第10話「変化」
ここ数日、ハルはリアと鍛錬を続けていた。
朝はまだ薄暗い。
空気は冷え、吐いた息がわずかに白く滲む。
人の気配はない。
その静けさが、ハルにとっては都合がよかった。
余計なものが少ないほど、世界は見やすくなる。
今日も、リアが向かいに立っている。
何も言わず、ただそこにいる。
それだけで、鍛錬は始まる。
(……いつも、付き合ってもらってるな)
ふと、思った。
リアは頼んだわけでもないのに、毎日ここに来る。
時間も、文句も、対価も求めない。
ただ、来てくれる。
それが当たり前になっていることに、何だか申し訳なくなってきた。
(……何か、返した方がいいのかな)
そう考えた瞬間。
「私はメイドなので、お気遣い無用です」
思考が止まる。
「……え?」
反射的に声が出た。
今、確かに。
考えていたことに対して、返事をされた。
(……読まれた?)
一瞬、背中に冷たいものが走る。
「何でわかったの?」
問いかける声は、思ったよりも素直に出た。
誤魔化す余裕はなかった。
リアは、少しだけ目を細める。
淡い金色の瞳が、柔らかく揺れた。
「何となくですが、顔に書いてありました」
静かに笑う。
ほんのわずか。
けれど、確かに笑っている。
ハルは、その変化に気づいていた。
(……最近、よく笑う)
前は違った。
表情は薄く、反応も曖昧で、どこかそこにいないような感覚があった。
けれど今は違う。
わずかでも、変化がある。
(……いいこと、なんだと思う)
理由は分からない。
けれど、悪いものではないと直感で分かった。
その瞬間。
(……あ)
思考が、少しだけ途切れる。
視界の輪郭が、わずかにぼやけた。
(……集中、切れてる)
さっきまで見えていたはずの揺らぎが消えている。
ただの人の動きに戻っていた。
(人の身体も、完全に止まっているわけじゃない。
常に少しずつ変わり続けている。
だから揺らいで見える。――黒い揺らぎとは違う)
ハルは、小さく息を吐く。
(……やっぱり)
自分の力は、思っている以上に繊細だ。
(考えたら、消える)
観測は意識そのものだ。
少しでもズレれば、成立しない。
その事実が、静かに胸に重くのしかかる。
「……難しいな」
気づけば、声に出ていた。
自分でも驚くほど、弱い声だった。
(できてるはずなのに)
(ちゃんと、分かってきてるのに)
うまくいかない。
少しずつ進んでいる感覚はある。
それでも、自分に自信が持てなかった。
そのとき。
「上達していると思いますよ」
優しいリアの声が、近くで聞こえた。
ハルは顔を上げる。
(……ほんとに?)
そう思う。
でも、すぐに言葉にはしなかった。
リアは変わらず、静かにこちらを見ている。
いつものように。
何も足さず、何も押しつけないまま。
「……そうかな」
少しだけ、視線を逸らす。
認めてしまうと、甘えてしまいそうだった。
「はい」
短い返事。
迷いはない。
リアの尻尾が、わずかに左右に揺れている。
ほんの少しだけ、嬉しそうに見えた。
その様子に、ハルはわずかに息を止める。
(……なんで、そんなに)
確信しているんだろう。
自分よりも、自分のことを分かっているみたいに。
きっときっと聞いても。
(メイドですから……って言われるんだろうな)
沈みかけていた思考が、わずかに持ち上がる。
(リアにしか鍛錬を頼めないし、付き合ってもらってるんだから、気合い入れないと)
(……まだ、できる)
ハルは、ゆっくりと視線を上げる。
「……もう一回やる」
今度は、はっきりと言えた。
今日も、やる気は消えていなかった。
いつも読んで頂きありがとうございます!
今回もリアはすごく可愛いですね♪
これからもよろしくお願いします。




