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37/51

37:型だろ

 紙が十一枚になった。

 寸法。組む順番。それから、なぜその部品が入っているのか。

 前の二つは、リタさんが出した。どちらも彼女が毎日やっていることだ。

 俺が出せたのは、最後の一つだけだった。それを言って、彼女が書く。俺はこの世界の文字が書けない。

 四日かかった。言われたとおり、長くなった。いちばん長いのは、理由の欄だ。


 職人ギルドは、街の北西の角にある。

 ノートを持った白髪交じりの人が、紙を一枚ずつ見ていった。時々戻っては、見返す。


「これは、なんの欄だ」

「理由です。その部品が、何のために入っているか」

「型に、そんなものを書いたやつは見たことがない」

「駄目ですか」

「駄目とは言っとらん。収める欄が無いだけだ」


 前にここへ来たときのことを思い出した。

 この帳面には、俺の名前も載っている。隣に、助手と書いてある。

 書かれた日、リタさんは不機嫌だった。


「欄は作る。作れば済む」


 彼はもう一度、上から下まで目を走らせた。それから紙を台へ置いた。


「先の一件は聞いている」

「回収の話ですか」

「うちが取り持った。三十いくつ、全部戻った。焼けたのは一つで済んだ」


 彼は指で紙の端を叩いた。


「同じことをまたやられちゃ、かなわん。これを、うちで持たせてもらえんか」

「ギルドで」

「写しを取って、作りたい工房へ渡す。どこの工房の型でもない、という形にする」


 ああ、と声が漏れた。


「規格ですね」


 リタさんが眉を寄せる。


「なんだそりゃ」

「……すみません。共通の型のことです」

「型だろ」


 元の世界では、規格と呼んでいた。誰でも使える寸法があって、それに合わせて別々の場所で作ったものが、ちゃんと噛み合う。

 便利だと思っていた。便利だとしか思っていなかった。

 誰でも使える。その前に誰のものだったかを、考えたことがない。


 リタさんが、台の紙をこちらへ寄せた。


「帳面に、工房の名前は」

「共通の型だ。どこの工房の型でもない」

「……うちの品じゃなくなる、ということか」

「そうだ」


 白髪交じりの人は、淡々と頷いた。

 少し考えて、訊いた。


「作った人の名前は、残りますか」

「残す。残さんと、何かあったときに訊く先が無い」


 この前がそうだった。焼けた箱がどこの工房のものか辿れたのは、ギルドが控えていたからだ。

 彼がリタさんの方に視線をやった。


「あんたの名前で載せる。最初に起こした者としてな」

「二人で載せろ」


 羽根ペンが止まった。


「二人」

「あたしとこいつだ」


 白髪交じりの人はしばらく俺を見て、それからノートに何か書いた。


「並べて載せる。順は」

「どっちが先でもいい」


 リタさんは、紙の束を手に取った。


「三日、考えさせろ」


 彼の答えは、やっぱり淡々としていた。


「いくらでも」


 * * *


 三日後の朝、リタさんが「行くぞ」と言った。

 どこへ、とは言わなかった。綴じた紙の束が、肩に掛けた袋からはみ出している。


 職人街の、いちばん奥だった。

 間口が広い。看板は出ていないのに、通りかかった人が開きっぱなしの扉の前で会釈していく。

 リタさんは扉の三歩手前で一度止まって、それから何事もなかったように入っていった。

 中は広かった。炉が三つ。台が六つ。若い人が何人か動いている。

 街の工房としては大きい方なのだろう。それでも、うちの工房区画には及ばない。あそこは炉を六つ据えられる作りだ。

 入った瞬間、二、三人が振り向いた。ゲルトさん、と誰かが奥へ声を投げる。それから、元通りに動き出した。

 奥から、背の高い人が出てきた。白いものの混じった髪を短く刈っている。目つきがリタさんと同じだった。この人がゲルトさんだろう。


「なんだ」


 リタさんは袋から紙の束を出した。


「型を持ってきた。あんたの型の、続きだ」


 ゲルトさんは紙を受け取って、腰の布で手を拭いてから、一枚目をめくった。

 二枚目で、止まった。

 俺は何も言わなかった。言うことがない。紙に全部書いてある。


 待っているあいだ、手近な台を見た。

 組みかけの箱が一つ載っている。この工房が五十年作ってきたものだ。

 枠の継ぎ目が詰まっていた。ぴたりと合って、爪も入らない。

 リタさんの継ぎ目と同じだった。


 三枚目まで来たところで、ゲルトさんが顔を上げずに言った。


「この部品、うちのには無い」

「無いな」


 紙の下の方に、それが何のためのものか書いてある。

 彼はそこを指で押さえた。しばらく動かなかった。


