シーズン2第6話:孤立無援のオフィスワーク
ご覧いただきありがとうございます!
第6話からは、高位神の直接介入を封じられた邪教集団が仕掛ける、新たな謀略編へと突入します。
魅了スキルを持つ『自称・勇者』によって、昨日まで親しかった街の住民たちが一夜にして敵に回ってしまうという絶体絶命の危機。
「一般市民を絶対に傷つけない」という制約の中、冷徹かつ完璧にノン・リーサル兵器(非致死性兵器)でオフィスから脱出する由美さんのプロフェッショナルな手腕にご注目ください!
天界の中枢システムへDOS攻撃を仕掛け、高位神『裁きの天神』と不干渉協定を結ばせてから一週間。
桃園治安維持事務所の平和は、見事に保たれているはずだった。
天界からの直接的な通信や次元転送ゲートの発生はゼロ。由美の読み通り、システム崩壊を恐れた高位神界は手を引いたように見えた。
――だが、悪意は天界からのみもたらされるわけではない。
「……何か、おかしいですね」
午前九時三十分。
デスクで事務処理を行っていた桃西由美は、ペンを止め、窓の外へと視線を向けた。
普段ならこの時間、事務所の前を通る市場の商人や近所のおばあさんが、親しげに手を振ったり「おはよう」と声をかけてくれる。だが今朝は違っていた。
路地を行き交う人々が、不自然なほど無表情で、虚ろな目を事務所の建物に向けながら通り過ぎていく。
『桃西さん……僕も、すごく嫌な予感がするんだ』
天井近くで漂う神様が、怯えたように光を歪ませた。
『街の至るところから聞こえる『祈り』の波長が、歪んでいる……。みんなの意識が、まるで何かに上書きされているみたいに……』
その時、トントン、と事務所の扉がノックされた。
入ってきたのは、情報屋として手伝ってくれている元ヤクザの青年・リンだった。
しかし、彼の様子は明らかに異常だった。
「リン君? 今朝の巡回報告ですか?」
「………………」
リンは返事をしない。その瞳には光がなく、まるで人形のように虚ろだった。
そして、彼は無言のまま懐から一本の鋭利なサバイバルナイフを取り出すと、ゆっくりと由美に向かって構えた。
「リン君……?」
神様が息をのむ。
「……桃西由美……邪神の使徒……排除せよ……」
感情の欠落した、うわ言のような声。
次の瞬間、リンは野獣のような叫び声を上げながら、由美めがけて飛びかかってきた。
「——チッ」
由美は足元を一歩引くだけでナイフの軌道をかわすと、すれ違いざまにリンの手首を正確に叩き、ナイフを床に落とさせた。
そのまま彼の腕を捻り上げ、関節を固定して床に伏せさせる。
「がっ……あ……!」
「リン君、正気に戻りなさい」
由美が冷たく声をかけるが、リンの瞳には正気が戻らない。それどころか、関節が折れかねない強さで暴れ続け、由美に噛み付こうとさえしてきた。
『な、なにが起きているんだい!? リン君がどうして桃西さんを……!?』
「精神干渉、あるいは強固な洗脳です」
由美はリンの首筋にある脈拍と瞳孔の収縮を素早く確認し、溜息をついた。
「瞳孔が散大し、痛覚麻痺と特定の行動原理が外部から書き込まれています。重度の精神汚染ですね」
その時――事務所の外から、地鳴りのような群衆の足音が近づいてきた。
ドカドカドカッ!
窓ガラス越しに見えたのは、凄まじい光景だった。
近所のパン屋の主人、八百屋のおばさん、警備隊の男たち、果ては子供まで――街の住民数百人が、リンと同じ虚ろな瞳をして、手に手に農具や包丁、鉄パイプを持ち、事務所を隙間なく包囲していたのだ。
「出てこい! 邪神の悪魔め!」
「勇者様のお言葉だ! あの女と偽りの神を殺せ!」
狂乱した民衆の怒号が、事務所の建物を激しく揺らす。
『街のみんなが……僕たちの敵になっちゃった……!?』
神様は絶望に光を明滅させた。
『高位神は約束を守ったはずなのに、どうして……!?』
「高位神『直接の介入』は止まりました。ですが、彼らが下界に配置していた『地上組織(邪教集団)』と、あらかじめ召喚されていた刺客までは止まっていなかったということです」
由美は冷静に分析し、リンの首筋に軽いショックを与えて失神させると、静かに立ち上がった。
「天界からのバックアップを失った邪教徒どもが、最終兵器を投入したのでしょう。『洗脳・魅了』の広域チートスキルを持つ刺客――自称『勇者』とやらを」
ドガンッ!
