シーズン2第1話:平和な街と異物
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いよいよ『シーズン2』がスタートします!
平和を取り戻した街で送る由美さんと神様の穏やかな日常と、そこに突如として現れた「高位神の刺客」。
チート能力「超回復」を持つ異世界の狂気に対し、我らが暗殺者OLがどう立ち向かうのか……新たな戦いをぜひお楽しみください!
午前八時四十五分。
スラム街と商業地区の境界線に位置するレンガ造りの小さなオフィスで、桃西由美は愛用のステンレスボトルのキャップを開け、紙コップに湯気の立つインスタントコーヒーを注いでいた。
ピシッとシワひとつない黒のパンツスーツに、白のブラウス。胸ポケットにはツイスター式のボールペン。
かつてこの街を恐怖で塗り替えた「黒い死神」の面影は、今や丁寧な所作でデスクワークに勤しむ一人の「優秀な事務員」のそれだった。
「――神様。本日のスケジュールと、各地区の治安維持レポートの取りまとめが完了しました」
『う〜ん、相変わらず素晴らしい手際だね、桃西さん!』
天井近くの空間で、形なき光の気配が楽しそうに揺れた。
『東城組も西清会もなくなってから、もうすぐ三ヶ月。街の市場には新鮮な野菜が並ぶようになったし、子供たちも夜に一人で歩けるようになった。君が作ってくれたこの平和は、本当に本物だよ』
「平和、というよりは『正常な運用の継続』です」
由美はコーヒーを一口含み、デスクの上の書類を綺麗に揃えた。
「暴力という名の過剰な摩擦係数が消えたことで、流通と経済が正常化したに過ぎません。ですが、油断は禁物です。人間が集まる以上、軽微なトラブルや犯罪の芽は常に発生します。我が『桃園治安維持事務所』の仕事は、それらが巨大な火種になる前に摘み取ることですから」
『ふふ、相変わらず堅物なんだから。でも、本当によかった……君が消えずに、こうして僕の側にいてくれて』
神様の声には、心からの温かさが籠もっていた。
数ヶ月前、すべての仕事を終えて消滅しかけた神様を、由美はその圧倒的な執念と「契約の継続」という理屈で繋ぎ止めた。
今や二人は、この街の平和を裏から支える、切っても切れない「社長と社員」であり、「共犯者」だった。
トントン、とノックの音が聞こえ、事務所の扉が開く。
入ってきたのは、かつて東城組の下っ端だった若い男・リンだった。今では改心し、由美たちの事務所で街の情報屋兼雑用係として働いている。
「桃西さん、神様、おはようございます! 今朝の南地区の巡回、異常なしです! あ、それとパン屋のおばちゃんから『いつものお礼』って、焼き立てのクロワッサン預かってきました!」
「ご苦労様です、リン君。クロワッサンは給湯室の皿に移しておいてください。十時と十五時の休憩時にいただきます」
「はいっ!」
元ヤクザの青年が、嬉しそうに頷いて奥へ引っ込む。
どこまでも平和で、穏やかな朝の光景。
誰もが、この平穏がずっと続いていくものだと信じて疑わなかった。
――その「異物」が、街の喉元を切り裂くまでは。
異変が起きたのは、太陽が正午に差し掛かろうとしていた時刻だった。
『……ん?』
デスクで書類を精査していた由美の頭上で、神様が不意に小さな声を漏らした。
『なんだろう……この感じ。すごく冷たくて、嫌な感じがする……。この街のものじゃない……もっと高次元の、不躾な気配が……』
由美はすぐさまペンを置き、視線を鋭くさせた。
「神様。異常事態ですか?」
『わからない……でも、東地区の広場あたりで、空間の波長が歪んでいる! 誰かが外から……異世界から、何かを無理やり降ろし(召喚し)たみたいな……!』
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、事務所の扉が勢いよく弾け飛んだ。
バンッ!
