第1話:神様の失敗と、スーツ姿の異分子
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本作は、あまりにポンコツな神様と、異世界に召喚された冷徹な暗殺者(※普段は普通のOL)が織りなす、少しダークで少しコミカルな異世界バトルファンタジーです。
「誰も救えなかった神様」と「全員掃除しようとする暗殺者」の噛み合わないバディ(?)感をぜひお楽しみください!
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これは、誰も救えなかった神様の物語だ。
かつて、この地に「戦争」という大層な言葉は存在しなかった。
あったのは、もっと小さく、けれど等しく泥と血にまみれた「喧嘩」だ。
東の街と西の街。川を一枚挟んだだけの隣り合わせの土地で、縄張りを巡る小さな言い争いが始まった。最初は小競り合い。それが拳になり、拳はやがて鈍く光る刃物になった。
そしてどこからか「鉄砲」という凶器が持ち込まれた時、喧嘩の性質は完全に変わってしまった。
決着のつかない憎しみは、雪だるま式に膨らんでいく。
街々は生き残るために徒党を組み、やがて「東城組」と「西清会」という二つの巨大な暴力機構へと成長した。血で血を洗う泥沼の抗争。それが、この街のすべてになった。
僕はそれの一部始終を見てきた。
見ていらっしゃった、と神様らしく威張りたいところだが、現実は惨めなものだ。見ていること『しか』できなかったのだから。
だって僕は、神様だ。
それも、恐ろしくポンコツな神様。
天変地異を起こして戦争を止めるような凄まじい神力もなければ、傷ついた人々を癒やす奇跡も起こせない。ただ、あまりにも永い時をこの土地で過ごしすぎて、街とそこに生きる人々への未練と愛着だけが、ダニのようにこびりついて離れないだけの、哀れな存在。
だから僕は、ひとつの賭けに出たんだ。
自分の消滅と引き換えにする覚悟で、ありったけの細々とした神力をかき集め、大穴を開けた。
異世界から、この泥沼を終わらせてくれる『何か』を呼び寄せるために。
——そして現れたのが、彼女だった。
「……ここは?」
薄暗い廃ビルの最上階。散らばる瓦礫と埃のただ中に、ぽつんと佇む一人の女がいた。
黒のタイトスカートに、ビシッと皺のないジャケット。白いブラウスの胸元には、安物のボールペンが一本挿さっている。足元はヒール。手には使い古された革の手帳。
どこからどう見ても、オフィスのデスクでパソコンと向き合っていそうな、ごく普通のOLだった。
(あ、あれ……? おかしいな。僕は『この惨状を綺麗サッパリ掃除してくれる最強の存在』を願って召喚の術式を組んだはずなんだけど……)
僕は空中から、声だけを彼女の脳内に届ける。神様特有のテレパシーというやつだ。
『あの……聞こえますか、異世界の旅人よ』
「……頭の中に直接? 音波ではなく脳神経への直接介入……指向性スピーカーの類ではないわね」
女は驚く風もなく、冷静に周囲を一度見回すと、自分の腕時計を確認した。
「現在午後七時四十二分。残業を終えて帰宅途中、路地裏を歩いていたはずですが。……誘拐? いいえ、空間の連続性が断絶していた。これが噂に聞く異世界転移という現象かしら」
『順応が早すぎる!? あ、はい! その通りです! 僕は……いや、ワタシはこの地を司る神! 君を助け……じゃなかった、君の力を借りたくて、異世界から呼び寄せたんだ!』
慌てて神様っぽい威厳を作ろうとしたが、声の裏返りを隠しきれなかった。
女は深くため息をつき、スーツの膝についた埃をトントンと手で払う。
「自己紹介が遅れました。桃西由美です。……それで、神様。私をこんなところへ引っ張り出して、一体何の用でしょう。明日は朝から大事なプレゼンがあるのですが」
『あ、ごめんなさい! でもね、桃西さん! 君のプロフィールは召喚の術式を通して見させてもらったよ! 表向きは製薬会社の優秀な営業事務……でも裏の顔は、狙った標的を絶対に逃さない凄腕の『暗殺者』なんだよね!?』
桃西由美の動きが、ぴたりと止まった。
その瞬間、廃ビルの空気が冷え切った氷のように凍りつくのを、形のない僕ですら感じ取った。彼女の瞳から感情という感情がスッと消え去り、底知れない闇のような冷酷さが顔を出す。
「……私の裏の稼業を知っているのですね」
『ひっ……! あ、圧がすごい! うん、知ってる! だから頼んだんだ! この街を見てごらん!』
僕は彼女を廃ビルの割れた窓際へと誘導した。
眼下に広がるのは、夜だというのに硝煙と炎が立ち上る廃墟のような街並み。遠くからパンパンと乾いた銃声と、男たちの怒号が響いてくる。
『東城組と西清会という二つの暴力組織が、もう何年も争っているんだ。街は壊され、関係のない人々まで巻き込まれている。僕は弱小な神様だから、彼らを止める力がない……。だから、君に『掃除』をしてほしいんだ! この不毛な争いを終わらせて、街に平和を取り戻すために!』
由美は静かに街を見下ろした。炎の赤が、彼女の無表情な横顔を妖しく照らす。
「……なるほど。『掃除』ですか」
『そう! 君ならできるでしょう!? ターゲットを静かに消すプロなんだから!』
「状況は把握しました。要するに、障害となる『ターゲット』を処理すれば良いのですね」
『理解が早くて助かるよ! いやあ、最初はOLさんが出てきたから焦ったけど、やっぱり君を呼んで大正感——』
僕が安堵の息を漏らそうとした、その時だった。
バン! と激しい音を立てて、廃ビルの扉が蹴破られた。
「おい! 上で妙な光が見えたと思ったら……何だぁ、女か?」
現れたのは、東城組の紋章が入った革ジャンを着た男二人だった。手には自動拳銃と、血のべっとりついたバールを持っている。どうやらビルの近くを巡回していた偵察兵らしい。
「西の差し向けたスパイか? いや、見ねえ面だな……なんだその奇妙な上着は」
「へへ、上等じゃねえか。顔もまあまあ可愛いし、殺す前にたっぷりと——」
『ひいっ!? た、大変だ桃西さん! 東城組のガラガラヘビ(行儀の悪い下っ端)だ! 逃げ——』
僕が悲鳴を上げた時には、すでに事は終わっていた。
——カツン。
ヒールの音が一度、小さく響いただけだった。
「がっ……!?」
下っ端の一人が、自分の喉を両手で押さえて膝から崩れ落ちた。
彼の喉元には、先ほどまで由美の胸ポケットに挿さっていた、安物の黒いボールペンが根元まで深々と突き刺さっていた。気道と動脈を同時に穿たれ、声すら上げられずに血の海に倒れる。
「な、なっ……!? てめぇ!!」
もう一人の男が逆上し、慌てて拳銃の引き金に指をかけようとする。
だが、その手が撃鉄を起こすよりも早く、由美はすでに男の懐へと滑り込んでいた。
シュッ、と鋭い糸が空を裂く音がした。
彼女が手帳のバインダーから引き抜いたのは、極細のピアノ線。
由美は男の背後に瞬時に回り込むと、その太い首にピアノ線を巻きつけ、交差させた両腕に一瞬で体重をかけた。
ガシッ!
