↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/51

13:照会がありませんでした

 その夜は、あまり眠れなかった。

 規則には理由が書かれていない。書かれていないものは読めない。<デバッグ>は動いているものしか見せてくれず、居住区の系統は全部正常だ。手詰まりだった。

 寝返りを打ったところで、昼間のリタさんの言葉が戻ってきた。


 ――炉の跡が六つ並んでる。煙を抜く穴も、水も、石を捨てる場所もあった。


 俺は、それを聞き流していた。

 あれは、あそこに何があるかを数え上げていたのだ。

 あの区画にあるものの一覧は、そのまま、この区画に無いものの一覧でもある。

 規則は読めない。だが、二つの場所を比べることはできる。動いているものなら、どちらも見える。


 夜が明けるのを待って、廊下の突き当たりの操作盤に手を当てた。

 昨日は状態を見た。今日は違うことを訊いた。この区画は、どこまで持つのか。


   供給系統:正常

   供給上限:160

   現在:22


 百六十。

 多いのか少ないのかは分からない。比べるものがないからだ。

 振り返ると、リタさんが廊下に立っていた。工具ベルトを締めている。


「あたしも行く」

「どこへ、とは訊かないんですか」

「工房区画だろ。昨日あそこの話をしたのはあたしだ」


 この人は、たまにこちらより先を行っている。

 俺は階段の方へ声をかけた。


「ニコ」

「弐号です」

「昨日お願いした件です。一緒に来てもらえますか」

「承知しました」


 * * *


 通りが真っ直ぐで、角がどこも同じ形をしている。二階建てが並び、途中から三階建てになり、また二階建てに戻る。人が住む場所として、きちんと考えて作られていた。

 誰も歩いていないだけだ。

 ニコが半歩前を行き、トモがその足元を縫うように走っては戻ってくる。リタさんは早足だった。


 歩いてみると、遠くはなかった。元の世界で借りていた部屋も、駅からこのくらいだ。近い方だと思っていた。

 ただ、ちょっと来い、が言える距離ではない。


 工房区画は、通りの幅からして違った。

 荷車がすれ違える。建物の間口が広く、天井が高い。壁の石が、居住区のものより粗くて厚い。

 中へ入ると暗かった。リタさんが灯りを掲げる。

 床に丸い跡が六つ並んでいた。炉が据えられていた場所だ。

 いちばん手前の跡の脇に、腰の高さの操作盤があった。居住区の廊下にあるものと同じ形をしている。

 この区画は、休止中の十四のうちの一つだ。眠っているだけなら、読めるはずだった。

 手を当てた。


   供給系統:正常

   供給上限:2,400

   接続口:6


 六で割った。四百。

 さっき居住区で見た数は百六十だった。部屋ひとつではない。区画まるごとで百六十だ。


(……炉ひとつで、居住区二つ半ぶんか)


