シーズン2第4話:二体目の刺客、不可視の刃
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第4話は、完全不可視と気配遮断のチートスキルを持つ第二の刺客『影のヴォルク』との対決です。
「姿が見えない」「気配がない」という圧倒的優位に立つ刺客に対し、由美さんがどのような科学的・物理的アプローチで追い詰めていくのか。ぜひお楽しみください!
高位神『裁きの天神』による不気味な通信が途絶えてから、丸二日が経過した。
桃園治安維持事務所は一見すると普段通りの穏やかさを取り戻していたが、室内の空気感は僅かに変化していた。
桃西由美はデスクにノートパソコンを広げ、何事かを淡々と入力している。その横には、市販の小麦粉の袋と、いくつかの小型センサー機器が整然と並べられていた。
『ねぇ桃西さん……それ、何をしているの?』
神様が心配そうに光の束を揺らしながら尋ねる。
「迎撃の準備です。前回の刺客を排除した以上、次の相手は『通常の手法』が通用しない能力者である可能性が極めて高い。どのような異能が来ても即座に対処できるよう、空間の環境データをアップデートしています」
「通常の手法が通用しない」――その言葉の通りだった。
まさにその瞬間。
音もなく、気配もなく、ドアノブが動くこともなく、事務所の「空気」が不自然に歪んだ。
(……足音が一切しない。さらに、熱源反応も皆無)
由美はキーボードを叩く手を止めないまま、視線だけを僅かに動かした。
普通なら誰も気づかない。人の気配はおろか、呼吸音、衣服が擦れる音、果ては心臓の鼓動一つすら外界に漏れていない。
『ひっ……!?』
感性の鋭い神様が、本能的な恐怖に光を収縮させた。
『桃西さん、いる! そこに何か……目に見えない「何か」が侵入してきてる!』
「静かに、神様。取り乱すと位置を特定されます」
由美は淡々と呟き、そっとペンを置いた。
影の中から、あるいは空気の隙間から現れたのは――「透明な殺意」だった。
姿はまったく見えない。だが、確実に誰かがそこに立ち、二人を見下ろしている。
(フハハハ……バカめ。気づいてすらいないな)
不可視の空間で、刺客――『影のヴォルク』は歪んだ笑みを浮かべていた。
彼に与えられたチートスキルは【絶対遮断(スalth・オメガ)】。
光の反射、熱の放出、音の伝播、魔力や気配の感知に至るまで、自身の存在に関わるあらゆる情報を世界から「遮断」する最強の隠密能力。
どれほど鋭い五感を持とうと、どれほど強力な探知魔法を使おうと、自分を捉えることは不可能なはずだった。
(まずはあの女の首を跳ね、次にあのポンコツ神を消し去る……!)
ヴォルクは音もなく特殊な短剣を抜き放ち、由美の背後へと忍び寄った。距離にしてわずか二メートル。
だが。
「エアコンの風量が、予定値より0.3%低下しましたね」
由美がボソリと呟いた。
(……あ?)
ヴォルクが怪しむ間もなく、由美はデスクの上に置かれていた小麦粉の袋を掴むと、一切の躊躇なく後方へとぶちまけた。
パァン! と白煙が舞い散る。
「なっ――!?」
ヴォルクは驚愕した。
舞い散った白い粉末が、空間の「何もない場所」に人間一人分のシルエットを描き出したからだ。
【絶対遮断】は光や音を消し去るが、物理的な物体が皮膚や服に付着することまで防ぐわけではない。
「なるほど。『完全不可視』および『気配遮断』ですか。非常に強力ですが、ずいぶんと大雑把な物理法則の解釈ですね」
由美は椅子から立ち上がり、冷たい瞳で粉まみれの「人型の輪郭」を見据えた。
「くっ……! 賢しい真似を! だが姿がうっすら見えたところで、俺の動きに追いつけるか!」
ヴォルクは速攻に切り替え、短剣を構えて由美の喉元へ突き出した。
姿が粉で可視化されたとはいえ、圧倒的な身体能力による不可視の高速突き。人間の反応速度を超える一撃のはずだった。
しかし――。
カキンッ!
甲高い金属音が室内に響き渡る。
由美は手にした頑丈なスチール製の文鎮で、正確に短剣の刃先を弾き返していた。
「な……!? なぜだ! 光を遮断しているはずだぞ! 動きが見えるはずがない!」
「見えてはいませんよ。予測しているのです」
由美は間髪入れず、サイドデスクの引き出しから取り出した小型のサーモグラフィ(熱画像カメラ)を構えた。
「あなたの体温は遮断できても、あなたが吸い込み、吐き出した『呼気』によって温められた室内の空気までは遮断できていません。あなたが呼吸をするたび、空間の熱分布に極小の変調が生じます」
由美の脳内では、すでに完璧な弾道計算が完了していた。
「さらに、どれほど気配を消そうとも、あなたには『質量』がある。体重約七十キロの人間が床を踏みしめれば、フローリングの木材が僅かに沈み込み、気流が変化する。物理現象として存在する以上、隠し通せる情報などありません」
「バ、化物め……!」
ヴォルクは冷や汗を流し、距離を取ろうとバックステップを踏んだ。
だが、由美はその隙を一切与えない。
「隠密スキルの恐ろしさは『存在を悟られないこと』にあります。ひとたび位置を特定され、物理的な接触面を割り出された隠密など――ただの『目隠しをした無防備な標的』でしかありません」
踏み込む一歩。
由美はヴォルクの胸元へ一瞬で肉薄すると、手にしていたスタンガン(業務用の高電圧モデル)を、小麦粉によって描かれた胸部の中心へ容赦なく突き立てた。
バチバチバチバチッ!!!!
「ガ、アアアアアアアアアアアッ!?」
超高電圧の電流が、ヴォルクの全身を駆け駆け巡る。
強力なチートスキルも、神経系を直接焼き切る物理的な電流までは遮断できない。
白目を剥き、崩れ落ちるヴォルク。
【絶対遮断】のスキルが解除され、床に倒れ伏す彼の泥臭い姿が完全に可視化された。
「……ふぅ。掃除が大変そうですね」
由美は散らばった小麦粉を見渡し、小さく息を吐いた。
『た、たった三分で……完全に姿を消せる刺客を倒しちゃった……』
神様は口をぐうの音も出ないほど開け、呆然と倒れた刺客を見つめていた。
「神様、警察への通報準備と、高位神界への業務妨害に関する抗議文書を作成してください。今回は実害(小麦粉の消費と床の汚れ)が発生していますから、賠償請求の項目も追加しておきましょう」
「は、はいっ! すぐやります!」
冷徹なプロの暗殺技術と物理ロジックの前に、第二の刺客もまた、あっけなく散るのであった。
第4話をお読みいただきありがとうございました!
どれほど強力な隠密スキルであっても、「質量が存在し、呼吸をしている以上、周囲の環境に影響を与える」という現実的なロジックで一蹴した由美さんでした。
次回、第5話「反撃のロジック」では、度重なる刺客の送還に対し、ついに由美さんが受動的な防衛から「能動的な反撃」へと舵を切ります。神々のルールそのものを揺るがす彼女の次なる一手とは……!?




