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36/51

36:なくても動くから

 工房の扉を開けると、熱気が顔に当たった。

 炉が二つとも焚かれている。少し前まで一つだった。

 リタさんは奥の台で、組み上がった箱を並べていた。台の上に十二、床にも木箱が積んである。


「今月はいくつですか」

「四十だ。ダグと弟子たちにも手伝ってもらってる」

「二十では」

「二十だったんだよ、先月までは」


 彼女は摘まみを一つずつ回して、指の腹で表面の熱を確かめている。四十個ぶん、全部それをやるらしい。

 台の端に、食べかけの干した果物があった。朝、リタさんを食堂で見ていない。


「食べてないでしょう。食堂に来てください」

「食う。あとでな」

「あとで」

「あとでだ」


 人のことは言えないので、それ以上は言わなかった。


「二つとも、ずっと焚くんですか」

「昼だけだ。夜は落とす。一日中焚いてたら、石がいくらあっても足りん」

「石は」

「三か月もってたのが、ひと月半だ」


 俺は相変わらず、この世界の金銭感覚がない。

 魔石は高い。八つでこの商品四個分、ということしか知らない。


「それで、採算は合いますか」

「取れてる。だから作ってる」


 そうやって商品が売れると、俺のところにも金が入ってくる。

 実際に手を動かしているのはリタさんなので、金を受け取るとき、どこか居心地が悪い。

 リタさんは、確認を終えた商品を木箱に並べていく。


「四十のうち、三つ弾いた」

「弾いた」

「継ぎ目が甘い。動きはするが、商品にはならん。あたしは気に入らん」


 台の端、干した果物の隣に、他のと少し離して置かれた三つがある。それが弾いたものなんだろう。

 誰も気づかないところで、この人が一人で決めている。


 彼女は木箱の中に並べ終えると、腰を伸ばした。

 そこでようやく、俺の方を見た。


「それと、ギルドで聞いた」

「何をです」

「うちのを真似た品が出回ってる」


 想定してなかった内容だった。

 何を言えばいいのか、どうしたらいいのかも分からなかった。


「……いいんですか」

「何が」

「真似されて」

「そりゃ真似されるだろ。売れてるんだから」


 リタさんはまた、作業に戻る。しゃがんで木箱を持ち上げる。


「うちの型だって、元は誰かの型だ。五十年前のを引き継いでる。あたしの親父が写して、その親父が写した。そういうもんだ」

「そういうものですか」

「そういうもんだ」


 * * *


 その夜、フィーネさんが工房へ来た。布に包んだものを抱えている。

 解く前に、焦げた匂いがした。


「東の通りで、壁が焦げた」

「怪我人は」

「いない。煙が出たときに、みんな外へ出たから」

「良かったです」

「良かったけど、火が回る前に気づいたのが、たまたま起きてた子なんだよ」

「……」

「寝てたら分かんなかったと思う、これ」


 包みを開けた。

 箱は半分ほど黒くなっていた。枠が歪んで、継ぎ目が開いている。

 手を当てた。


   温度制御:応答なし


 それだけだった。

 場所を変えて、もう一度当てる。同じだった。


「読めません」

「読めない?」

「壊れすぎています。中身ごと焼けているので、どうなっていたかが分かりません」


 リタさんが箱を持ち上げて、開いた継ぎ目へ目を近づけた。


「うちのじゃないな」

「分かりますか」

「継ぎ目だ。あたしはもっと詰める」


 彼女は箱を置いて、指で台を叩き始めた。

 フィーネさんは、焦げた枠を見たままだった。


「ねえ、シュウさん」

「はい」

「これ、一個だけだと思う?」

「……いえ」

「だよね」

「たまたま、この一つの出来が悪かった可能性はあります。でも」


 リタさんが、俺の言葉を引き継いだ。


「そうじゃないかもしれん、と」


 頷いた。


「はい。同じところで作ったものを、もう一つ見たいです。焼けていないものを」


 フィーネさんが、俺を見て、リタさんを見た。


「どこが作ったか、分かる?」

「職人ギルドに言う。それで、出させる」


 リタさんは前掛けを外して、そのまま扉の方へ歩いていった。


「うちの品を写した品なら、うちが見て何が悪い」


 * * *


 二日後、ギルドの使いがそれを持ってきた。

 箱は新しい。まだ誰も使っていないものだという。

 台に置いて、摘まみを回して、手を当てた。


   温度制御:正常

   冷却側保護:正常


 正常だった。

 壊れていない。摘まみを回せば温まるし、逆へ回せば冷える。売り物として、何も間違っていない。

 入っていないのは、温めすぎたときに止める仕組みだった。


 前に、リタさんと一つ焼いて壊したことがある。あのときは逆だった。温める側にはあって、冷やす側に無かった。

 五十年前の誰かは、温める道具として作った。だから温める側だけを守った。

 この箱は、加熱側の保護だけが抜かれている。

 いまは冬だ。街じゅうが、温める側で使っている。

 摘まみを戻して、顔を上げる。


「これ、たぶん全部そうです」

「全部」

「一つの出来が悪かったのではありません。こう作ってあります」


 リタさんは、赤茶色の髪の毛をかき回した。ゴーグルがずれる。


「工房に行くぞ」

「どこの工房かは」

「ギルドに聞いた」


 その工房は、職人街の端にあった。

