第3話:掃除屋の仕事手順(アプローチ)
ご覧いただきありがとうございます!
第3話は、由美さんによる最初の標的――東城組幹部「鉄爪のガルス」の「掃除(暗殺)」エピソードです。
プロの暗殺者としての本領発揮と、それを目の当たりにして恐怖する神様のギャップをお楽しみください!
「――ねえ、桃西さん。少しは話を……いや、せめて人道的なアプローチとかを考えないかい?」
ここは北側の旧倉庫街。かつては物流の拠点だったが、今では東城組が違法薬物の隠し場所および拷問部屋として使っているいわばアジトだ。
僕はその薄暗いトタン屋根の上に腰掛けながら(形はないけれど)、隣で淡々と準備を進める由美に話しかけた。
彼女は黒いスーツの袖をまくり、スラムのチンピラから奪った小型無線機と、自らの手帳を並べて冷ややかに呟く。
「人道的なアプローチですか。神様、それは『相手が話し合いに応じる余地を持っている』ことが前提の贅沢な選択肢です。あのチンピラどもから聞き出した情報によれば、今回のターゲットは東城組の幹部――通称『鉄爪のガルス』。この地区の商人を脅し、みかじめ料と称して全財産を奪い、逆らった者は家族の目の前で半死半生にしている外道です」
『うっ……それは、まあ、そうなんだけど……』
「話し合いで彼が改心すると本気で思われますか?」
『……思わない』
「でしょう。なら、最短かつ確実な『掃除』を実行するのみです。無駄なコストやリスクは、プロとして一番の悪手です」
由美はそう言って、手帳に挟んでいた極細のワイヤーと、現地調達した折り畳みナイフの確認を終えた。その手つきには迷いが一切ない。かつて一流の組織で数々の「厄介事」を処理してきた殺し屋としての本領が、この異世界の夜に静かに発揮されようとしていた。
◇
倉庫の周囲には、東城組の組員が四人、等間隔で警備に立っていた。
それぞれが実弾の装填されたサブマシンガンを抱え、退屈そうにあくびを噛み殺している。倉庫の鉄扉は固く閉ざされ、内部の様子は外からうかがえない。
『警備がしっかりしてるじゃないか。正面から入るのは無理だよ』
「正面から入る馬鹿がどこにいますか」
由美はすっと身を屈め、倉庫の壁伝いに影を縫うように移動した。
その足音は驚くほどに消音されており、地面の砂利一つ鳴らさない。まるで重力から愛されているかのように、彼女の存在は夜の闇に完全に溶け込んでいた。
まず最初の標的は、倉庫の裏手にポツンと立っていた一服中の見張りだった。
「……ふぅ、寒みりゃ……ん?」
男が煙草の煙を吐き出した瞬間、背後の暗がりから影が滑り込んだ。
音もなく伸びた由美の手が、男の口と鼻を背後から一瞬で塞ぎ、同時に首の急所へ正確にナイフの刃先を添える。
「声を出せば、気道が塞がる前に頸動脈を切り裂きます。静かに眠りなさい」
冷徹な囁きが男の耳に届いた時には、すでに手遅れだった。男が身体を強ばらせた瞬間、由美の腕力がその意識を強制的に断ち切る。ドサリと崩れ落ちる巨体を、由美は音を立てぬようにそっと地面に寝かせた。
『い、今の動き……! 一瞬で意識を刈り取った……!』
「警報器を押させる暇を与えないのが、私の仕事の基本です。……さて、次です」
由美は倒した男から倉庫の合い鍵(磁気カードキー)を抜き取ると、死体を物陰に隠し、次の警備員へと流れるような足取りで近づいていく。
二人目、三人目。
警備員たちは互いの視界の死角を突かれ、異変に気づく間もなく、音もなく闇へと沈んでいった。ほんの数分の出来事だった。外回りの警備四人は、誰一人として悲鳴を上げることもなく、完全に無力化された。
『まるで影の怪物だな……君、本当に元の世界ではOLだったのかい?』
「営業事務の書類整理と、大差ありません。不要なものを処分し、必要な数字(結果)を合わせるだけです」
まったく同じ笑顔で恐ろしいことを言う由美は、ついに倉庫の裏口の鉄扉の前に立った。
先ほど剥ぎ取ったカードキーを読み取り機にスライドさせる。
——カチャリ。
静かな電子音が響き、重い鉄扉がわずかに押し開けられた。
倉庫の中は、むせ返るようなタバコの煙とアルコールの匂いで満ちていた。
中央の大きなテーブルの周囲では、ガタイのいい男たちがトランプに興じ、その中心に、ひときわ身体が大きく、両手の指に金色の装飾がついたメリケンサック――通称『鉄爪』をはめた男が座っていた。
「おい、外の巡回はどうした? タバコサボってんじゃねえだろうな」
ガルスと呼ばれたその男が低く唸った瞬間、倉庫の入り口の扉が音もなく全開になった。
「――おや、巡回中の警備員なら、全員外で休憩中ですよ」
静寂を切り裂くような、澄んだ女性の声が倉庫内に響いた。
