↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/51

10:じゃあお前は?

 職人ギルドは、街の北西の角にあった。

 石造りの大きな建物で、正面の扉が開けっ放しになっている。中から金属を叩く音と、人の声と、何かを焼く匂いが混ざって流れてきた。

 二週間前、俺はここで断られている。壊れた魔道具を見せられて、どこが悪いかは当てたのに、直せずに黙り込んだ。それだけじゃ金は払えん、と言われた場所だ。


「顔、こわばってるぞ」

「そうですか」

「入るぞ」


 リタさんは布包みを抱えたまま、迷いなく中へ入っていった。

 受付の奥に、白髪交じりの人が座っていた。

 あの日、俺に壊れた魔道具を差し出したのは、この人だ。

 リタさんが包みを開いて箱を置くと、彼は片眉を上げて、それから何も言わずに摘まみを回した。

 箱が温まる。彼はしばらく手をかざしていた。

 それから摘まみを逆へ回した。

 周りの音が、少しだけ静かになった気がした。二つ隣の作業台にいた職人が、手を止めてこちらを見ている。


「……冷えてるな」

「冷える」

「壊れんのか」

「壊れない。三日、点けっぱなしで試した」


 彼は箱を持ち上げ、裏返し、継ぎ目に爪を立て、それから摘まみをもう一度往復させた。

 その間、誰も何も言わなかった。


「いくつ作れる」

「型を起こせば、月に二十は」

「値は」


 リタさんが数を言った。彼が首を振って、別の数を言った。リタさんがもう一度言い、彼が少し考えて、頷いた。

 リタさんの肩から力が抜けたのは分かった。


「試しに十五、置いていけ。売れたら型の話をする」

「上等だ」


 それで終わりだった。

 拍子抜けするほど短い。


 面倒くさいのは、そのあとだった。

 彼がノートを開いて、羽根ペンを持った。


「作り手の登録がいる。リタ、お前と、そっちの」

「相楽修です」

「聞かん名だな。異世界人か」

「はい」

「スキルは」

「<デバッグ>です」


 羽根ペンが止まった。

 彼は顔を上げて、俺を見た。悪意のある目つきではない。ただ、聞いた言葉をどこへ収めればいいのか分からない、という顔だった。


「<デバッグ>? それで魔道具を作ったのか?」

「作ったのはリタさんです。私は……」


 言葉が続かなかった。

 俺は何をしたのか。原因を見た。仕組みを言葉にした。作られたものを見て、違うところを指した。

 それを何と呼ぶのかを、俺は知らない。


「じゃあお前は?」

「不具合を……」

「直した?」

「いえ、原因を……」

「?」


 彼は意地悪をしていない。むしろ丁寧に訊いてくれている。ノートには職種を書く欄があって、そこに入る言葉を探しているだけだ。

 鍛冶。細工。彫り。魔石。木工。

 どれでもない。


「助手ということでいいか」

「あー」


 リタさんが、俺より先に声を出した。


「そいつがいないと作れなかった」

「そう言われてもな。何をした人間なのかが書けん」


 もっともな話だった。

 俺はその人を責める気になれなかった。何十年も、このノートで仕事を回してきたのだろう。そこに無い言葉を、今日ここで作れと言われても困る。

 現代でもそうだった。俺の職種は履歴書の選択肢に無くて、毎回その他を選んで、空欄に自分で書いていた。書いても、たいてい正しくは伝わらなかった。


「助手で構いません」

「おい」

「今日のところは」


 リタさんが何か言いかけて、やめた。

 彼は少し安心した顔で、ノートに何か書き込んだ。俺の欄には、たぶん助手と書かれている。


 * * *


 外へ出ると、日が傾いていた。

 通りの両側にも工房が並んでいた。開いた戸口から炉の赤が見える。ギルドの中で聞いた音が、そのまま通りじゅうで鳴っていた。

 リタさんは無言で歩いていた。分かりやすく不機嫌だった。


「なんで受けた」

「あそこで揉めても、値が下がるだけです」

「そういう話じゃない」

