表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/15

2-1 雨音を聴け





 第二話 ギュイ分隊、五月雨の森に動かず



 (五月雨は 深林を濡らして 翠滴り)

 五月の雨は深い森を濡らし、木々の緑は滴るほどに鮮やかである。


 (戦塵遠のき 辺りはただ滴の音のみ)

 遠くの戦いの喧騒は雨に遮られ、ただ葉を叩く滴の音だけが響いている。


 (隊長は 鉄鍋の火を 守りて動かず)

 ギュイ隊長は、濡れた薪を操りながら、鉄鍋の火を絶やさぬよう静かに座り続けている。


 (眼に映ゆるは 雨脚と 白き湯気のみ)

 その目に映るのは、降りしきる雨と、鍋から立ち上る湯気だけだ。





 森の木々の下、ギュイ隊長は大きな軍用雨衣をマントのように羽織り、小さな焚き火の前にうずくまっている。


 敵軍がすぐそこまで迫っているという伝令の報告も、彼にとっては雨音のひとつに過ぎない。


 「……隊長、雨で視界が悪すぎます。敵がどこまで来ているか、これでは見えません」


 不安げな部下に、ギュイは湿った焚き火を煽りながら、静かに答える。


 「見えないなら、いないのと同じだ。……今は、この雨の音を聴け。雨が土に染み込む音だ。これを覚えておけ」


 鍋の中では、彼が大切に守ってきた「野蒜(のびる)と塩肉の煮込み」が、雨の冷気を押し返すように静かに煮えている。


 彼は、一滴の雨も鍋に入らないよう、大きな手で蓋を支えている。


 新兵の腹が、ぐうと鳴る。

 「まだだぞ」とギュイは応えた。

 口ではそう言いながら、鍋をかき回していた匙で煮込みを掬い上げ、その一匙を新兵に渡した。

 新兵は一匙を口に含むと、信じられないです、という顔つきで「うまいです」と匙を返した。

 「これまだなんですか?」

 「まだだ」

 ギュイ隊長の腹も、ぐうと鳴った。

 その時すでに、ギュイ分隊は敵の部隊に取り囲まれていた。




 「動くな」


 鋭くはっきりとした声が響くと同時に、炊事場の周囲の茂みから、矢をつがえた男たちが立ち上がった。

 その際に飛び散った水滴が一粒、ギュイ隊長の横面を叩いた。


 「動けば殺す。あなたたちは包囲されている」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