠い?」

「頑張ってた」

「そういう顔なんだ」


 笑いながら、彼女がこちらへ向き直る。

 こっちの方が、いつもの久瀬だった。


「今の、もう一枚」


 三枝へ言うと、久瀬の笑いが止まった。


「何」

「今の顔で撮ってほしい」

「今のって、朝倉見て笑ってた顔?」

「うん」

「告知に?」


 そこで俺も止まった。

 紙の上で二人が向き合う写真。さっきまでそれを撮ろうとしていたのに、今欲しいのは少し違う。


「……告知じゃなくても」

「朝倉が持つの?」

「いいなら」


 久瀬が髪の先を触った。

 カメラへ顔を向ける。口元だけを少し上げて、それから自分でやめた。


「急に言われても、さっきと同じにならない」

「じゃ、待つ」

「待たれても」


 三枝のスマホが下がる。


「私、あと五分」


 そうだった。

 久瀬が慌てて俺の紙を下げ、傘を真ん中へ寄せた。俺が柄を持ち直した時、彼女がまた笑った。


「朝倉、そんな真剣に待ってた?」

「今は、写真の方」

「今はって」


 シャッター音が二回した。


 撮影が終わると、三人で画面を確かめた。

 後の一枚は二人とも台本を下げ、互いの方を向いている。久瀬の口元に、まだ笑いが残っていた。


「これ、使っていい?」


 俺が聞くと、彼女は画面を大きくしてから頷いた。


「案内は、こっち」

「ああ」


 一枚前。正面寄りで題名も見える写真だった。

 俺の目も、ちゃんと開いている。


「それで、こっちは……送っていいよ」


 最後の写真を指してから、久瀬は自分のスマホを出した。

 三枝が二人へデータを送る。


「私、部活行くね。案内できたら確認だけする」

「ありがと、千尋」

「助かった」


 三枝が去ったあと、俺たちは窓際に残った。

 久瀬は選んだ写真を見比べている。


「朝倉、この方がいい顔」

「俺の?」

「うん。寝てないし」

「寝てたわけじゃない」


 言い返したら、彼女が俺を見た。

 さっき欲しいと思ったのと、また少し違う笑い方だった。何枚あっても同じにはならないらしい。


 鞄を持って階段へ向かう。

 久瀬は途中で髪をまとめかけ、スマホへ目を落とした。


「今日、帰るまではこれでいいか」

「うん」


 髪を下ろしたまま、彼女が一段先を歩く。

 俺は後ろから追いつき、その隣へ並んだ。


 階段を下りた所で、久瀬が俺の前へ回った。


「朝倉のも、一枚撮っていい?」

「さっき写ってただろ」

「二人のじゃなくて」


 彼女のスマホが上がる。

 俺は足を揃え、どうしてか鞄を持ち直した。


「台本、いらないよ」

「出してない」

「出しそうだった」


 目を細めてこちらを見ている。

 構えている時の顔を見せられる側になると、分かった。早く撮ってほしいのに、まだ撮らないでほしい。


「普通でいいから」

「それが一番難しい」


 俺が言うと、久瀬が笑い、シャッターを押した。


「今の顔、いい」

「笑ってないぞ」

「うん。私が見てた顔」


 画面をこっちへ向ける。

 間の抜けた、少し困った顔だった。久瀬は削除の所へ触らず、そのまま鞄を持った。


 帰宅してから、届いた二人の写真を開いた。

 告知の文字を載せる方と、何も載せない方。


 先に何もない方を保存してから、ようやく作業を始めた。


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