「そういう話ですよ。今日は物を売りに来たので」


 半歩前を歩いていた彼女が、立ち止まった。


「あたしは、あれを一人では作れなかった」

「はい」

「お前がいなかったら、五十年目の今年も『そういうものだ』で終わってた」

「はい」

「それを助手と書かれて、お前は平気なのか」


 平気ではなかった。

 ただ、平気でないと言ったところで、ノートに書ける言葉が増えるわけでもない。


「言葉が無いだけです。人の悪意ではないので」

「……なんだそれ」

「悪意なら、少なくとも原因は分かります」


 リタさんは何か言おうとして、結局、鼻を鳴らして歩き出した。

 門が見えるあたりで、彼女は袋を投げてよこした。中で硬いものが鳴った。


「今日の分だ。数えとけ」

「え」

「置いていった十五のうち、三つはもう売れてる。あの爺、値を渋ったくせに、話してる間に売ってやがった」


 袋を開けた。

 この世界の硬貨を、俺は初めてまともに見た。大きさが三種類ある。どれがいくらなのかは分からない。分からないが、重い。


 これで、冬を越せるのだろうか。

 訊けばよかったのだが、そのときはもう、彼女は街の奥の方へ曲がっていた。


 * * *


 遺跡へ戻ったのは、日が落ちてからだった。

 部屋に灯りがついていた。

 扉を開けると、フィーネさんが隅に座っていた。彼女の上着と、空の水筒と、いつのものか分からない髪紐が積んである、その横だ。鎧のままだった。


「おかえり」

「……いたんですか」

「待ってた。売れたか気になって」


 立ち上がるのに、彼女は床へ手をついた。

 灯りの下で見ると、頬に拭き損ねた土が乾いている。髪もほつれていた。三日前とは別人のように疲れて見えた。


「売れました」

「ほんとに?」

「十五置いて、三つ売れたそうです」

「すごい! やった!」


 彼女は本当に嬉しそうだった。自分のことでもないのに。

 硬貨の袋を差し出すと、両手で受け取って、口を開いて中を覗き込む。


「重いね」


 彼女は袋の口を両手で握り締めて、こちらへ戻してきた。

 それから急に思い出したように背筋を伸ばした。


「あ、ごめん。こんな格好で」

「構いませんけど」

「今日、勤務が長引いて」


 その先が続かなかった。彼女はまた壁に背を預けた。

 それから、独り言のような声で言った。


「昇級の話、また流れた」

「昇級」

「うん。三人枠で、わたしは四番目。去年もそうだった」


 なんと言えばいいのか分からなかった。

 黙っていると、彼女は苦笑した。


「別に、負けてるわけじゃないんだよ。剣なら、上の三人には勝てる。実際、去年の演習では勝った」

「じゃあ、なんで」

「スキル。地味だから」


 彼女は自分の手のひらを見た。何も持っていない手だった。


「<危機感知>って、近くで誰かが危ないときに分かるだけなの。それだけ。派手なことは何もできない。だから、上に見せる書類に書くことがないんだって」

「……」

「分かるんだよ、言い分は。上に行けば行くほど、指揮とか、士気とか、そういうのが要るから。分かりやすい強さがある人の方がいい」


 分かりやすい強さ。

 彼女は荒野で俺を助けた。夜番の報告を拾って、隊が出ない場所へ一人で確かめに来た。袋の中身を覗いて、あと何日もつかと訊いた。

 それを何と呼べばいいのか、俺は知らなかった。


「大変ですね」


 出てきたのは、それだけだった。

 言った瞬間に、これは違う、と分かった。

 フィーネさんは一瞬だけ止まって、それから、いつもの顔で笑った。


「うん。ありがと」


 その「ありがと」が、何に対するものなのかは分からなかった。

 彼女はいつもどおり食べ物を置いて、いつもどおり上着を隅に忘れて、いつもどおり手を振って帰っていった。


 俺は袋の中の硬貨を数えた。

 数え終わっても、まだ何か言い忘れている気がして、しばらく彼女が置いていった上着を見ていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。