「……逆へ回すと焼けるのは、これか」

「それだ」

「そういうもんだと思ってた」

「あたしもだ」


 リタさんは、ゲルトさんの顔をじっと見ていた。


「親父」

「なんだ」

「継ぎ目の詰め方も、書いてある」


 ゲルトさんの手が止まった。


「……あれもか」

「あれもだ」

「そうか」


 それだけだった。

 彼はまた紙へ目を戻した。今度は、めくる手が少し遅くなった。


 横から、もう一人が紙を覗き込んだ。ゲルトさんと同じくらい背が高い。手が大きい。

 クラウスさん、と呼ばれていた。彼の目も、リタさんによく似ていた。


「これ、うちの型として起こすのか」

「起こさない」

「……は?」

「ギルドが持つ。写しを取って、作りたい工房に渡す」


 ゲルトさんが、初めて紙から目を離した。


「うちの娘が持ってきた型が、うちの型にならんのか」

「ならん」

「……もったいないことをする」

「そうだな」


 リタさんは、そこを言い返さなかった。

 クラウスさんが、紙の束を受け取って、一枚めくった。


「うちの名前は、載るのか」

「載らん。あたしとこいつの名前が載る」

「……工房の名前は、どこにも出ないのか」

「出ない」


 クラウスさんは、紙を持ったまま少し黙っていた。


「作りたい工房に渡す、と言ったな」

「言った」

「うちも、そのうちの一つか」

「そうだ」

「並ぶのか。うちと、どこの誰とも知らん工房が」

「並ぶ」


 彼は紙を台へ戻した。乱暴ではなかった。


 誰も何も言わなくなった。

 炉の音と、奥で誰かが金具を落とした音だけがした。


 * * *


 日が落ちて、通りの雪が青くなっている。門まではまだある。

 リタさんは工具ベルトの金具を鳴らしながら歩いていた。


「あんた、何か言うかと思ってた」

「何をです」

「もう誰でも作れるようになるぞ、とか」

「言えません、そんなこと」

「なんでだ」

「私は、何も作れないので」


 言ってから、少し違うな、と思った。

 作れないことと、作らなくてよくなることは、同じではない。

 俺は最初から持っていない。リタさんは、持っているものを使わないと決めた。

 助手、というのは、そう外れてもいない。

 彼女には言わないでおく。言ったらきっとまた、不機嫌になる。


 金具の音が、いつのまにか止んでいた。歩き方が変わっていた。

 街道へ出ると、風がまともに当たった。門の灯りは、まだ見えない。

 俺は半歩下がって、後ろを歩いた。並ぶのも、追い越すのも、違う気がした。


「……あたしが決めた」


 リタさんは、足を止めなかった。前を見続けていた。

 俺はただ、小さく「はい」としか答えられなかった。


「ギルドが決めたんでも、親父が決めたんでも、あんたが決めたんでもない。あたしが決めた」


 彼女は一度、息を吸った。


「そこだけは、譲らんぞ」


 返事をしそこねた。

 前にも一度、同じことをやっている。あのとき彼女は、ここなら自分が決めていい、と言った。

 決めていい場所ができたから、渡すことも決められた。そういう順序だったらしい。


 しばらく歩いてから、訊いた。


「継ぎ目のことですが」

「なんだ」

「ギルドにゲルトさんの名前、出さなくて良かったんですか」

「……いいんだ」


 彼女はゆっくりと歩いていた。


「書いてあれば残る。名前が載ってなくても残る。……そういう話だったろ」


 * * *


 十日ほど経って、街へ出た。

 ギルドで写しを見せてもらう用事があった。紙は十一枚のままで、字だけが別の人のものに変わっていた。理由の欄も、そのまま写されていた。


 帰りに、職人街を抜けた。

 戸の開いている工房があった。寒いのに開けているのは、中で火を使っているからだろう。

 通りがかりに、中が見えた。

 若い人が台の前に座って、金具を組んでいる。手元に、見覚えのある形があった。


 枠を組んで、石を入れて、それから小さい方の部品を先に据えた。

 順番が合っている。

 リタさんの順番だ。

 台の端に、写しの束が置いてあった。順番と、その理由がそこに書いてある。


 中の人が顔を上げる。目が合って、それだけだった。すぐ手元へ戻っていく。

 俺が誰かを知らない。知る理由も無い。

 帳面には、リタさんが俺の名前も載せた。助手よりましな言葉を、俺はまだ思いつかない。


 歩き出すと、細かな雪がちらつき始めた。

 リタさんに言うかどうか、少し迷った。

 言うことにした。あの順番で組んでいる人が、もう街にいる。


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