第6話:硝煙と沈黙
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第6話は、激しい抗争の合間に訪れた「不気味な静けさ」を描くエピソードです。
殺戮の合間に見せる由美さんのオフィスワークのような日常風景と、彼女が抱える「仕事」への冷徹な執着、そして神様が気づく彼女の孤独をお楽しみください!
夜の街から、銃声が消えていた。
あれほど毎夜のように鳴り響いていた硝煙の破裂音も、男たちの怒号も、今は嘘のように途絶えている。
だが、それは平和が訪れたからではない。
『東城組』と『西清会』――互いを噛み殺そうとしていた二つの巨大な暴力が、突如としてあらわれた正体不明の「黒い死神」への恐怖によって、等しく身をすくませ、息を潜めているからだ。
不気味なまでの沈黙。
それが、いまこの街を支配している空気だった。
スラムの片隅にある、半ば崩れかけた廃ビルの地下室。
そこが、現在の桃西由美の拠点だった。
コンクリートの打ちっぱなしの部屋の中央には、どこからか拾ってきたガタつく丸テーブルがひとつ。その上には、ばらバラに解体された数丁のハンドガンと、丁寧に整列された手帳や筆記用具が置かれている。
――コポコポコポ、と静かな音が部屋に響く。
由美は小さなキャンプ用コンロの上に置かれた小鍋で湯を沸かし、紙コップにインスタントコーヒーの粉を淹れていた。
タイトスカートの裾を気にすることもなく、丸椅子に背筋をピンと伸ばして座る姿は、まるでオフィスの給湯室にいるかのようだ。
「……神様。お茶はありませんが、温かい湯気くらいはお裾分けできますよ」
『僕は形がないから飲めないよ……。というか君、こんな状況でよく優雅にお茶会なんてできるね』
僕は天井近くの空中から、呆れたような、でもどこか安堵したような声を漏らした。
由美は紙コップから立ち上る湯気をふうふうと吹きながら、静かに一口口をつけた。
「戦場において、温かいカフェインと糖分の摂取は精神状態を安定させる必須事項です。元いた会社でも、締切直前の深夜残業では必須のアイテムでした」
『残業……ねえ。君にとっては、この命がけの暗殺劇も、ただの「残業」なのかい?』
「ええ。与えられたタスクを処理し、納期までに完了させる。構造は全く同じです」
由美は淡々と言い捨てると、紙コップを置き、テーブルの上のハンドガン――『グロック17』のパーツを手際よく組み上げ始めた。
カチャカチャと、寸分の狂いもない正確な手つきで金属パーツが組み合わされていく。
スプリングを嵌め、スライドを滑らせ、オイルを挿す。その動作には、熟練の職人のような無駄のなさと、ある種の美しさすら漂っていた。
幾度となく人を殺めてきた道具を、まるでデスクの文房具を補充するかのようにメンテナンスする姿。
そのギャップに、僕は胸の奥がキュッと締め付けられるような感覚を覚えた。
『……ねえ、桃西さん』
「何でしょう」
『君は……人を殺すことが、楽しいのかい?』
ずっと聞きたかった問いだった。
彼女がもし、血に飢えた狂人や、他者の苦痛を喜ぶ快楽殺人者なら、僕はまだ納得がいったのかもしれない。「とんでもない悪魔を呼んでしまった」と後悔して終われたはずだ。
だが、彼女は違う。
誰かを憎んで殺しているわけでもなければ、殺戮を楽しんでいるわけでもない。
由美の手が、一瞬だけ止まった。
彼女は組み上がったグロックのスライドをシャキンと引いて装填確認を終えると、それを静かにテーブルの上に置いた。
「楽しい、ですか」
由美は少しだけ考えるように首を傾げ、自分の指先を見つめた。
「いいえ。楽しいと思ったことは一度もありません。当然でしょう。人の命を奪うという行為は、極めて不快で、骨が折れて、後処理の手間がかかる最低の作業です」
『じゃあ……どうして? どうしてそんな顔ひとつ変えずに、プロとして人を消せるんだい?』
「仕事だからです」
短い、だが決定的な一言だった。
「仕事だからやる。それ以上の感情も、それ以下の理由もありません。感情を挟めば判断が鈍り、ミスが生まれる。ミスは自分や味方の死に直結する。だから、無心で作業を遂行する。ただそれだけです」
『感情を挟まない……。でも、君だって人間だろう? 元の世界には、家族や、友達や、大切な人がいたんじゃないのかい?』
僕の言葉に、由美の瞳が一瞬だけ影を帯びた。
ほんの僅かな、注視しなければ見逃してしまうほどの微かな揺らぎ。
「……いませんよ」
彼女は小さく、吐息のような声で呟いた。
「私には、何もありません。だからこそ、私には『完璧な仕事』しか残されていないのです」
それ以上、彼女は何も語らなかった。
だが、その言葉の裏にある「何か」を、ポンコツなりに永い時を生きてきた僕は感じ取ってしまった。
彼女は、奪う側でありながら、同時にすべてを奪われた人間なのだ。
生きる意味を「与えられた役割を過ちなく遂行すること」だけに求めることでしか、自らの存在を保てないほどに、心が壊れてしまっている。
(ああ……そうか。僕は大変な勘違いをしていたんだ)
僕は心の中で呟いた。
僕は「最強の暗殺者」を呼んだつもりだった。だが、実際に引き寄せてしまったのは――「誰かに命じられなければ、存在することすらできない哀れな孤独者」だったのだ。
「……神様」
由美が静かな声で僕を呼んだ。
「東城組と西清会は、この静寂の中で動きを見せていません。ですが、これは諦めたのではない。追い詰められた猛獣が、次の獲物を一気に喰らい尽くすために力を溜めている状態です」
『……うん。そうだね』
「双方は間もなく、私という『障害』を排除するために、なりふり構わない行動に出るでしょう。……ここからが本当の試練です」
由美は手帳を開き、ボールペンを握り直した。
その横顔は再び、感情を一切排した冷酷な「暗殺者」の仮面へと戻っていた。
「準備を急ぎましょう。残業時間は、もうすぐ終わりです」
静まり返った地下室に、再びカチャカチャと銃器を整備する金属音が響き始める。
不気味な硝煙の静寂のなか、誰も救えなかったポンコツな神様は、自分の創り出してしまった「悲しい怪物」の横顔を、ただ静かに見つめ続けることしかできなかった。
第6話をお読みいただきありがとうございました!
感情を殺して仕事をこなす由美さんと、彼女の壊れた内心に気づき始める神様。物語はここから後半戦に突入し、追い詰められた東と西の反撃が始まります。
次回、第7話「神様の小さな告白」に続きます!




