第11話「迷い」
最近、ハルは練習場に行っていなかった。
行こうと思えば、行ける。
けれど、足が向かない。
理由は、はっきりしていた。
怖いのだ。
あの場所に立つと、周りの視線を思い出す。
できない自分。
笑われた声。
言い返せなかった感覚。
それらが、静かに蘇る。
気づかないうちに。
あの場所は、“鍛錬する場所”ではなくなっていた。
家族からは、魔術の家庭教師を雇った方がいいと言われている。
けれど、それも気が進まなかった。
(皆んなと同じようにやっても、できない)
理由は分からない。
ただ、合っていないという感覚だけが残る。
だから、ハルは一人で鍛錬していた。
場所は、自宅の裏山。
昔はここで鍛錬をしていた人もいたらしいが、今は皆、整備された練習場へ向かう。
ここを使う者は、ほとんどいない。
屋敷の裏手。
手入れの行き届いた庭園を抜け、緩やかな斜面を数分ほど登る。
その先にある。
そこは、円形にぽっかりと開けた場所だった。
かつて薪を切り出すために拓かれたのか。
あるいは、古い建物の跡地なのか。
理由は分からない。
ただ、不自然なほど整った空間が、そこに残されている。
さらに、この一帯は雷家の所有地でもある。
許可なく入れる者はいない。
訪れるのは、限られた者だけだ。
(……今まで、リア以外に会ったことないけど)
ハルはそう思いながら、周囲を見渡す。
背の高いクヌギやブナの木々が、ぐるりと取り囲んでいる。
風は遮られ、空気はほとんど動かない。
奇妙なほど、凪いでいる。
鳥の声も遠い。
聞こえるのは、自分の足音と、呼吸の音だけ。
それだけが、やけに鮮明に響く場所だった
その、誰もいない場所で。
氷を生成する。
形を作る。
維持する。
細い鎖のように伸ばし、それを保ち続ける。
少しでも集中が途切れれば、すぐに崩れる。
だから、限界まで続ける。
(……まだ)
魔力が減っていく。
身体が重くなる。
思考が鈍る。
それでも、やめない。
(……増やさないと)
(意識が飛ぶくらいまで魔力を消費すると増えるって、聞いたことがあるような気がするけど……苦しいから、そこまでは頑張れないな)
使えば、増える。
そう教えられた。
なら、限界まで使うしかない。
やがて、意識がぼやける。
氷が崩れる。
そこで、終わりだった。
家に戻る。
もう一度、氷を生成する。
今度は、できるだけ透き通るように意識して形を作る。
そして――そのまま倒れるように眠った。
何も考える余裕はない。
それでも。
翌朝になると、また同じことを繰り返していた。
裏山には、朝露に濡れた草が広がっていた。
風は弱く、音も少ない。
柔らかな朝の日差しが、静かに差し込んでいる。
朝の走り込みを終えたあと、
ハルはその場に立ち、空を見上げた。
ゆっくりと流れていく雲を、ただ目で追う。
(……雲は、形を変えていく)
同じものは一つもなく、
絶えず姿を変え続けている。
(……僕も、少しは上達できているのかな)
ふと、そんなことを考えてしまう。
(この力の使い方って……これで合ってるのかな?)
答えは、出ない。
ただ、広い青空を見つめながら、
ハルは静かに思考を巡らせていた。
そのときだった。
「……ハル様」
後ろから、声がした。
振り返るまでもなかった。
リアだった。
いつの間にか、そこにいる。
足音も、気配もなかった。
(……まただ)
気づくと、隣にいる。
それが、不思議だった。
「……来てたんだ」
「はい」
短い返事。
それ以上は言わない。
けれど。
それだけで、少しだけ場の空気が緩む。
(一人ぼっちじゃない)
そう思えた。
ハルは、もう一度空を見上げる。
雲はいつの間にか消え、空は澄みきった快晴になっていた