事務所の頑丈なドアが、群衆の押し寄せる圧力で激しく軋み始めた。
窓ガラスにはひびが入り、今にも狂乱した住民たちが雪崩れ込んできそうだ。
『どうしよう桃西さん……っ! 相手は街の住民たちだ! 東城組や西清会みたいな悪党じゃない! 殺すわけにはいかないよ……!』
神様が悲鳴を上げる。
そう、これこそが敵の狙いだった。
冷徹な暗殺者である由美に対し、「洗脳された無辜の市民」を肉の壁として突撃させる。殺せば街の英雄から一転して「ただの殺人鬼」に堕ち、殺さなければ押し潰される。完璧な詰み盤面。
だが――。
由美の表情に、焦りの色は微塵もなかった。
「神様。私の仕事を何だと思っているのですか?」
彼女はデスクの引き出しから、いつもの黒いグロック……ではなく、大きめの特殊ケースを取り出した。
「私はプロの治安維持要員です。状況に応じた『非致死性兵器』の運用など、基本中の基本ですよ」
ケースの中から取り出されたのは、大型の催涙スプレー缶、特殊音響弾、そして高濃度の催眠ガス弾だった。
「これより、オフィスからの撤退および、暴徒化した市民の『傷をつけない無力化作業』を開始します」
パンッ! ガンッ!
事務所のドアと窓が破壊され、洗脳された住民たちが雪崩れ込んできた。
「悪魔を殺せぇっ!」
だが、彼らが踏み込んだ瞬間――。
キィィィィィィンッ!!!!
室内に、人間の鼓膜を直接叩き割るような爆音と、太陽のごとき閃光が弾けた。
特殊音響弾の炸裂である。
「ぐあぁっ!? 目が、耳がっ!?」
先頭の男たちが悲鳴を上げて崩れ落ちる。
間髪入れず、由美は足元へ高濃度の催眠ガス弾を投擲。室内にモコモコと白い煙が立ち込め、吸い込んだ住民たちが次々と白目を剥いて倒れていった。
「神様、天井の換気扇ダクトを通って屋根へ脱出します。私の首にしがみついて(気配を縮めて)ください」
『は、はいっ!』
由美は倒れる人々を巧みに踏み台にしながら、一切の無駄のない動作で天井のキャットウォークへ飛び移った。
背後では、なおも後続の住民たちが煙の中に突入してくるが、ガスと音響弾によってパニックに陥り、身動きが取れなくなっている。
ガバッ! と屋根のハッチを開け、由美は清々しい秋空の下へと飛び出した。
屋根の上から街を見下ろすと、そこは惨状だった。
広場を中心に、紫色の不気味な魔法陣が街全体を覆うように輝いており、住民たちが操り人形のように事務所を目指して行進してきている。
そして、広場の中央――豪華な台座の上に立つ一人の男の姿があった。
金髪に華美な甲冑を纏い、背中に巨大な聖剣を担いだ青年。
彼こそが、高位神の邪教団が解き放った最終刺客――『魅了の勇者』ガルシアだった。
「フハハハ! 見よ、この美しき僕たちの行進を!」
ガルシアは高らかに笑い、広場でひれ伏す市民たちの頭を撫でた。
「僕のスキル【絶対魅了】の前には、人間の心など容易く書き換えられる! あの生意気な暗殺者OLも、街の住民全員を敵に回しては何もできまい! さあ、追い詰めて僕の足元にひざまずかせてやるぞ!」
屋根の上で、その光景を冷ややかな目で見下ろす由美。
『ひどい……街のみんなの心を踏みにじるなんて……!』
神様が怒りと悲しみで光を強く明滅させる。
「怒る必要はありません、神様」
由美はジャケットのシワをサッと伸ばし、胸ポケットからボールペンを取り出した。
「市民を殺さずに救出し、元凶である『魅了の発生源』を特定する。……非常に明確で、やりがいのある業務課題です」
由美の瞳に、獲物を定める冷酷なプロの光が宿る。
「あの自称『勇者』……我が事務所の平穏なオフィスワークを妨害した罪、重く清算していただきましょう」
孤立無援の街で、由美と神様の新たな反撃の火蓋が切って落とされた。
第6話をお読みいただきありがとうございました!
天界との協定で安心したのも束の間、地上の邪教徒と「魅了の勇者」による卑劣な人質戦術。
市民を肉の壁にされたピンチにも一切動じず、催涙ガスや音響弾で傷一つつけずに回避・脱出してみせた由美さんでした。
次回、第7話「洗脳解除の処方箋」では、街全体を覆う絶対魅了のチートスキルに対し、由美さんが論理と科学の「処方箋」をもって真っ向から立ち向かいます! ぜひご期待ください。




