2-1 雨音を聴け
第二話 ギュイ分隊、五月雨の森に動かず
(五月雨は 深林を濡らして 翠滴り)
五月の雨は深い森を濡らし、木々の緑は滴るほどに鮮やかである。
(戦塵遠のき 辺りはただ滴の音のみ)
遠くの戦いの喧騒は雨に遮られ、ただ葉を叩く滴の音だけが響いている。
(隊長は 鉄鍋の火を 守りて動かず)
ギュイ隊長は、濡れた薪を操りながら、鉄鍋の火を絶やさぬよう静かに座り続けている。
(眼に映ゆるは 雨脚と 白き湯気のみ)
その目に映るのは、降りしきる雨と、鍋から立ち上る湯気だけだ。
○
森の木々の下、ギュイ隊長は大きな軍用雨衣をマントのように羽織り、小さな焚き火の前にうずくまっている。
敵軍がすぐそこまで迫っているという伝令の報告も、彼にとっては雨音のひとつに過ぎない。
「……隊長、雨で視界が悪すぎます。敵がどこまで来ているか、これでは見えません」
不安げな部下に、ギュイは湿った焚き火を煽りながら、静かに答える。
「見えないなら、いないのと同じだ。……今は、この雨の音を聴け。雨が土に染み込む音だ。これを覚えておけ」
鍋の中では、彼が大切に守ってきた「野蒜と塩肉の煮込み」が、雨の冷気を押し返すように静かに煮えている。
彼は、一滴の雨も鍋に入らないよう、大きな手で蓋を支えている。
新兵の腹が、ぐうと鳴る。
「まだだぞ」とギュイは応えた。
口ではそう言いながら、鍋をかき回していた匙で煮込みを掬い上げ、その一匙を新兵に渡した。
新兵は一匙を口に含むと、信じられないです、という顔つきで「うまいです」と匙を返した。
「これまだなんですか?」
「まだだ」
ギュイ隊長の腹も、ぐうと鳴った。
その時すでに、ギュイ分隊は敵の部隊に取り囲まれていた。
「動くな」
鋭くはっきりとした声が響くと同時に、炊事場の周囲の茂みから、矢をつがえた男たちが立ち上がった。
その際に飛び散った水滴が一粒、ギュイ隊長の横面を叩いた。
「動けば殺す。あなたたちは包囲されている」




