2-2 正当な疑念
「罠かな?」
フィデリオ・ルフィーニは、鞍の上でそう呟き、濡れた手綱を握り直した。
五月雨が森を塗り潰す中、立ち上る白煙はあまりに無防備で、そして不気味だった。
「ボルツ、どう思う」
問いかけられた老兵は、深く刻まれた眉間の皺をさらに寄せ、片目を細めた。彼はフィデリオの父の代から仕える唯一の「本物の兵」だ。
フィデリオが学んだ兵法には、「敵地での炊事こそ最大の隙であり、同時に最大の誘いである」とあった。経験豊富なボルツがどう思うか、聞いてみたかった。
いくらか雨に叩かれ、目立たなくなるとはいえ、炊煙を完全に消せるほどの強い雨脚ではない。
そして敵陣には撤退命令が出ているはずだった。その後退する戦線にぽつんと取り残された一筋の煙がどうも奇妙に思えた。
「報告によれば……『ギュイ・アンガス』分隊、隊員十名。軍令違反の常習者で、前線に取り残された落伍者のはず。はずですが……」
ボルツが、剣の柄に手をかけたまま困惑を漏らす。
「申してみよ」
「はっ。もし私が彼の上官ならば……」
ボルツは首をかしげながらゆっくりと、いかにも自信がなさそうに続けた。しかしフィデリオはわかっていた。この独特の言い回しは、ルフィーニ家の嫡男の顔を立てるためのものだ。よほどの確信がなければ、そもそもこの老兵は忠言などしない。
「もし私が彼の上官ならば、ギュイという男を囮として使います。寡兵に見せて、多くの伏兵を忍ばせ、油断して近寄ってきた敵を一網打尽とします」
それは尤もな作戦に思えた。
フィデリオは一度陣地に帰り、自分の兵二十六名を率いて、散開させながら包囲にあたった。
驚くべきことに、ギュイ分隊の炊煙は、一刻半後もまだ同じ場所に立っていた。いよいよ罠である可能性が高くなり、フィデリオ小隊に緊張が走った。
しかし、近づくにつれ、彼らの鼻を突き肌をざわめかせたのは血の匂いでも伏兵の気配でもなく、あまりに呑気な煮込みの香りと、和やかな談笑の空気だった。