「どうした」

「数が出ました。単位は分かりませんが、こちらとあちらは比べられます」


 俺は床の跡を指した。


「ここに炉を一つ置くと、居住区の区画がまるごと二つ半、消えます。灯りも、水を送る弁も、部屋の温度も、同じところから引いていますから」

「……は」

「もしあの部屋に炉を据えていたら、たぶん最初に灯りが消えます。それから水が止まって」

「もういい」


 リタさんは片手を上げて俺を止めた。それから、壁のほうへ歩いていって天井の近くを指した。


「あれだ」


 高いところに四角い穴が開いていた。壁を抜けて外へ通じている。似たものが部屋の左右に三つずつ並んでいた。


「炉を焚くと、燃えた空気が出る。あれが抜けないと、その部屋で人が寝られなくなる」

「寝られない、というのは」

「朝、起きてこないってことだ」


 言い方が淡々としていた。

 職人の家に生まれた人間が、どこかで一度は聞かされる話なのだろう。

 穴の下の壁に触れてみた。何も出てこない。当然だった。穴は壊れていないし、そもそも動いていない。ただ壁に開いているだけの穴だ。

 <デバッグ>は、これを一生見せてくれない。

 俺は、半歩前に立っているニコへ顔を向けた。


「ニコ」

「弐号です」

「あの穴は、なんと呼ばれていますか」

「排気口です。一区画あたり六。工房区画にのみ設置されています」


 しばらく、言葉が出なかった。


「……昨日、それを言ってもらえていれば」

「照会がありませんでした」


 責める調子はまったくなかった。ただ事実として置かれた。

 昨日、俺が訊いたのは「なぜ駄目なのか」だった。理由は、あの紙の束には無かった。無いものは、何度訊いても出てこない。

 訊くべきだったのは、そこではなかった。


「工房区画にあって、居住区に無いものを、全部言ってください」


 間は無かった。


「大容量の魔力供給。排気経路。床材。使用済み魔石の処理経路。以上四点です」


 四つ。

 昨日から、ずっと持っていたわけだ。


 床材、と言われて、リタさんが顔を伏せて足元を見た。石の色が通路のものと違う。


「炭が落ちても燃え広がらない石だ。うちの工房も同じのを使ってる。高いんだぞ、これ」

「居住区の床は」

「見た。違う石だ。ぱっと見は似てるけどな」


 俺には、見ても分からなかっただろう。似ている石が二種類あるということすら知らなかった。


「使い終わった魔石は」

「そのへんに置いとくと厄介だ。湿ると膨らむ。膨らむと割れる。割れると、まあ、いろいろだ」


 いろいろで済ませるあたりが、かえって怖かった。


 居住区に炉を置いてはいけない理由は、四つあった。

 魔力が足りない。煙が抜けない。床が燃える。石が捨てられない。

 俺が自力で見つけられたのは一つだけだ。残りの三つはリタさんがいなければ理由が分からなかった。四つをまとめて持っていたのはニコで、彼女はその理由を知らない。

 三人とも、別のところが欠けている。昨日そう言ったのは俺だが、あのときはまだ半分しか分かっていなかった。


 * * *


 帰り道で、ずっと考えていた。

 規則は正しい。それは分かった。ただ、正しいと分かっただけでは、リタさんの往復は一回も減らない。

 居住区の入口まで戻ったところで、足が止まった。


「リタさん」

「なんだ」

「あの箱を作ったとき、二十七回往復したと言いましたよね」

「言った」

「あの二十七回のうち、火を使ったのは何回ですか」


 リタさんがこちらを向いた。

 口が半分開いて、そのまま止まった。


「……待て」


 彼女は指を折り始めた。一本、二本。しばらく止まって、それから三本目を折った。

 そこで折るのをやめた。


「三回だ」

「三回」

「型を焼いたときと、金具を伸ばしたときと、蓋を締め直したとき。……三回だ」


 二十七回のうち、二十四回は火が要らなかった。

 合わせて、削って、当ててみて、駄目でまた外す。あの三日間、俺たちがやっていたのはそれだ。火はほとんど関係がなかった。


「炉を近くに置く必要は、無かったということになりませんか」

「……」

「近くに要るのは、作業台の方です」


 リタさんは無言で歩き出した。

 怒っているのかと思ったが、そうではなかった。彼女は奥の部屋の前まで来て、扉を開けて、中を見回した。


「ここに台を四つ入れる。工具も全部こっちだ」

「炉は」

「向こうに据える。焼くときだけ行く」


 それから、少し悔しそうに付け足した。


「焼いたやつを抱えて帰ってくれば、あとはここで済むな」

「はい」

「なんで昨日それを言わない」

「昨日は、火が何回か知らなかったので」


 ニコが廊下の向こうから近づいてきた。

 俺は振り返った。


「この部屋に炉は置きません。台と工具だけです。火は使いません」

「確認します」


 少し間があった。


「用途区分には抵触しません」

「はい」

「該当区画は居住用途です」

「そのままです。変えません」


 ニコはしばらく黙っていた。

 昨日の夜、思うか思わないかと訊いたときと同じくらいの間だった。

 やがて、瞬きを何度かして、視線を上げた。


「仕様には、理由がありました」

「はい」

「記録されていないだけで」

「そうだと思います」


 彼女は奥の部屋の扉を見ていた。


「千人が住む街の決まりでした」

「はい」

「いまは、千人いません」

「でも、間違ってはいませんでした」


 ニコはまた黙った。

 考える、というのが彼女の機能にあるのかは分からない。

 ただ、考え込んでいるような長さだった。


「仮管理者」

「はい」

「昨日の、上の棚ですが」

「はい」

「あれが残っていれば、ほかの決まりも、今日と同じように調べられましたか」


 答えるのに、少しかかった。


「……たぶん」

「そうですか」


 彼女は口を閉じて目を伏せた。


「ニコ」


 呼びかけると、金の瞳がこちらを向いた。


「はい」

「この部屋の用途は、なんと呼べばいいですか」

「作業場」


 短く答えてから、彼女はその作業場の方を見た。


「既存の用途区分にはありません。暫定名称として登録します」


 暫定、というところが引っかかったが、追及はしなかった。

 廊下の向こうで、リタさんが機械室から工具箱を運び上げてくる音がしていた。

 作業場と決まってから、まだ五分も経っていない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。