第2話:東と西のルール、あるいは血の挨拶
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第2話は、スラム街での「買い出し」と情報収集のエピソードです。
平和を願う神様の思いをよそに、淡々とプロの暗殺業務を進めていく由美さんの無慈悲な手腕(とポンコツ神様のエグい胃痛)をお楽しみください!
「――で、だ。僕たちはいま、どうしてこんなゴミ溜めみたいな場所にいるのかな、桃西さん?」
僕は虚空から、目の前を歩く黒のタイトスカート姿の女性に話しかけた。
ここは東城組と西清会の縄張りの境界線、通称『グレーゾーン』と呼ばれるスラム街だ。壊れかけたバラック小屋がひしめき合い、空気にはヘドロと火薬の匂いが澱のようにこびりついていた。
由美はすたすたと石畳の路地を進みながら、周囲を冷徹な目で観察している。
「武器と物資の現地調達です。先ほど倒した下っ端の所持金だけでは、当面の活動費として心許ない。それに、この街の経済構造と治安の『相場』を肌で知る必要があります」
『いや、普通のOLは異世界に飛ばされていきなりスラムで物資調達なんてしないからね!? ていうか、さっきから職務質問したそうなチンピラがそこら中で君をジロジロ見てるんだけど!』
事実、道の曲がり角や崩れかけたトタン屋根の上から、血走り狂った目を据えた男たちがこちらを値踏みするように見つめていた。一人は手斧を、もう一人は錆びた鉄パイプを肩に担いでいる。東か西か、あるいはどちらにも属さない野良のハイエナどもだ。
「好都合です。ちょうど小銭と、動きやすいナイフが一本欲しかったところでした」
『物騒なこと言わないで! ここは平和的に……って、あーあ』
由美の足がぴたりと止まった。
進路を塞ぐように、巨体の男が三人生え抜きのように立ち塞がったからだ。西清会の紋章である青いバンダナを首に巻いている。
「おいおい、お姉ちゃん。こんな夜更けに、しかもスーツ姿で一人とはいい度胸じゃねえか。東のシマから流れてきたスパイか、それともヤリ部屋の新しいオモチャか?」
真ん中に立つ、顔に大きな刀傷のある大男がニタニタと下卑た笑みを浮かべる。その手には、ギラリと光る大型のコンバットナイフ。
「なあ、いいぜ。俺たちの仲間になれば、その服を剥ぎ取って安全な場所に匿ってやらぁ」
男たちが下品な笑い声を上げる。
神様である僕の気配は彼らには見えない。ただの「カモに見えた異国の女」として映っているのだろう。
だが、見ている側(僕)としては、哀れなのはチンピラの方だった。
「……お話し中、申し訳ありませんが」
由美は一歩も引かず、淡々とした声で言った。
「その汚いナイフ、切れ味が悪そうですね。研ぎ石の手入れもされていない。道具を粗末にする人間は、総じて嫌いです」
「はぁ? なんだと、このアマ……!」
男が怒りに任せてナイフを突き出した。
素人の、怒りに任せた大振りの突き。避けるなど容易い。
だが、由美の動きは「避ける」よりも一歩先を行っていた。
パァン、と乾いた音が響く。
避けるどころか、由美は自ら踏み込み、突き出された男の手首の関節を正確に両手で捉えた。
「グッ……!?」
「関節の可動域を無視した無理な負荷は、骨を脆くしますよ」
メキ、と嫌な音がした。人間の腕が絶対に曲がらない方向に、不自然に跳ね上がる。男が悲鳴を上げる暇すらない。由美はそのまま男の肘を蹴り上げ、全体重を乗せて地面へと叩きつけた。
「リーダーっ!?」
「おい、やれ! 殺せ!」
残りの二人も慌てて鉄パイプと手斧を振り下ろす。
しかし、由美の身体はまるで水のように滑らかだった。襲い来る鉄パイプを紙一重でかわし、その懐へと潜り込む。彼女の手には、いつの間にか先ほどの男から剥ぎ取ったコンバットナイフが握られていた。
シュッ、と風を斬る音。
血飛沫が闇夜に一筋の黒い弧を描いた。
「がはっ……ぁ……」
二人の男が、それぞれの太ももの裏側――歩行に必要な神経と腱を正確に断ち切られ、同時並行で崩れ落ちる。命までは奪わない。だが、二度と立ち上がれない完璧な無力化だった。
数秒前まで威勢よく笑っていた三人の男たちが、地面を這いつくばり、ただ恐怖に震えるだけの肉塊に変わる。
「ふぅ」
由美は返り血一滴浴びていない完璧なスーツの裾を軽く払い、地面に転がったリーダー格の男のポケットから、財布と小型の無線機、そして綺麗な折り畳みナイフを抜き取った。
「これだけあれば、当座の資金と実用的な道具は確保できますね。……さて」
『ひっ……!』
由美が冷ややかな視線を、這いつくばる男へと向けた。
「お前たち。この街の『ルール』について少し教えてもらうわ。東城組と西清会の幹部たちの居場所、そして彼らが普段使っている連絡網について知っていることをすべて話しなさい。3秒で答えなければ、残りの手足の腱も切り落とします」
「ひ、ひぃぃ……っ! 化け物……! 殺してくれ、なんでも喋る、喋るからぁっ!」
圧倒的な暴力と、一切の感情がこもっていない無機質な瞳の恐怖に屈し、男は泣き叫びながら知っている情報をすべて吐き出し始めた。
しばらくして、安全な廃屋の陰に移動した由美は、手帳にボールペンで細かくメモを取りながら頷いた。
「……なるほど。東城組の幹部は北側の旧倉庫街に常駐。西清会は南側のラブホテル街を本部代わりにしている、と。情報の整合性も取れていますね」
『き、君ねぇ……。いくら何でも、スラムのチンピラを脅して情報を引き出すなんて、すっかり暗殺者の手口に馴染んでないかい?』
「仕事ですから。効率が一番です」
由美は手帳をパタンと閉じ、ふと夜空に浮かぶ僕の気配の方を(見えないはずなのに)正確に見据えた。
「神様。先ほどのチンピラが無線で『東と西の境界線で変な女にやられた』と仲間に連絡していました。おそらく、まもなく双方の組織の人間がここ嗅ぎつけてやってきます」
『えっ!? じゃあ早く逃げようよ!』
「いいえ、逃げません」
由美は淡々と、しかし凄みのある声音で言い放った。
「向こうから来てくれるのなら、わざわざこちらから足を踏み入れる手間が省けます。ここで待ち構えて、一網打尽にしましょう」
『一網打尽って、君一人で組織を相手にする気!?』
「二人です」
『僕戦力にならないよ!? ただの見物人だよ!?』
「見守り、お願いしますね。神様」
由美はそう言うと、先ほど奪った折り畳みナイフを指先で器用にクルリと回し、闇の中に溶け込むように身を低くした。
遠くから、けたたましいバイクのエンジン音と、男たちの怒号が何重にも重なってこちらへ近づいてくる。
東か、西か。あるいはその両方か。
平和を願って異世界から呼び寄せた一人のOLは、今やこの街の抗争のバランスを根底から狂わせる「最大の異物」として、静かに牙を研いでいた。
第2話をお読みいただきありがとうございました!
逃げるどころか「向こうから集まってくれるなら一網打尽にできる」と待ち構える由美さん……完全にこの街で一番危険な存在になりつつあります。
次回、第3話「掃除屋の仕事手順」へ続きます!