「カハッ、あ……ガ……っ!」
男の体が激しく痙攣する。
由美の表情には、怒りも、恐れも、興奮すらもない。まるで会社のデスクで書類にホッチキスを留めるかのような、淡々とした作業の手つき。
メリメリと肉に糸が食い込む嫌な音が響き、数秒後、男の力があっけなく抜けた。
ドサリ、と重い肉塊が床に転がる。
静寂が戻った。
二人の男が息絶えるまで、わずか五秒。
「……ふぅ」
由美はポケットからハンカチを取り出すと、首を絞める際に使ったピアノ線を丁寧に拭き取り、再び手帳へと収納した。そして倒れた男の喉からズボリとボールペンを引き抜くと、ティッシュで血を拭い、何事もなかったかのように胸ポケットへと戻す。
「ペンは書き味が落ちていないか、後で確認が必要ですね」
『ひ……ひえええぇぇぇぇつ!!!??』
僕は絶叫した。神様だから声は出ないはずなのに、精神の叫びが脳内に木霊する。
『な、何やってるの!? 一瞬で! 一瞬で二人も殺しちゃったよ!?』
「何、とは? 業務上の身当り害排除ですが」
由美は眉ひとつ動かさず、倒れた男たちのポケットを漁り始めた。弾薬と、使い古されたナイフ、少額の紙幣を手際よく自分のポケットへと移していく。現地調達というやつだろうか。動作に一切の無駄がない。
「神様。確認ですが、この『東城組』と『西清会』の構成員は、全員が犯罪者であり、殺害しても社会的倫理以外の法的な不都合(警察の介入)はない、ということで宜しいですね?」
『宜しくないよ! いや、まあ全員ロクでもない悪党だけど! でも僕が望んだのは『平和』であって、容赦ない虐殺じゃないんだよ!?』
由美はすっと立ち上がり、冷たい瞳で僕(の気配がある空)を見つめた。
「甘いですね、神様」
『えっ』
「争いを止める最も確実で、最も低コストな方法は何かご存知ですか?」
彼女は窓の外、広大な夜の街を指差した。
「当事者を全員、消すことです」
『ひえっ……!』
「東と西。双方が『誰に攻撃されているのか』すら理解できない速度で、幹部から末端に至るまで徹底的に『掃除』する。戦力がゼロになれば、当然ですが戦争は継続できません。それが私の提供できる最高品質の『平和』です」
『ち、ちがう! 僕がやってほしかったのは、もっとこう……悪のボスを懲らしめて改心させるとか、話し合いのテーブルに着かせるとかそういうのであって……!』
「私に政治交渉のスキルはありません。私は『暗殺者』です。依頼された以上、私のやり方で仕事を完遂します」
そう言って、彼女はトントン、とヒールを鳴らして歩き出した。
その背中を見送りながら、僕は全身(体はないけれど)から冷や汗が吹き出すのを感じていた。
ヤバい。
とんでもない奴を呼んでしまった。
僕は東城組と西清会という二つの巨大な暴力の激突を止めたかったのだ。
しかし、僕が連れてきてしまったのは——その二つの暴力をまとめて踏み潰しかねない、最も静かで、最も危険な『第三の矢』だった。
——結果から言おう。
状況は、悪化した。……かもしれない。
平和を築くために呼んだはずの女は、東と西どちらの駒にもならず、闇の中で静かにその刃を研ぎ始めている。
「さて……まずは情報収集からですね。神様、近くにある一番大きな拠点はどちらですか?」
『あ、あのね桃西さん、一度落ち着いて温かいお茶でも飲まない……?』
「急ぎましょう。残業手当が出ない以上、早急に終わらせて帰宅したいので」
『異世界に帰る手段、僕持ってないんだけど言えない……絶対今言えないよぉ……!』
ポンコツな神様は今日も遠い空の上から、深々とため息をつくのだった。
第1話をお読みいただきありがとうございました!
平和のために呼んだはずが、一番危険な「第三の矢」を解き放ってしまったポンコツ神様。果たしてこの街の明日はどっちだ……!?
次回、第2話「東と西のルール、あるいは血の挨拶」に続きます!




