第4話:見つめる者と、切り裂く者
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第4話は、由美さんが仕掛けた暗殺工作の波紋によって東西の抗争が激化するエピソードです。
殺戮の現場で淡々と仕事をこなす由美さんと、彼女の心の奥底にある「壊れた冷徹さ」に気づいて葛藤するポンコツ神様の交錯をお楽しみください!
夜空を赤く染める炎が、黒煙とともに街の空へと立ち上っていた。
「……ひどい。こんなの、前より悪くなっているじゃないか……!」
僕は壊れた給水塔の上に腰掛け、眼前で繰り広げられる地獄絵図を見つめて絶望的な声を漏らした。
眼下で繰り広げられているのは、東城組と西清会による全面戦争だ。
昨夜、東城組の幹部「鉄爪のガルス」が何者かに襲撃され無力化された事件。由美の手によって双方の組織に流された匿名のリークは、狙い通り――いや、狙い以上に両者の猜疑心を暴走させた。
『西の卑怯者どもが、俺たちの幹部を暗殺しにきたぞ!』
『何をぬかすか! 自作自演で俺たちに濡れ衣を着せ、戦争の口実にしようって腹だろ!』
誤解と怒りは瞬く間に膨れ上がり、東城組は西清会の主要施設である違法カジノを爆破。報復として西清会は東城組の補給路を強襲。街の境界線は、今や銃撃と怒号が交錯する文字通りの戦場と化していた。
巻き込まれた一般市民の悲鳴が、夜風に乗って僕の耳に届く。
「ねえ、桃西さん……聞こえるかい? あんなにたくさんの人が傷ついているんだ。僕が呼び寄せたのは平和をもたらす救世主であって、火に油を注ぐ悪魔じゃないんだよ……!」
給水塔の陰、風を避けるようにして腰掛け、手帳に静かにペンを走らせていた由美が、ゆっくりと顔を上げた。
夜風に黒髪をなびかせる彼女の表情には、相変わらず感情の欠片も浮かんでいない。
「神様。感情的な混乱は、状況の観察を鈍らせます」
『混乱するよ! 君がわざと噂を流したせいで、血の海が広重しているんだから!』
「いいえ。血の海が広がったのは、元々この街に溜まっていた膿が表面化しただけです。私はただ、その破裂の時期を少し早めたに過ぎません」
由美は淡々とした手つきで手帳を閉じ、胸ポケットにペンを挿すと、給水塔のフチへと歩み寄った。彼女の瞳は、燃え盛る街を冷ややかな分析者の視線で見下ろしている。
「ご覧なさい、神様。現在の東城組と西清会の動きを」
『動きって……お互いに殺し合ってるだけじゃないか』
「そこが素人の見方です」
由美は指先で街の二箇所を指し示した。
「昨夜まで、両組織は互いの『手口』や『戦力』を探り合い、小出しの小競り合いを続けていました。いわば長期戦です。この状態が続けば、それこそ何年もダラダラと争いが続き、街の経済と人間は緩やかに死に至っていたでしょう」
『それは……そうかもしれないけど』
「ですが、今や双方は抑えの効かない怒りによって、全戦力を前線へと投入し始めています。弾薬の消費スピードは昨夜までの十倍以上。弾薬庫の備蓄は数日と持ちません。そして何より――」
由美の瞳の奥で、恐ろしいほどに研ぎ澄まされた刃のような光が閃いた。
「双方が前線に集中するあまり、本部の警備やトップ(頭目)の周囲の防衛が、目に見えて手薄になっています」
『……あ』
「お分かりいただけましたか?」
由美は静かに腰のナイフの柄を撫でた。
「敵の戦力を互いに削ぎ落とさせ、防衛の陣形が崩壊した瞬間を狙う。両組織のトップを同時に『切除』する。それが、この状況を作り出した私の本当の狙いです。平和とは何ですか? 暴力の行使者が存在しない状態のことです。ならば、その暴力を司る頭脳をすべて排除すればいい」
『そ、それが君のロジックなのか……? 平和っていうのは、人が殺し合うのをやめて、手を取り合うことなんだよ! 全員を殺して静かにさせることじゃない!』
「手を取り合う?」
由美は少しだけ不思議そうな顔をして、僕の気配の方を振り返った。
「神様。長年積み重なった憎しみと血の歴史を持つ人間同士が、ある日突然『手を取り合う』などという奇跡が、本気で起こると思っていらっしゃるのですか?」
『それは……!』
「起こりません。少なくとも、この街の連中には不可能です。話し合いで解決できる段階は、何年も前に過ぎ去っています。残された唯一の解決策は、暴力の根絶――つまり『物理的な排除』だけです」
ぐうの音も出なかった。