ガルスをはじめ、室内にいた七人の組員が一斉に視線を向けた。そこに立っていたのは、返り血一つない整った身なりの、黒スーツの美女――桃西由美だった。
「んだ……? おい、女だぞ。どこから迷い込んだ? おい、お前ら、連れ出して遊んでやれ!」
組員の一人がニヤニヤと笑いながら由美に近づこうとした。
だが、由美は微動だにせず、ただ懐から取り出した極細のワイヤーを両手の指に巻き付けた。
「遊ぶ時間はありません。残業は嫌いなもので」
「……は? おい、殺せ!!」
ガルスが異変を察知し、怒声を飛ばす。
しかし、遅かった。
由美が踏み込んだ一歩は、疾風よりも速かった。
近づいた組員の腕をひねり上げ、その身体を盾にして敵の放った銃弾を防ぎつつ、彼女の手元で閃いたワイヤーが空気を鋭く裂く。
スパッ、と空気が鳴った。
最前線にいた二人の組員の喉元に、目に見えないほどの極細の線が走り、赤い線が飛び散る。
「なっ……何だこいつ、化け物だッ……!?」
「撃て! 撃ち殺せ!!」
倉庫内が銃声と怒号で地獄のような騒ぎに変貌した。銃弾がコンクリートの壁を削り、破片が飛び散る。
だが、由美の軌道をとらえられる弾丸は一発もなかった。彼女は銃弾の嵐の間隙を縫うように、まるでダンスを踊るかのように敵の懐へと潜り込み、次々と無力化していく。
『あわわわわ……! 当たっちゃう! 当たるよ由美さん!!』
「神様、騒がしいですね。少し黙っていてください」
由美は冷徹に言い放つと、最後の一人となった組員の背後に回り込み、その首を固めた。
そして、一瞬の隙をついて中央のテーブルに陣取るボス――ガルスの目の前へと、その男を盾にして滑り込んだ。
「てめぇ……一体何者だ……!」
ガルスは冷や汗を流しながら、鉄爪をはめた両拳を構えた。その巨体から発せられる威圧感は只者ではない。
「桃西由美です。製薬会社の営業事務、および――この街の掃除屋です」
「ふざけやがって……!」
ガルスは怒り狂い、その巨大な鉄爪で由美をめがけて渾身の一撃を叩き込んだ。コンクリートすら砕きそうな凄まじい豪腕のフック。
だが、由美はその拳を避けることすらしなかった。
彼女は一歩だけ踏み込み、ガルスの懐に完璧に身体を預ける。そして、手元に用意していた小さな注射器――先ほどチンピラから奪った、あるいは彼女自身が持ち込んでいた特殊な筋弛緩剤の入ったシリンジを、ガルスの頸動脈へと一突きした。
「がっ……!?」
ガルスの動きが、完全に凍りついた。
筋肉の緊張が急速に失われ、あの巨体が膝から崩れ落ちる。
「ば、馬鹿な……俺の、力が……抜けて……」
「どんなに筋肉を鍛えても、神経伝達物質を強制的に遮断されればただの肉の塊です。お疲れ様でした」
由美は崩れ落ちるガルスを見下ろし、淡々と懐から手帳を取り出して『業務完了』のチェックを入れた。
周囲には、気絶し、あるいは動けなくなった東城組の精鋭たちが転がっている。誰一人として死んではいない。だが、全員が二度と立ち上がれないほどの完璧な無力化だった。
数分前まで街を牛耳っていた暴力の拠点が、一人のOLによって完全に沈黙させられた瞬間だった。
『……す、凄まじい……』
僕は呆然と、その光景を見下ろしていた。
暴力で暴力制圧するのではなく、圧倒的な技術と効率で、組織の機能を文字通り『切除』していく。
「さて、神様」
由美は周囲の安全を確認すると、懐から無線機を取り出し、東城組の周波数に合わせ、そして――あろうことか『西清会』の周波数にもそれを繋げた。
『え? 何をしようっていうの?』
「東城組の幹部が一人、無力化されたという情報を、双方の組織に匿名でリークします」
『り、リーク!? そんなことしたら、余計に争いが激しくなるんじゃ……!』
「いいえ。片方のトップが倒れたと知れば、もう片方は『好機』と捉えて攻め込むでしょう。逆に、やられた側は『西の卑怯な奇襲だ』と誤認します。互いの不信感を最高潮に煽るのです」
由美は冷たく微笑んだ。その表情は、可憐なOLのそれではなく、冷徹な策略家のものだった。
「トカゲの尻尾切りではありません。トカゲの頭を両方同時に潰すための、最初の撒き餌です」
彼女が無線機のボタンを押すと、街の夜の闇を切り裂くように、新たな抗煙と怒号の波が遠くから響き始めた。
神様である僕には分かってしまった。
この女を呼び寄せたのは、救いではなく――この街に訪れた、もっとも美しく、もっとも冷酷な「終わりの始まり」なのだと。
第3話をお読みいただきありがとうございました!
幹部を一瞬で沈黙させた挙句、双方の組織に情報を流して混沌を煽り始める由美さん。神様の望む「平和」とは真逆の方向へ爆走しています……!
次回、第4話「見つめる者と、切り裂く者」へ続きます!