 通りの雪は踏み固められて黒い。軒先に鉄の輪が吊るしてある。

 中は暖かかった。炉が一つと、台が三つ。肩の厚い人が一人と、若い人が二人いた。

 台の上を見た。整理されている。工具は使い込まれて、どれも同じ向きに置いてあった。余計なものが置かれていない。


 肩の厚い人が、俺たちの前に立った。若い人に「親方」と呼ばれていた。

 リタさんは、自分より大柄なその人を、鋭い鋼色の瞳で見上げた。


「うちのを写しただろ」


 親方は、あっさり頷いた。


「写した。売れてるからな。うちでも作ろうって話になった」

「見て作ったのか」

「見ればだいたい分かる。難しい作りじゃない」


 そのとおりだった。

 難しくはない。俺たちが三日で作ったものだ。

 俺は横から口を出した。


「確認したいことがあります」

「あんたが、中を見るってやつか」

「はい」


 リタさんが、腕を組んで横を向いた。

 好きに話せということだろうと判断した。


「あなた方が作ったものには、止める仕掛けが片方しか入っていません」


 親方は、少し考えるような顔をした。


「止める仕掛け?」

「はい、止める仕掛けが二つあったはずです」

「ああ、あれか。似たようなのが二つ入ってた」

「はい」

「片方でいいだろ。二つとも同じようなもんだ。片方減らせば、材料も手間も減る」

「それは……」

「安くなる。うちは後から出す方だ。値段を下げて売るのが良いやり方だ」


 筋は通っていた。

 後発品は、先発品よりも安く売りたい。その方が売れる。

 それ自体は間違っていない。


 なんて言おうか考えていると、親方が話を続けた。


「似たような部品が二つあった。小さいのと大きいの。大きい方が本体だと思った。それに」

「それに?」

「小さいのを外しても、ちゃんと動いた」


 動く。

 そのとおりだった。動いてしまう。

 だから五十年、問題にならなかった。だから誰も気づかなかった。


「動きます。冷やす側で使うぶんには」

「温める側でも動くぞ」

「動きます。止まらないだけです」


 そこで初めて、親方の表情が変わった。


「……止まらない」

「温めすぎても、止める仕掛けがありません。上がり続けます」

「どこまでだ」

「最後までです」

「最後」

「焼けます」


 その人は台の上の箱を見て、それから後ろの棚を見た。

 棚には、同じ箱が並んでいた。


 リタさんが、腕を解いて親方を見た。


「あんた、何個出した」

「……三十を少し超えてる」

「東の通りで一つ焼けた。今回は人は無事だが、危なかった」


 しばらく、炉の音だけがしていた。

 若い二人が手を止めて、こっちを見ていた。


「回収する」


 親方の声はしっかりしていた。


「今日からだ。金は返す。作り直す」

「はい」


 親方の目が、俺を見た。


「あんた、この魔道具のちゃんとした作り方、分かるんだな」

「私は作れません。作れるのは、この人です」


 リタさんは、何も言わずに棚に近づいていった。

 そして棚の箱を一つ取って、裏返して見ていた。


 俺はリタさんのその背中を見て、それからまた親方を見た。


「一つ、いいですか」

「なんだ」

「説明してこなかった私たちにも問題があります」


 リタさんが目を見開いて振り向いた。


「は!?」


 構わず、俺は続けた。


「あの部品が何のためのものか、どこにも書いていません。見て分かるようには作っていないので」

「それはつまり」


 親方は、俺とリタさんを交互に見た。


「教えてもらえるって、ことか?」


 リタさんは、手にしていた箱を戻して、それからさっさと工房を出ていってしまった。


 * * *


 帰り道、リタさんは黙っていた。

 遺跡の門に辿り着いたところで、足を止める。前を睨みつけたまま、言った。


「あれは、あんたとあたしで作った」

「はい」

「それを、教えるのか」

「はい」

「誰でも作れるようになるぞ」

「……そうですね。でも、事故が起きなくなります」

「あんたとあたしの商品なんだぞ」

「はい」

「あたしの……」


 彼女は唇を曲げて俯いた。

 俺は言葉を、少し探した。


「今は、リタさんがいなくなったら、作れません。紙に書いて残せば、十年二十年、もしかしたら五百年、残るかもしれません」


 彼女は初めて振り向いた。


「五百年?」

「この遺跡と同じです。五百年後に、リタさんのものが誰かに使われます」


 彼女は、返事をしなかった。また前を見た。

 そのまま、大股で歩いていく。追いかけると、作業場に入った。


 リタさんは台の上の炭を掴んで、紙を一枚引き寄せる。


「……寸法だけだぞ」


 彼女は炭で線を引き始めた。

 俺は横に立った。


「その部品が何のためか、も書いてください」

「寸法だけでいいだろ。書いてあれば入れる」

「入れます。今は」

「今は」

「五十年後に写す人が、たぶん同じことを言います。なくても動くから、と」


 炭が止まった。

 動くから使う。使えるから写す。写しているうちに、なぜそれが入っているのかを、誰も言わなくなる。

 この遺跡もそうだ。動くものだけが残って、理由は残らなかった。


「……書く」

「はい」

「長くなるぞ」

「長くていいです」


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