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3-1 蛇の血管





 第三話 森の惨劇



 (降伏して縄に投ぜらるるも 意 自如たり)

 降伏して縄をかけられても、隊長の心は平然として動じなかった。


 (ただ一鍋を(もっ)て 戎虜(じゅうりょ)に献ぜんとす)

 ただ、「この鍋だけは食え」と、敵兵にその至宝を差し出した。


 (狂卒(きょうそつ)蹴り翻して 香湯(こうとう)尽き)

 無作法な敵兵がそれを蹴り飛ばし、香しきスープが泥に消えたその瞬間――


 (満林(まんりん)新翠(しんすい) 血雨に変ず)

 森一面の瑞々しい新緑は、一瞬にして血の雨へと塗り替えられた。





 「廃棄せよ」

 という敵将の声に応じて、敵の兵士一人が、ギュイ隊長の鉄鍋を蹴り倒した。


 ガシャン、と重い音が響き、鉄鍋が泥濘(ぬかるみ)に転がった。数時間かけて煮込まれた野蒜(のびる)や塩肉が、無慈悲に泥にまみれる。ビシャリ、と撒かれた汁の熱気が湯気に変わってぶわりと上がった。


 その瞬間。ギュイ・アンガスの耳には、森を支配していた五月雨の音が消えたように感じられた。


 「……あ」

 新兵テオは見た。ギュイ隊長の首筋の血管が、まるで這いずる蛇のようにどす黒く浮き上がるのを。

 ミリミリ、と、骨がきしむような異音が響く。 ギュイの両腕を縛っていた太い麻縄が、膨れ上がった筋肉に耐えかね、糸屑のように弾け飛んだ。





 「え、っ……」

 鍋を蹴った兵士が驚きで後ずさる。だが遅かった。その若者の喉笛にはすでに、ギュイの巨大な手に備わった力強い五指が食い込んでいた。


 ギュイの喉から漏れたのは、言葉ではなく呻きだった。

 彼はそのまま、喉を裂かれて絶命している兵士の体を片手で振り回した。 鎧を纏った人間を、布か何かのように扱い、駆け寄る兵士たちの頭蓋を一人、また一人と殴り下していく。


 フィデリオは戦慄した。


 彼が学んだ兵法のどこにも、人間を素手で引き裂き振り回す怪物への対処法など記されていなかった。


 「撃て! 矢を放てッ!」

 フィデリオの叫びに応え、数条の矢がギュイの背に迫る。だが、ギュイは振り返りもしない。

 まだ見ぬ矢を薙ぎ払うように、振り回していた兵士の死体をぶん投げると、彼は地面に転がった、まだ熱を帯びている鉄鍋を掴み上げ、フィデリオの目を見据えた。

 ジュウ……という恐ろしい音と肉の焼ける匂いが辺りに充満し、それが敵兵を恐れさせた。




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