第5話:第三の矢、射出される
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第5話は、東城組と西清会の乱戦に由美さんが直接乱入し、文字通り双方を恐怖で圧倒するエピソードです。
東と西の抗争を止めるどころか、自らが「最も恐ろしい第三の脅威(都市伝説)」と化していく暗殺者OLと、完全に計画が破綻して頭を抱える神様の姿をお楽しみください!
「噂になっているぞ。……『黒い死神』が出たと」
夜の冷気が立ち込め、硝煙の匂いが街の路地裏を覆い尽くしていた。
僕は壊れた街灯の上に浮かびながら、足元でハンドガンの弾倉に手際よく予備弾を装填している由美を見下ろした。
「東城組の下っ端も、西清会の幹部も、今やお互いへの憎しみと同じくらい『正体不明の女暗殺者』への恐怖で震え上がっている。……君のことだよ、桃西さん」
由美はカチリと心地よい金属音を立ててマガジンを銃にセットすると、ゆっくりと立ち上がった。黒のジャケットには埃ひとつついていない。
「結構なことです。無駄な警戒心は相手の動きを硬直させます。暗殺者にとって、恐怖で足がすくんだ標的ほど料理しやすいものはありません」
『そういう問題じゃないよ! 最初は『東と西の抗争』だったのに、いまや『東vs西vs謎の暗殺者』という三つ巴の乱戦になろうとしているんだ! 僕が望んでいたのは平和であって、混迷を深めることじゃないんだよ……!』
「神様。混迷の先にあるのは、疲弊と沈黙です。双方の戦力を極限まで削ぎ落とさねば、根本的な清算は不可能です」
彼女の声音には、相変わらず一片の感情の揺らぎすらない。
僕は知っていた。彼女は狂乱して殺戮を楽しんでいるわけではない。ただ愚直なまでに、与えられた「掃除」という目的を完遂しようとしているだけなのだ。そして、その手段が常人の理解を超えて冷酷で、効率的すぎるというだけ。
「――聞こえますね」
由美がすっと耳をすませた。
数百メートル先、街の中央を通る大通りから、地鳴りのような銃声と爆音、そして狂気を含んだ怒号が響いてきていた。
「東城組と西清会の主力が、境界線上で衝突したようです。……絶好の機会ですね」
『絶好の機会って……まさか、あんな大群の真ん中に飛び込む気かい!?』
「当事者が一箇所に集まっているなら、移動の手間が省けます」
由美は足元を軽く確認すると、夜の闇の中へ疾走を始めた。
◇
中央大通りは、惨劇の舞台と化していた。
乗り捨てられた大型トラックや乗用車が炎を上げて燃え上がり、それを盾にして東城組と西清会の構成員が数十人単位で激しい銃撃戦を繰り広げている。サブマシンガンとアサルトライフルが火を吹き、コンクリートの破片と血飛沫が飛び散る。
「押せ! 西の犬どもを押し潰せ!」
「東のヘタレどもが! ここを突破して本陣まで乗り込んでやる!」
怒号と憎悪が渦巻く極限状態。
その真っ只中、煙の立ち込めるビルの二階の窓から、しなやかな人影が飛び降りた。
――ト、と静かな着地音。
黒いタイトスカートとジャケット。白ブラウスの胸元には安物のペン。
戦場には到底そぐわないスーツ姿の女――桃西由美だ。
「な……んだ、あいつ!?」
トラックの陰でサブマシンガンを撃ちまくっていた東城組の男が、突如として背後に現れた由美に気づいて振り返ろうとした。
だが、回転する彼の視界に入ったのは、彼女の手元で閃く銀色の鋼線だった。
シュッ。
言葉すら遮られ、男が崩れ落ちる。由美はその男の体が地面に着く前に、その手から落ちかけたアサルトライフルを空中での滑らかな動作で掠め取った。
そのまま、引き金を引く。
パンパンパンパンパンッ!
