10:じゃあお前は?
職人ギルドは、街の北西の角にあった。
石造りの大きな建物で、正面の扉が開けっ放しになっている。中から金属を叩く音と、人の声と、何かを焼く匂いが混ざって流れてきた。
二週間前、俺はここで断られている。壊れた魔道具を見せられて、どこが悪いかは当てたのに、直せずに黙り込んだ。それだけじゃ金は払えん、と言われた場所だ。
「顔、こわばってるぞ」
「そうですか」
「入るぞ」
リタさんは布包みを抱えたまま、迷いなく中へ入っていった。
受付の奥に、白髪交じりの人が座っていた。
あの日、俺に壊れた魔道具を差し出したのは、この人だ。
リタさんが包みを開いて箱を置くと、彼は片眉を上げて、それから何も言わずに摘まみを回した。
箱が温まる。彼はしばらく手をかざしていた。
それから摘まみを逆へ回した。
周りの音が、少しだけ静かになった気がした。二つ隣の作業台にいた職人が、手を止めてこちらを見ている。
「……冷えてるな」
「冷える」
「壊れんのか」
「壊れない。三日、点けっぱなしで試した」
彼は箱を持ち上げ、裏返し、継ぎ目に爪を立て、それから摘まみをもう一度往復させた。
その間、誰も何も言わなかった。
「いくつ作れる」
「型を起こせば、月に二十は」
「値は」
リタさんが数を言った。彼が首を振って、別の数を言った。リタさんがもう一度言い、彼が少し考えて、頷いた。
リタさんの肩から力が抜けたのは分かった。
「試しに十五、置いていけ。売れたら型の話をする」
「上等だ」
それで終わりだった。
拍子抜けするほど短い。
面倒くさいのは、そのあとだった。
彼がノートを開いて、羽根ペンを持った。
「作り手の登録がいる。リタ、お前と、そっちの」
「相楽修です」
「聞かん名だな。異世界人か」
「はい」
「スキルは」
「<デバッグ>です」
羽根ペンが止まった。
彼は顔を上げて、俺を見た。悪意のある目つきではない。ただ、聞いた言葉をどこへ収めればいいのか分からない、という顔だった。
「<デバッグ>? それで魔道具を作ったのか?」
「作ったのはリタさんです。私は……」
言葉が続かなかった。
俺は何をしたのか。原因を見た。仕組みを言葉にした。作られたものを見て、違うところを指した。
それを何と呼ぶのかを、俺は知らない。
「じゃあお前は?」
「不具合を……」
「直した?」
「いえ、原因を……」
「?」
彼は意地悪をしていない。むしろ丁寧に訊いてくれている。ノートには職種を書く欄があって、そこに入る言葉を探しているだけだ。
鍛冶。細工。彫り。魔石。木工。
どれでもない。
「助手ということでいいか」
「あー」
リタさんが、俺より先に声を出した。
「そいつがいないと作れなかった」
「そう言われてもな。何をした人間なのかが書けん」
もっともな話だった。
俺はその人を責める気になれなかった。何十年も、このノートで仕事を回してきたのだろう。そこに無い言葉を、今日ここで作れと言われても困る。
現代でもそうだった。俺の職種は履歴書の選択肢に無くて、毎回その他を選んで、空欄に自分で書いていた。書いても、たいてい正しくは伝わらなかった。
「助手で構いません」
「おい」
「今日のところは」
リタさんが何か言いかけて、やめた。
彼は少し安心した顔で、ノートに何か書き込んだ。俺の欄には、たぶん助手と書かれている。
* * *
外へ出ると、日が傾いていた。
通りの両側にも工房が並んでいた。開いた戸口から炉の赤が見える。ギルドの中で聞いた音が、そのまま通りじゅうで鳴っていた。
リタさんは無言で歩いていた。分かりやすく不機嫌だった。
「なんで受けた」
「あそこで揉めても、値が下がるだけです」
「そういう話じゃない」
「そういう話ですよ。今日は物を売りに来たので」