ポンコツな神様である僕は、ただ街を見守ることしかできなかった。だからこそ知っている。東の頭目も、西の幹部も、自らの欲望とプライドのために何百人もの人間を犠牲にしてきた。彼らが今更「話し合い」に応じるはずがないことくらい、誰よりも僕が一番よく分かっていた。
僕が何も言えずに沈黙していると、由美はふっと小さくため息をついた。
「感傷に浸るのは勝手ですが、私は私の仕事をするだけです。……そろそろ時間ですね」
『時間?』
「ええ。東城組の別動隊が、西清会の幹部が潜伏しているビルへ向かって進軍を始めました。双方の主力が激突する絶好のタイミングです。……『掃除』の第二段階を始めます」
街の南側、旧繁華街の路地裏。
煙と爆音で視界が遮られる中、黒いスーツの女が影のように滑り込んでいく。
「追え! 西の犬どもを逃がすな!」
「撃て撃てぇ! 東の奴らを一匹残らず肉片に変えてやれ!」
激しい銃撃戦が展開されるビルの一階。双方の組員たちが物陰に隠れながら、互いに殺意を吐き出していた。
その混乱の真っ只中に、由美は音もなく乱入した。
パンッ! と鋭い破裂音。
東城組の射撃手が、背後から首を折られて崩れ落ちる。
「なっ……!?」
隣にいた男が驚いて振り返った瞬間には、すでに由美の手元で光るピアノ線がその首に巻き付いていた。一切の抵抗を許さない手慣れた絞殺。
さらに、彼女は倒れる男の体からハンドガンを奪い取ると、躊躇なく対面で物陰に潜んでいた西清会の組員たちに向けて引き金を引いた。
パン、パン、パン!
正確無比な三連射。物陰から顔を出していた西の組員三人の額に、正確に小さな赤い穴が開く。
「な、なんだあの女は!? 東の助っ人か!?」
「違う! 東の奴らもやられてるぞ! 敵か!? 味方か!?」
戦場は一瞬にしてパニックに陥った。
東城組も、西清会も関係ない。銃を構え、意気揚々と暴力を振りかざしていた者たちが、次々と「正体不明の影」によって狩られていく。
彼女の動きには、戦意も興奮もない。
まるで作業服を着て、散らかった部屋のゴミを一つずつ機械的に拾い集めてゴミ箱に放り込むかのような、冷酷なまでの無雑作さ。
「ひ、ひぃぃっ! 化け物……!」
生き残った組員が一心不乱に逃げ出そうとしたが、その背中に由美の放ったナイフが深く突き刺さる。
わずか三分。
双方合わせて十数人の戦闘員がたむろしていた現場は、不気味なほどの静寂に包まれた。
転がる死体の山の中で、由美は一滴の血もついていないスーツの袖を整え、静かに銃身の熱を逃がした。
『……ひどすぎる……。東も西も、みんな君を恐れ始めているよ』
空中から僕が震える声で呟くと、由美は拾い上げた弾丸を手際よくマガジンに詰め直しながら、淡々と返した。
「恐れられるのは良いことです。恐怖は人を慎重にさせ、無駄な行動を減らしますから」
『君は……君は怖くないのかい? こんなに人を殺して、自分の手が血で染まっていくのが……』
由美の手が、ピタリと止まった。
彼女はゆっくりと立ち上がり、血の匂いが充満する空間で、自分の手袋をはめた細い両手を見つめた。
「怖がる? 何のためにですか」
『だって……』
「私は『仕事』をしているだけです。職務を全うすることに、個人の感情を持ち込むのはプロ失格です。それに――」
由美は手帳を取り出し、ページの隅に小さく書かれた文字を一瞬だけ見つめた。そこには、彼女が元の世界で使っていたであろう、業務スケジュールのメモが並んでいた。
「私はただ、自分の与えられた役割を完璧にこなしたいだけです。それ以外の感情は、何年も前に捨てました」
その瞳に宿る深い孤独と無機質な闇に、僕は言葉を失った。
彼女は根っからの悪人でもなければ、殺戮を楽しむ狂人でもない。
ただ、「完璧に仕事をこなすこと」だけに自分の存在価値を見出している、悲しいほどに壊れた人間なのだ。
そして、そんな彼女を「掃除屋」としてこの世界に呼び寄せてしまったのは――他ならぬ、無力でポンコツな僕自身だった。
「さて、神様。第一陣の排除は完了しました。次は西清会の幹部が集まる地下アジトへ向かいます」
『……ああ。気をつけてね、桃西さん』
「お気遣いなく。残業時間は、まだたっぷりありますから」
黒いスーツの暗殺者は、再び夜の闇の中へと消えていった。
誰も救えなかった神様は、遠い空の上から、ただ悲しいため息をつき続けることしかできなかった。
第4話をお読みいただきありがとうございました!
狂人でも悪人でもなく「ただ与えられた仕事を完璧にこなす」という異常なプロ意識を持つ由美さん。神様も自分の呼んだ存在の異質さに胃を痛め続けています……!
次回、第5話「第三の矢、射出される」へ続きます!