寸分の狂いもないタップ撃ち。
向かい側のビル陰から射撃していた西清会の射撃手三人の頭部が、弾けて後ろへと跳ね飛んだ。
「ひっ……!? 西の助っ人か!?」
「アホか! いま東の奴の武器奪って撃ったぞ! 敵だ、敵が出たぞ!」
「奴だ……! 噂の『黒い死神』だ!!」
前線に激震が走った。
東も西も関係ない。武器を持ち、他者へ殺意を向けている存在すべてが、彼女の「掃除」の対象だった。
由美は煙と炎の幕を巧みに利用し、影から影へと移動する。
東城組の兵隊が一人、首を折られて倒れる。
西清会の幹部が一人、胸を正着に撃ち抜かれて絶命する。
彼女の動きは洗練された殺傷芸術のようだった。弾丸が切れれば敵の死体から銃を奪い、近接戦闘になれば胸のペンやワイヤーで一瞬にして呼吸を止める。感情を廃したその圧倒的な殺戮の手際に、乱戦を繰り広げていた暴力団員たちの顔から、次第に凄みが消え、底知れぬ恐怖が広がり始めていた。
「バ、化け物だ……! なんだあの女は!?」
「撃て! 何でもいいから撃ち殺せぇぇっ!」
恐怖に駆られた東と西の組員たちが、一時的に争うのをやめ、中央に佇む黒スーツの女へ向けて一斉に引き金を引いた。
凄まじい鉄の嵐が通りを駆け抜ける。
しかし――そこに由美の姿はすでに無かった。
弾丸が通り過ぎた後、燃える乗用車の陰から、静かに彼女が姿を現す。
手にした二丁のハンドガンが、左右同時に火を噴いた。
ババン! ババン!
狂乱して引き金を引いていた男たちが、次々と地面に崩れ落ちていく。
「ひえぇぇ……っ! 助けてくれ!」
「逃げろ! あれは人間じゃねえ! 神様か悪魔の類だ!」
数分前まで血に飢えた狼のようだった男たちが、なりふり構わず武器を放り出し、蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始めた。
残されたのは、燃え盛る車火と、不気味なまでの静寂。そして、幾十もの転がる肉塊だけだった。
『あ、ああ……』
空中でその光景を見ていた僕は、声にならない悲鳴を漏らしていた。
東城組と西清会という二つの巨大な暴力。
長年、誰も止めることができなかったその暴力の連鎖が、今やたった一人の女――僕が異世界から呼び寄せた「OL」の手によって、恐怖という力技で強引に押し潰されようとしている。
「第一陣、および第二陣の掃討を完了しました」
由美は足元に転がる死体からマガジンを回収し、ジャケットの袖についたわずかな煤を手で軽やかに払った。
その呼吸には乱れひとつない。
「神様。これでこのエリアの戦闘単位は事実上崩壊しました。残るは東西のトップと、彼らを護衛する本陣の戦力のみです」
『桃西さん……君は、君は本当に……』
僕は震える精神の声で呟いた。
『僕の企みは、完全に失敗だったんだ。僕は街を救いたかった。人々が笑い合える平和を取り戻したかったんだ。でも僕がしたことは……この街に、東よりも西よりも恐ろしい『第三の絶望』を解き放っただけだった……!』
僕の悲痛な告白に、由美は弾丸を詰める手を止め、静かに空を見上げた。
「……失敗、ですか」
『そうだよ! 君がやっていることは、平和なんかじゃない! ただの圧倒的な暴力による沈黙だ!』
「そうかもしれませんね」
由美は静かにそう言うと、手帳を取り出し、ページの隅に挟まれていた一枚の写真を一瞬だけ見つめた。そこには、元の世界で撮られたであろう、ごく普通のオフィスで同僚たちと微笑む彼女の姿が写っていた。
だが、その写真はすぐに手帳の奥へと収められた。
「ですが神様。一度放たれた矢は、的に当たるまで止まることはできません」
『桃西さん……?』
「私は召喚され、役割を与えられた。ならば、この街の暴力がゼロになるまで『掃除』を続けるだけです。それが私という『第三の矢』の存在意義ですから」
彼女の言葉に、僕はただただ絶望するしかなかった。
平和のために呼んだ暗殺者は、もはや誰の駒でもない。
東も西も関係なくすべてを討ち果たす、この街で最も危険な「第三の脅威」として、夜の闇の中へ高々と解き放たれてしまったのだから。
第5話をお読みいただきありがとうございました!
「放たれた矢は止まらない」と宣言し、双方を恐怖で押し潰していく由美さん。神様の胃痛も限界突破です……!
これで全10話構成の折り返し(前半終了)となります。
次回、第6話「硝煙と沈黙」から物語は後半戦へ突入し、双方の生き残りをかけた動きと二人の奇妙な関係性が深まっていきます!




