表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/14

第2話 触れられた

一黒い、なにか。


形が、決まらない。


近づいてくるのに、

どこにいるのか分からない。


見ているのに、

ちゃんと見えない。


(……来ないで)


こわいのに、動けない。


手をのばした先で、

なにかが揺れた。


触れたはずなのに、

つかめない。


つかめないのに、


たしかに一


一触れた。


ハルは、はっと目を開けた。


息が、少し浅い。


見慣れた天井。

やわらかい朝の光。

いつもの、自分の部屋。


(……ゆめ?)


分からない。


でも、なにかが残っている。


胸の奥が、少しだけ重い。


終わったはずなのに、

終わっていない気がした。


(……いきてる?)


体を動かす。


痛い。


でも、動く。


夢じゃない。


森も、

黒いなにかも、

消えそうだった女の子も、


ほんとうにあった。


そして一


(……触れられた)


思い出した瞬間、胸の奥がきゅっとなる。


なにかが、残っている。


ハルは、そっと服をめくった。


胸のところ。


小さなしるし。


氷の花みたいな形。


「……なに、これ」


指で触る。


つめたい、とは少し違う。


温度がないのに、

ひやっとする。


変わっていない感じがした。


(これ……さっきの……?)


夢のはずなのに。


ここにある。


それだけで、少しこわかった。


ハルは、ゆっくり起き上がった。


少しだけ、足元がふらつく。


でも、歩ける。


部屋を見回す。


机。

椅子。

窓。

いつもの景色。


何も変わっていないように見える。


でも。


(……ちがう)


なにかだけが、ちがっていた。


「……起きたんですね」


静かな場所で鳴る、銀の鈴のような声がした。


ハルは、ぱっと振り返る。


誰もいない。


「……え?」


次の瞬間。


気づいたときには、すぐ横にリアがいた。


「…………」


音も、気配もなかった。


でも、リアは最初からそこにいたみたいに、

静かに立っている。


灰色がかった銀の髪は肩口で揃えられ、やわらかく揺れている。

頭には白いフリルのカチューシャが添えられ、狼のような耳が自然に伸びていた。


瞳は淡い琥珀色。

光を受けても強く輝くことはなく、どこか眠たげで、感情の波が小さい。


整った顔立ちではあるが、主張は強くない。

ただ、見ていると目を離しにくい、不思議な静けさがあった。


身長は百五十センチほど。

小柄な体躯は、全体の印象をさらに柔らかく見せている。


身に纏っているのは、黒を基調とした給仕服。


白いエプロンが胸元から腰にかけて広がり、規則正しく整えられている。

首元には小さなリボンが結ばれ、過度な装飾はない。


全体として、質素で、実用的。


だが、その整いすぎた印象が、逆に人形のような違和感を与えていた。


背後には、ふわりと広がる尾。


銀色の毛並みは手入れが行き届いており、光を受けてやわらかく反射する。

動きは小さく、存在を誇示することもない。


全体としての印象は、穏やかだった。


だが同時に、どこか“温度が薄い”。


人のようでいて、人ではない。


そこにいるのに、

少しだけ現実からずれているような存在。


それが、リアだった。


「すみません…苦しそうに手を伸ばしていたので」


そう言って握っていた手をゆっくり離した。


「……だいじょうぶですか?」


澄んだ声。


ハルは、少し考えてから言う。


「……ゆめ、みた」


リアは、ほんの少し首をかしげる。


「……そうですか」


それだけ。


少しだけ間があって、


「……怖い夢でしたか?」


さらに、ほんの少しだけ間を置いて、


「……きっと大丈夫です」


そこで、言葉は止まった。


ハルは瞬きをする。


リアにそう言われると何だか夢の事が気にならなくなった。


リアの視線が、すっと動く。


窓の外。


ぴたり、と止まる。


小さな耳が、わずかに伏せられる。


「……へんです」


ハルも、つられて見る。


庭。


朝露にぬれた草。

風に揺れる枝。


いつもの景色。


の、はずだった。


「……あれ?」


白い木。


光を弾く幹。


葉は揺れている。


でも――


形が変わらない。


風はあるのに、

そこだけ触れていない。


影が、動いていない。


(……おかしい)


ハルは、じっと見つめる。


その瞬間。


世界が、少しだけつながらなくなる。


風の音が、途切れる。

光が、ずれる。


ちゃんと続いているはずのものが、

続いていない。


「……これ」


森で感じたのと、似ている気がした。


(……木じゃない)



リアが言う。


「……き、じゃないです」


「……わかるの?」


「……何となくですけど」


すぐに答える。


でも。


「……変な感じです」


それを聞いて何だかもっと近くで見たくなった。


ハルは、部屋を出た。


廊下を抜けて、庭へ向かう。


後ろから、音はしない。


でも。


振り返ると、リアがいる。


さっきより、少し近い。


白い木の前に立つ。


近くで見ると、もっと変だった。


そこにあるのに、

ちゃんとそこにない。


ハルは、ゆっくり手をのばす。


あと少しで届く。


その手が、止まる。


(……さわったら)


さっきの夢の出来事がちらつく。


(……やだ)


理由は分からない。


でも。


さわってはいけない気がした。


さわったら、

何かが始まってしまう気がした。


「……やめたほうがいいです」


すぐ横から声がした。


さっきまで半歩後ろにいたはずなのに、

もう隣にいる。


「なんで?」


「……わかりません」


「わかんないの?」


「……でも、やめたほうがいいです」


静かなまま、言い切る。


ハルは、少しだけ目を丸くする。


(……わかんないのに、わかるんだ)


それが、リアだった。


「ハル様」


後ろから声がした。


ハルは振り返る。


使用人が立っている。


「目が覚めたのですね」


「あ……うん」


いつも通りの顔。

いつも通りの声。


その視線は、ハルだけを見ていた。


ハルは、もう一度見る。


白い木。


ちゃんとある。


でも。


「ねえ」


「あの木、あった?」


ハルは使用人に尋ねた。


使用人は、少しだけ首をかしげた。


「……いつも通りですが」


見えていない。


(……でも、ある)


その横で。


リアが、小さく言った。


「……あります」


ハルが振り向く。


リアは、白い木を見たまま。


「……でも」


ほんの少しだけ、首をかしげる。


「……ここにあるの、おかしいです」


それは、


あるのに、


ちゃんと“ない”みたいだった。


ハルは思う。


(……へんなの)


(……森で見たのと、おなじ)


(……まだ、おわってない)


(……だから、のこってる?)


白い木は、そこにあった。


でも、


ちゃんとそこにある感じがしなかった。


それに気づいているのは、


ハルと、


リアだけだった。

「いつも読んでいただきありがとうございます」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