半歩前を歩いていた彼女が、立ち止まった。
「あたしは、あれを一人では作れなかった」
「はい」
「お前がいなかったら、五十年目の今年も『そういうものだ』で終わってた」
「はい」
「それを助手と書かれて、お前は平気なのか」
平気ではなかった。
ただ、平気でないと言ったところで、ノートに書ける言葉が増えるわけでもない。
「言葉が無いだけです。人の悪意ではないので」
「……なんだそれ」
「悪意なら、少なくとも原因は分かります」
リタさんは何か言おうとして、結局、鼻を鳴らして歩き出した。
門が見えるあたりで、彼女は袋を投げてよこした。中で硬いものが鳴った。
「今日の分だ。数えとけ」
「え」
「置いていった十五のうち、三つはもう売れてる。あの爺、値を渋ったくせに、話してる間に売ってやがった」
袋を開けた。
この世界の硬貨を、俺は初めてまともに見た。大きさが三種類ある。どれがいくらなのかは分からない。分からないが、重い。
これで、冬を越せるのだろうか。
訊けばよかったのだが、そのときはもう、彼女は街の奥の方へ曲がっていた。
* * *
遺跡へ戻ったのは、日が落ちてからだった。
部屋に灯りがついていた。
扉を開けると、フィーネさんが隅に座っていた。彼女の上着と、空の水筒と、いつのものか分からない髪紐が積んである、その横だ。鎧のままだった。
「おかえり」
「……いたんですか」
「待ってた。売れたか気になって」
立ち上がるのに、彼女は床へ手をついた。
灯りの下で見ると、頬に拭き損ねた土が乾いている。髪もほつれていた。三日前とは別人のように疲れて見えた。
「売れました」
「ほんとに?」
「十五置いて、三つ売れたそうです」
「すごい! やった!」
彼女は本当に嬉しそうだった。自分のことでもないのに。
硬貨の袋を差し出すと、両手で受け取って、口を開いて中を覗き込む。
「重いね」
彼女は袋の口を両手で握り締めて、こちらへ戻してきた。
それから急に思い出したように背筋を伸ばした。
「あ、ごめん。こんな格好で」
「構いませんけど」
「今日、勤務が長引いて」
その先が続かなかった。彼女はまた壁に背を預けた。
それから、独り言のような声で言った。
「昇級の話、また流れた」
「昇級」
「うん。三人枠で、わたしは四番目。去年もそうだった」
なんと言えばいいのか分からなかった。
黙っていると、彼女は苦笑した。
「別に、負けてるわけじゃないんだよ。剣なら、上の三人には勝てる。実際、去年の演習では勝った」
「じゃあ、なんで」
「スキル。地味だから」
彼女は自分の手のひらを見た。何も持っていない手だった。
「<危機感知>って、近くで誰かが危ないときに分かるだけなの。それだけ。派手なことは何もできない。だから、上に見せる書類に書くことがないんだって」
「……」
「分かるんだよ、言い分は。上に行けば行くほど、指揮とか、士気とか、そういうのが要るから。分かりやすい強さがある人の方がいい」
分かりやすい強さ。
彼女は荒野で俺を助けた。夜番の報告を拾って、隊が出ない場所へ一人で確かめに来た。袋の中身を覗いて、あと何日もつかと訊いた。
それを何と呼べばいいのか、俺は知らなかった。
「大変ですね」
出てきたのは、それだけだった。
言った瞬間に、これは違う、と分かった。
フィーネさんは一瞬だけ止まって、それから、いつもの顔で笑った。
「うん。ありがと」
その「ありがと」が、何に対するものなのかは分からなかった。
彼女はいつもどおり食べ物を置いて、いつもどおり上着を隅に忘れて、いつもどおり手を振って帰っていった。
俺は袋の中の硬貨を数えた。
数え終わっても、まだ何か言い忘れている気がして、しばらく彼女が置いていった上着を見ていた。