「も、桃西さん……っ! 神様……っ!」
飛び込んできたのは、血まみれになったリンだった。
肩から腹部にかけて、まるで猛獣に引き裂かれたかのような凄まじい斬創が刻まれており、床に大量の血が溢れ出す。
「リン君!?」
神様が悲鳴を上げる。由美は一切の躊躇なくデスクを飛び越え、倒れ込むリンの体を抱きかかえると、手際よく圧迫止血を施した。
「リン君、落ち着いて息を吸いなさい。何があったのですか」
「あ、あくま……悪魔だ……っ」
リンは恐怖で歯をガチガチと鳴らしながら、血のついた指で外を指さした。
「東の広場に……急に、光と一緒に『男』が現れて……。通りかかった警備の奴らを、笑いながら……手で……手刀で切り刻んで……っ! 『なんだこのぬるい世界は! 殺し放題じゃないか!』って……!」
理由なき暴力。
理不尽な殺戮。
この街が過去に置き去ってきたはずの狂気が、再び一瞬にして街を飲み込もうとしていた。
「リン君、そのまま動かないでください。タオルで傷口を強く押さえておくように」
由美は立ち上がると、迷いなくデスクの引き出しを開けた。
黒のホルスターから二丁の『グロック17』を取り出し、マガジンが充填されていることをカチリと音を立てて確認する。さらに、ジャケットの裏ポケットに予備マガジンとワイヤー、特殊ナイフを滑り込ませた。
『桃西さん……!』
「出動します、神様」
由美の瞳から、日常の柔らかな温もりが完全に消え去っていた。
そこに鎮座するのは、かつて東西の暴力を一人で潰し尽くした、冷徹極まりない「プロの掃除屋」の光だった。
「我が事務所の管轄内で、不法な不法投棄(殺戮)を行う害虫が現れました。……ただちに駆除します」
東地区の広場は、惨劇の舞台と化していた。
鮮血が石畳を赤く染め上げ、数分の前まで賑わっていた市場の露店が破壊されている。
その中央で、返り血を全身に浴びながら、けたたましい高笑いを上げている男がいた。
ボロ切れのような革鎧を纏った、痩せ型で背の高い男。
その瞳は濁りきり、凶器のような爪を血で濡らしている。
「ハハハハハッ! 最高だ! 最高だぞぇ! あのお方(高位神)は言っていた……『この街で好きに暴れろ、邪魔な女とポンコツ神を殺せば、お前をこの世界の王にしてやる』となぁ!」
男の名は、ライル。
元の世界で数百人を惨殺し、高位神によって「超回復」のチートスキルを与えられて異世界から送り込まれた、本物の「狂気の刺客」だった。
「さあ、次は誰を切り刻んでやろうかぇ――」
ライルが次の獲物を探して振り返った、その瞬間。
チュン、チュンッ!
サプレッサー(消音器)を通した乾いた射撃音が二回。
ライルの両膝の皿が、寸分の狂いもなく正確に撃ち抜かれた。
「グアッ……!?」
激痛とともに地面にひざまずくライル。
煙が立ち込める崩れた露店の影から、静かな足音とともに、黒スーツの女が歩み出てきた。
桃西由美。
「街の景観および環境を著しく汚損する行為を確認。……桃園治安維持事務所の規約に基づき、あなたを排除します」
由美の冷ややかな銃口が、まっすぐに男の額へと向けられた。
しかし――ライルは痛みに顔を歪めながらも、ニヤリと気味の悪い笑みを浮かべた。
「ヒヒッ……銃か? そんなものが、この俺に効くかよぉっ!」
直後、由美の目の前で「異常」が起きた。
撃ち抜かれたはずのライルの両膝から、赤黒い触手のような肉芽が凄まじい勢いで噴き出し、一瞬にして骨と筋肉を再構築したのだ。
ほんの二秒。傷跡すら残さず、ライルは何事もなかったかのように立ち上がった。
『な……なに!?』
上空の神様が悲鳴のような声を上げる。
『傷が一瞬で塞がった……!? あれは……普通の人間じゃない! 高位の神から強い『権能』を与えられているんだ!』
「ヒハハハハッ! 見ただろぇ!? 俺様は『超回復』の加護を賜った不死身の存在だ! 首を斬られようが、心臓を穿たれようが、一瞬で元通りになるんだよぉっ!」
ライルは狂喜に満ちた顔で地面を蹴り、人間離れした速度で由美へと肉薄した。
鋭利な爪が、由美の首元を切り裂かんと迫る。
だが――。
由美の表情は、一片の揺らぎすら見せなかった。
驚きも、恐怖も、焦りもない。
ただ、目の前で起きた「超回復」という超自然現象のパラメータを、頭の中で冷徹に計算・分析するだけの瞳。
シーズン2の第1話をお読みいただきありがとうございました!
異世界の理不尽なチート能力「超回復」を目の当たりにしても、まったく動じずに「検証を開始します」と冷徹に分析する由美さん。
次回、第2話「チート殺し(物理)」では、プロの現実的な暗殺技術とロジックでチート能力者を追い詰めていきます!




