第10話:定時退社と、明日からの業務
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ポンコツ神様と暗殺者OLの物語もついに最終話となりました!
東西の抗争を駆け抜けた二人を待つ結末と、朝焼けの中で交わされる最後の契約。
ぜひ最後までお楽しみください!
雨は上がっていた。
昨夜の激闘が嘘のように、東の空から差し込む朝焼けの光が、濡れた街並みを優しく橙色に染め上げていく。
中央広場に転がっていた大量の破片や銃弾の痕はそのままだったが、そこにはもう、人を脅かす狂気も、血に飢えた怒号も存在しなかった。
『東城組』も『西清会』も、その首魁から主要幹部に至るまで、暴力の根幹を担っていた者たちはすべて一夜にして沈黙した。
街を長年覆っていた巨大な病巣は、たった一人の女――桃西由美という「掃除屋」の手によって、完全に切除されたのだ。
壊れた給水塔の上。
朝風に黒髪をなびかせながら、由美は静かに手帳を開いていた。
ぺんで最後のチェックボックスに『レ』点を書き込む。
『全業務、完了』
その文字を確かめると、彼女はふぅと小さく、本当に小さく息を吐いた。
「……お疲れ様でした、神様。これでご依頼いただいた『街の掃除』は、すべて工程通りに終了しました」
私の気配に向かって、由美は丁寧に一礼した。
『……ありがとう、桃西さん。本当に……君のおかげだよ』
私の声は、どこか途切れ途切れで、透き通るように薄くなっていた。
由美はその異変に気づき、微かに眉をひそめた。
「……神様? あなたの気配が、急速に薄くなっています。昨夜の無理が祟ったのですか?」
『はは……まあ、それもあるけれどね』
私は朝焼けの光が差し込む街を見下ろしながら、穏やかな声で答えた。
『僕はね、元々人間の祈りや未練が集まってできた、弱小な現象の残りカスなんだ。この街を縛っていた『東と西の暴力』が無くなり、僕自身が抱えていた『この街を救いたい』という執着が果たされた今……僕の存在理由そのものが消えつつあるんだよ』
由美の手が、ピタリと止まった。
『君が完璧に仕事をこなしてくれたから、僕はもう安心して消えることができる。あの日、祠の前で祈っていた小さな女の子に、ようやく胸を張って『街は平和になったよ』って報告できるんだ』
消滅は、恐怖ではなかった。
何百年もの間、泥沼の惨劇を見守り続けることしかできなかったポンコツな自分にとって、これは最高の救いであり、ハッピーエンドだった。
『……君を異世界に巻き込んでしまって、本当にごめんね。でも、君と出会えて良かった。君は最高のパートナーだったよ、桃西さん』
私の身体(気配)が、朝日の中に光の粒子となって解け始めていく。
だが――。
「……勝手なことを言わないでください」
静かな、しかし凛とした声が、風を切り裂いた。
見上げると、由美がいつもの冷徹な無表情……ではなく、少し呆れたような、けれどどこか強い意志を秘めた瞳で私を見つめていた。
『え……?』
「私が提出した仕様書と業務計画を、もう一度よくお読みください」
由美は手帳をパラパラとめくり、一枚のページを指で叩いた。
「私の仕事は『掃除』だけではありません。『掃除した後の環境整備および定常運用の監視』までが、一連のプロジェクトに含まれています」
『環境整備と……運用監視……?』
「当然でしょう。害虫を駆除しても、その後に清掃を行わず放置すれば、再び新しい害虫が湧くだけです。この街に新しい暴力の芽が生まれないよう、管理する存在が必要です」
由美は胸ポケットからペンを抜くと、空中――私の消えかかっている光の粒子へ向けて、サッと線を引くような仕草をした。
「それに、今回のプロジェクトの契約期間は『定時退社まで』です。ですが、私にはまだ残業手当も、報酬も支払われていません」
『えっ……!? でも僕には、君に払えるような金目や宝石なんて……』
「金品など不要です。私の報酬は――『雇用主が存続すること』です」
瞬間、由美の指先から、彼女の精神力が異質な波長となって私へと流れ込んできた。
それは、世界を救う聖なる祈りなどではない。
『与えられた役割を完遂し、契約を維持する』という、彼女の執念にも似た強烈なプロ意識のエネルギーだった。
解けかけていた私の光の粒子が、強固に繋ぎ止められていく。
『うわ、うわわっ!? 消えない……!? 僕の存在が再固定されていく……!?』
「当然です。契約違反の消滅など認めません。私の前で勝手に離職(消滅)しようなど、100年早いですよ、ポンコツ神様」
由美はフッと、悪戯っぽく微笑んだ。
神様である私が彼女を助けたのではない。
すべてを失い、壊れていた暗殺者の彼女が、今度はその執念で、消えゆく私をこの世界に繋ぎ止めたのだ。
数ヶ月後。
街の様子は、劇的に変わり始めていた。
東城組も西清会もなくなった街には、少しずつ穏やかな日常が戻り、市場には活気があふれ、子供たちの弾んだ笑い声が路地に響くようになっていた。
あの少女が何百年も前に祈った『みんなで笑い合える明日』が、泥と硝煙の跡地に、確かに芽吹き始めていた。
そして――スラムの境界線にある、新しく建て直された小さな事務所。
扉には、一枚の新しい真鍮のプレートが掲げられていた。
『桃園治安維持事務所(兼・およろず相談所)』
カチャカチャと、心地よいキーボードの打鍵音と、書類をめくる音が響く。
デスクに座り、ピシッとした新しいスーツ姿で書類をチェックしているのは、相変わらず無表情だがどこかすっきりとした顔立ちの桃西由美だ。
「――神様。南地区の露天商からの相談件数、および治安データの集計が完了しました。暴力の再発兆候はゼロ。順調ですね」
『うん、そうだね! みんなすごく感謝しているよ。……ところで桃西さん、今日の17時で定時だけど、この後はどうするの?』
天井の隅からふわふわと浮きながら問いかける私に、由美は腕時計をチラリと見た。
「今日は定時で上がります。街のパン屋で焼き立てのスコーンを買って、オフィスで紅茶を淹れる予定です」
『いいねぇ! 僕も匂いだけ楽しませてもらうよ』
「ええ、お付き合いください。……さて、明日の業務予定ですが――」
彼女は手帳を開き、新しいページにペンを走らせる。
そこには、かつてのような「殺しのスケジュール」ではなく、この街の人々が穏やかに暮らすための、新しい予定がびっしりと書き込まれていた。
世界を救う奇跡も起こせないポンコツな神様と、すべてを奪われ、最後に新しい居場所を見つけた暗殺者のOL。
二人の「共犯者」による新しい毎日は、今日も静かに、そして暖かく続いていく。
「本日も定時退社いたします。お疲れ様でした、神様」
「うん、お疲れ様、桃西さん。明日もよろしくね!」
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
異世界に呼び出された冷徹な暗殺者・由美と、何もできないポンコツ神様。決して交わるはずのなかった二人が「夜の共犯者」となり、自分たちの手で平和と新しい居場所を掴み取る物語でした。
これまでお付き合いいただいた読者の皆様に、心より感謝申し上げます!
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それでは、また別の物語でお会いしましょう!




