↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
23/51

23:次はいつ替えるんだ

 朝、食堂へ行くと、もう三人いた。

 ヨナスさんが端で黙って食べている。向かいでヤンさんとテオさんが、炉の話らしいことを言い合っている。エマさんは鍋の前に立っていた。


「おはようございます」

「シュウさん、座ってて」


 答えを聞く前に、器が出てきた。

 二階の奥の部屋が食堂になってから、朝に人の顔を見るようになった。自室で一人、保存食をかじっていたころのことが、もう遠い。


 食べ終わってから、部屋へ戻った。

 机の上に、リタさんから預かった魔道具が置いてある。十日ばかり、そのままだ。

 手のひらに乗る大きさで、摘まみが一つ。回すと中に魔力が流れて、身体強化の魔法に変わる。

 預かった日に、手を当てた。


   魔力伝達:正常

   出力制御:異常

   原因:術式間競合


 この世界へ来た日に見たのと、同じ字が同じ順で並んでいた。フィーネさんの剣だ。

 術式が二つ、同じ経路を同時に掴みにいく。どちらも壊れていない。並んでいるだけで、噛み合わない。

 掴む順番を先に決めた。それで直った。

 リタさんには直せなかったものだ。壊れていないものは、彼女の<修復>では戻すところがない。故障じゃないからだ、と前にも聞いている。


「中身を説明しろ。あたしが同じものを作れるように」


 そう言われて、十日経つ。

 説明ならできると思っていた。ダグさんにも言った。中身の仕組みは話せます、と。

 机の前に座って、頭の中で言ってみる。

 二つの術式が、同じ経路を同時に掴もうとします。

 ――経路ってのは何だ。

 魔力の通り道です。

 ――どこを通ってる。

 そこで止まる。図には描けない。俺はこの世界の文字が書けないし、書けたところで、あれは紙に写せる形をしていない。

 見えたままを言葉にすると、リタさんの持っていない言葉ばかりになる。彼女の持っている言葉に置き換えると、今度は違うものになる。

 直すだけなら、すぐできる。フィーネさんの剣もそうだった。

 それを人に渡すのに十日かけて、まだ渡せていない。

 机に肘をついたところで、廊下から足音がした。


「あの」


 ダグさんの弟子のテオさんだった。


「工房の奥の戸が、閉まらなくて」

「行きます」


 工房区画の奥まで行って、戸に手を当てた。


   開閉機構:物理破損


 蝶番が下がっている。<デバッグ>では、それ以上何も出ない。


「これは私には直せません。ヨナスさんかダグさんに言ってください」

「……はい」


 少しがっかりした顔をして、それでも礼を言った。

 部屋へ戻る。魔道具を手に取る。

 言い方を考えかけたところで、また足音がした。

 今度は子供二人だった。ハンスくんが先に言う。


「部屋が暑い」

「暑いですか」

「うん。ずっとあつい」


 三階まで上がって、部屋に入ると、確かに少し暑かった。隅の筒に手を当てた。


   温度制御:正常


 正常だ。

 摘まみは、壁際の低いところ。ちょうど、子供の手が届くあたりだ。

 振り返ると、犯人が二人、俺を見上げていた。


「触りましたか」

「……ちょっと」

「回すと、こうなります」


 摘まみを戻した。それだけで終わった。


 部屋へ戻る。魔道具を手に取る。

 その日はそれから、二回呼ばれた。灯りが一つ点かないのと、二階の排水が流れないのと。灯りは直した。排水は詰まりで、これは俺の領分ではなかった。


 夜になって、魔道具はまだ机の上にあった。

 中身は十日前から分かっている。要るのは、腰を据えて言葉を探す時間だけだ。

 その時間が、十日出てこない。

 人が九人になった。設備が増えて、使う人が増えて、壊れる数もそのぶん増えた。

 一つひとつは小さい。小さいぶん、断る理由もない。


 * * *


 三日後の夕方、食堂の灯りがちらついた。

 ちょうど飯時で、器を持ったまま、全員が天井を見上げた。二度、三度と暗くなって、また戻る。


「またか」


 ヨナスさんだった。またか、と言うからには、前にもあったのだろう。


「前にもですか」

「二、三日前から、ときどきな」

「……聞いていません」

「言うほどのことじゃなかったからな」


 台に乗って、灯りの根元に手を当てた。


   魔力系統:正常


 正常だ。手を当てているあいだ、ずっと正常だった。

 器具は何ともない。なら、来ている方だ。この灯りは自分で光っているわけではない。区画の供給系統から魔力を引いて、光に変えているだけの筒でしかない。


 地下へ下りた。機械室には、もう何度も入っている。

 奥の壁際に、区画の供給系統の本体がある。腰より高い箱で、正面に手のひらを当てられるだけの平らな面がついていた。


   供給系統:正常

   供給上限:160

   現在:38


 正常。

 上限は百六十で、使っているのは三十八。九人の暮らしで、その程度だ。足りなくなりようがない。

 手を離しかけて、やめた。

 灯りは、いま、ちらついている。ちらつくというのは、来ている量が一定でないということだ。

 いま読んだのは、配れる量と、必要な量だった。

 もう一度、手を当てた。今度は、実際に出ている量に集中する。


   出力:38


 合っている。三十八要って、三十八出ている。

