表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/14

第1話 出会い、氷は応えた   


少し静かな導入ですが、ここがすべての始まりになります。

ハルは、昔から氷が好きだった。


透き通った結晶は、光を受けて静かに輝く。

朝日が昇ると、その一つ一つが淡く光を返し、まるで宝石のような神秘を見せた。


それは、ただ美しいだけではない。

どこか、心を落ち着かせるものだった。


しかし、

この世界において、氷魔法は最弱とされている。


理由は単純だ。


まず、氷は“水”がなければ成立しない。

空気中の水分を利用することもできるが、量が足りず、安定しない。


戦闘中に確実に水を用意できる状況は少なく、条件に大きく左右される。


次に、発動が遅い。


火や雷のように瞬間的に現象を起こすのではなく、熱を奪い、状態を変化させる工程が必要になる。


その“時間”が、戦闘において致命的な隙になる。


さらに、出力が低い。


火は燃え広がり、雷は一撃で貫く。

それに対して氷は、形を作り、維持し続ける魔法だ。


爆発的な威力に欠ける。


そして何より


結果が分かりづらい。


派手さがない。

一撃で決着がつかない。


評価されにくい。


だから、この世界では氷は弱いとされている


ハルは今日も、魔法の鍛錬場で一人、氷魔法の練習をしていた。


魔力を紡ぐことはできる。

だが、形になる直前で、必ず霧散する。


火も、雷も、風も、水も。


どれも同じだった。


それでも――氷だけは違う。


かろうじて、形になる。


だが、それも長くは保てない。


ハルの魔力量では、維持し続けるのは難しかった。


(……やっぱり、消費が重い)


魔力量は、生まれつき備わっているものとされている。

だが同時に、限界まで使い切ることで、わずかに増えていくとも言われていた。


(限界って、どのくらいだろう?)


そんなことを考えていると——


身体に、じわりと倦怠感が広がる。

魔力を使いすぎたとき特有の、重さだった。


それでも、ハルは視線を落とさない。

(このくらい頑張れば、いいのかな?)


消えかける氷を、じっと見つめ続ける。


「氷は作れるけど……これじゃ、戦えない」


小さく、呟いた。


ハルは続けて、身体強化の魔法を紡いでみる。


魔力は流れている。

発動している感覚もある。


それでも――


何も変わらない。


筋力も、俊敏さも。

体の軽さすら、感じられなかった。


(……変わってない)


違和感だけが残る。


(これじゃ、強化できてないのと同じだ)


ハルは小さくため息をつき、周囲に視線を向けた。


訓練場では、他の子どもたちが思い思いに魔法を紡いでいる。

炎を灯し、雷を走らせ、風を操り、水を撃つ。


放たれた魔法は、正確に的へと当たっていった。


それは、当たり前の光景だった。


けれど…


ハルにはできない。


その光景が、少しだけ眩しかった。


(……いいな)


胸の奥で、小さく呟く。


(僕も、あんなふうに使えたら……きっと、楽しいんだろうな)


「おい、ハルじゃん」


軽い声が、背後から聞こえた。


振り返る。


マークだった。


無造作に跳ねた茶色の髪が、光を受けてやわらかく揺れている。

手入れされているというより、整える必要がないとでも言うような自然な乱れ方だった。


瞳は薄い赤寄りの橙。

内側から灯るように輝いている。

その視線は鋭いというより、どこか軽く、相手を試すような色を帯びていた。


口元には、わずかに浮かぶ笑み。

楽しんでいるようでいて、明確な余裕がある。

それは努力の裏付けではなく、生まれついた才能に裏打ちされたものだった。


身に纏っているのは、黒を基調とした軽装の戦装束。


同級生の中でも、魔法の扱いが上手い。

特に火属性は、頭ひとつ抜けている。


右手には、小さな炎。

掌の上で揺れるそれは、暴れることもなく、ただそこに在る。

まるで意思を持つかのように、彼の指の動きに合わせて形を変えていた。


そして左手の人差し指が、こめかみに軽く当てられている。

考えている仕草のようでいて、実際には何も考えていないような、軽薄さすら感じさせる動きだった。


全体としての印象は、軽い。


だが、その軽さの奥にあるのは、明確な“格の違い”。


同年代であれば誰もが理解する。


――こいつは、強い。


しかも、それを当たり前だと思っている。


「また一人でやってんのか?」

「使えない氷魔法の練習?」


笑い混じりの声。


ハルは、ほんの一瞬だけ目を伏せる。


(……帰りたい)