 そのまま、手を当てて待った。


   出力:31

   出力:14

   出力:27

   出力:39


 数字が止まらない。

 要る量は変わっていない。出る量の方が、勝手に上下している。

 下がりきったところで、上の灯りが暗くなっているのだろう。

 この箱には、何度も手を当てている。十日前にも、その前にも。そのたびに正常と出て、俺はそれを読んで、手を離してきた。

 一度触って、一度読んで、それで見たことにしていた。

 揺れているものは、一度では見えない。


 箱の下側に蓋がある。外すと、拳ほどの石が八つ、横に並んで嵌まっていた。

 左から順に、手を当てていく。

 八つとも、正常と出た。

 どれも壊れていない。壊れていないものが八つ集まって、出す量が保てていない。


 リタさんを呼んだ。ダグさんもついてきた。

 リタさんは「魔石か」と呟くと、石を一つ外して、灯りの方へかざす。


「ああ、薄いな」

「薄い、ですか」

「色だ。抜けかけてる」


 差し出された石を受け取った。俺の目には、白っぽい石にしか見えない。


「新しいのは、どんな色ですか」

「持ってくる」


 並べて置かれると、さすがに違った。片方は奥の方に色があって、片方はそれが白っぽくなっている。

 リタさんは外した一つを戻す。隣の一つを外す。そして灯りにかざす。

 そうやって、順に灯りへかざしていった。


「全部だな」

「全部、ですか」

「濃いのが一つもない。……よくこれで点いてたよ」


 <デバッグ>は、対象を一つ選んで、それが正常かどうかを返す。

 八つとも正常だった。八つとも正常で、揃えると保たない。


「あとどれくらい使えますか」

「……ひと月か、ふた月か」

「幅がありますね」

「ある。使い方で変わる。毎日長く点けりゃ早い」


 横で聞いていたダグさんが口を挟んだ。


「ひと月は保たんだろ。俺ならちらつきが出たらもう替える」

「用途によるな」

「そりゃそうだ」


 使える期間には幅がある。用途による。

 経験則だ。間違ってはいない。

 でも、それは記録ではなかった。


 ニコを呼んだ。


「魔石は、交換の周期が決まっていますか」

「仕様にあります。三年ごとです」

「最後に交換した記録は」

「五百二年前に記録が破棄されています」

「その後は、交換されていないということですね」

「はい」


 三年ごとに替えることになっている石が、五百年替えられていない。

 それで八つとも生きている方が、本当は驚くべきことだった。

 仕様の三年は、五百年前の使い方を前提にした数字だ。今この区画で、誰がどの部屋の灯りをどれだけ点けるのかを、その数字は知らない。


「ニコ」

「はい」

「今、魔石があとどれくらい保つか、分かりますか」

「今の出力は照会できます。保つ期間は、算出できません」

「なぜですか」

「使用量の記録がないためです」


 彼女は仕様を持っている。設備がどう作られ、どう動くはずかを、全部知っている。

 持っていないのは、この五百年、それが実際にどう使われてきたかの方だった。

 誰も使っていなかったのだから、当たり前だ。


 リタさんが、掌の上で石を転がした。


「新しいのを八つ、都合しとく」

「お願いします」

「なあ。これ、次はいつ替えるんだ」

「……分かりません」

「あんたでも分からんのか」

「はい」


 リタさんは、それ以上は訊かなかった。持ってきた魔石を握り締めて、機械室の階段を上がっていった。

 壊れたものは、壊れたと言ってくる。灯りが点かない、戸が閉まらない、水が出ない。誰かが俺のところまで来る。

 言ってこないものを、いつ見に行けばいいのか。


 * * *


 夜、部屋で魔道具を手に取った。

 結局その日も、説明の言葉はまとまらなかった。


 魔石をいつ替えるか決めるには、どれくらい使えば弱るのかを知らなければならない。

 どれくらい使えば弱るのかを知るには、使った量と、石の状態を記録しておく必要がある。

 当たり前の話だった。

 元の世界では、何度もやってきた。


 でも、ここには記録がない。

 今日の出力は見た。

 昨日は見てない。一昨日も見てない。

 だから、出力の揺れを見ても、判断ができない。


 窓の外を見た。

 ついこの間、リタさんが板を外して、ガラスを嵌めていった。冬までに入れる、と言っていた。本当に、冬になる前にやってくれた。

 街の方に、灯りが見える。


 あの街には、五百年、同じものを保たせ続けている場所がある。

 毎朝、日の出とともに当番の聖職者が中枢部屋へ入る。

 決まった順に紋様を見て、最後に「異常なし」と唱えて、記録帳に印を記す。

 誰が、いつ、何を見たのかを残す。


 俺は、あの部屋に一週間ばかり立っていた。

 灯りと記録帳を持って、隣に立っていただけだ。


 あのときは、意味も分からないまま手順を守っているのだと思っていた。

 違ったのかもしれない。

 意味が分からなくても、毎日同じものを見て、同じように記録する。

 それを五百年続けてきた。


 俺がいま欲しいのは、それだった。

 そして俺は、そこから自分で出てきた。


 明日、街へ行く。

 辞めた場所へ、教わりに行く。

 気は重かった。重いだけで、迷ってはいなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。