「……うん」


それだけしか、出なかった。


「やっぱりな」


マークが笑う。


「お前みたいなのには、氷がお似合いだよ」


次の瞬間。


足元に、小さな火球が落ちた。


ぱち、と音を立てて弾ける。


「これが魔法だ」


マークは言う。


「お前のは――魔法ですらない」


くすりと、笑う。


周りも、誰も何も言わない。


止める者はいなかった。


(……悔しい)


そう思う。


でも。


(……言い返せない)


言葉が、出てこない。


ハルは、ただ立っていることしかできなかった。


気づけば。


そこに、自分の居場所はなかった。


いつの間にか、完全に一人になっていた。


ハルは、唇を強く噛みしめる。


こみ上げてくるものを押し殺すように、その場から走り出した。


(……くそ)


奥歯を噛む。


胸の奥が、じわりと熱い。


けれど、そのまま鍛錬場を振り返ることはなかった。


もう、今日は魔法の練習をする気にはなれなかった。


夕暮れ。


鍛錬場を離れ、森の手前で足を止めたとき――


それは、空から落ちてきた。


ひとひらの、氷。


花びらの形をしていた。


歪みがない。

触れても溶けない。


冷たさだけを残して、ただその形を保ち続けている。


「……違う」


思わず、声が漏れる。


「僕が知っている氷と、違う」


なぜ崩れないのか。

なぜ、この形で在り続けられるのか。


目が離せない。


次の瞬間。


花びらが、ふわりと浮いた。


風は、ない。


それでも、一定の動きのまま、ゆっくりと森の奥へと進んでいく。


まるで、誘うように。


「……なんだろう」


足が、わずかに前へ出る。


「すごく、気になる」


ハルはただ、それを追った。


森の奥へ進むほど、音は消え、空気は薄くなった。


そこには、見たこともない絶景が広がっていた。

淡い金色の、氷の花びらが舞っている。けれどそれは、触れる前に氷の花びらとなる。


「すごい! 綺麗!」


感嘆するハルの視界に、一人の少女が飛び込んできた。


「ん? 子供……?」


少女の長い髪が揺れている。

風はないのに、彼女の色ははっきりせず、輪郭が水面のように揺らいでいた。


「なんだか、揺れてるような……」


同時に、ハルの本能が告げた。

このままでは、彼女は消えてしまう。


少女の足元で、形を持たない「黒い揺らぎ」が彼女に触れられる時を待っているようだった。


「なんだろう、あの黒いモヤモヤしたのは?」


ハルは逃げなかった。

ただ、見続けた。


崩れかけている彼女の存在を、視線で繋ぎ止めるように。


「消えないで!!」


変わることを拒み、揺らぎを否定する。


それは本来、観測している間のみ成立するはずの現象だった。

だがこのときだけは違った。


その瞬間、音が消え、光が止まった。


少女の輪郭が、鮮明に定まる。

黒い揺らぎは彼女に届く直前、見えない壁に拒絶されたように静止した。


ハルは手を伸ばし、彼女に触れた。


少女の身体が震え、その存在が世界に固定される。

瞳がゆっくりと開いた。


「……だれ……」


とても澄んだ声だった。


「……ハル」


自分でも驚くほど、自然に名前が出ていた。


少女が、ハルの手を握り返す。


「……さわれる……私……いる……?」


ハルは頷いた。


「君はここにいるよ」と言おうとした、その瞬間。


静止した世界を裂いて、異物が入り込んだ。


音が歪み、大きな狼のような「黒い揺らぎ」が襲いかかる。


「な……ん……」


視線は外せない。

外せば、彼女が崩れてしまう。

何故だかハルはそう思った。


衝撃が走った。

身体が弾かれ、血が噴き出す。


それでも、ハルは視線を外さなかった。

見続けなければならないと、魂が叫んでいた。

無意識の中


死を拒み、その瞬間のまま固定する。


「――!!」


誰かの呼ぶ声を聞きながら、ハルの意識は深い闇へと沈んでいった



気がつくと、ハルは屋敷のベッドの上にいた。


誰かに運ばれたようだが、その過程の記憶は抜け落ちている。


「あれは、夢だったのかな……?」


ふと、胸に違和感を感じて服を捲り上げた。


「なんだ、これ」


そこには、小さな氷の花のような、不思議な痣が刻まれていた。



ここから物語は大きく動いていきますので、よろしければ引き続き見守っていただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