ノモスとカオスの融合
「八宮さん、抗って見せたよ。他にはいないのかい?」
「そうね……創ってあげたいけど、貴方のせいでこの虚構が持ちそうにない」
「実質君の野望は潰えたのかな?」
「何言ってるんですか。まだ私がいますよ」
椅子に座っていた彼女は一連を見ていたが、特に何も思うことはなかったようだ。
いや、こうなることは分かっていたのかもしれない。
「あんなのただの消耗品ですからね。命令に従わないならいりませんよ」
「でも、あれは君だろう?」
「彼が説明してたけど、外なる私だね。ベラベラ喋りやがって……」
「回りくどいことしないで僕を喰らったらどうだい?」
「最初からその気です。でも、ただ喰らうのはつまらないから貴方を虐めてただけよ」
僕の右手首を掴むと、顔を近づけ食い入るように僕の目を見つめだした。
……あの時と一緒だ。どういう理屈であるか知らないが、このまま彼女の意識の中に堕とされる。
それで気が済むなら僕の身体なんていくらでも使っていいけどね。……ははは、見事なほど彼女に毒されているや。
でも、それだけの罪はあるから――
「はっ……?」
なぜか彼女は後退りし、茫然としている。
おかしい、おかしいと焦りながら小声で呟いている。僕には何が起きたかさっぱり分からないが。
「同調できない……? そんなこと、今までなかった。個性を奪えないなんて。私は恩師になれないというの? なくなってしまう……!」
「大丈夫だよ。今の状態の君こそが核なのだから。僕にならなくてもいいんだよ」
「これが、私だというの!? 自我を保てていないのよ? もちろん自己なんてあったもんじゃない。核は貴方だもの。このまま現実へ戻ろうものなら死も同然。この私もあいつらのように殺してよ!!」
彼女の叫びと共にカフェの背景は崩れ去り、一面が漆黒の帳に包まれる。
……ひとたび触れれば死んでしまうほど弱っているように見えた。
「私は……元より現実に存在してはならない人物なの。何かのひずみから生まれたバグってやつよ。……おかしいじゃない? 虚構に陥れ、人を喰らうことができるなんて。完全に他者へなりきって、また人を喰らわないと気が済まない。そうして人の個性を奪い、殺す」
「でも、僕にはなりきれなかっただろう?」
「それが、分からないのよ。……私を拒絶してるの?」
「いいや。むしろ好きさ」
「……えっ?」
「人としてだよ。君がキマイラであろうと僕は構わない。何なら僕だってキマイラさ。君ほどではないけど人によって態度は変えるしね。色んなペルソナがあるのはむしろ正常だ」
彼女は予測できていなかったのか驚いて固まっていた。
「……ペルソナにしては出来すぎているような気がするけど。まぁ、私の半分は恩師ですからね。強化し続けたらこうなっちゃったのかな」
手の中で燃える炎を見ながら満足げな表情を浮かべる。
……彼女なりの答えを導き出したのだろうか。
「つまり、私は恩師を超越してしまった。恩師ではあったんだ」
「……ん?」
「方向性は悪いけどね。だから、虚構じゃなくて現実でやれば何も問題ない。ゼミ生が増える! 研究がはかどる! ……6人しかいないからさ、一人頭のワークが多すぎて処理しきれてなかったのよ」
「いや……なんかその方向性も間違ってないか? 非現実的だしSZと疑われるよ!?」
「これ、現実でも具現化できるんだよ。持続時間は限られているけど。さっきは虚構のみって言っちゃってごめんね」
……はい? どういうことだ? 病院に連れて行った方がいいのかな。
ファンタジーなら許されるけどさ、これはさすがにまずくないか?
そんな心配をよそに彼女は話を続けていく。
「誰にしよっかなー? やっぱり女の子増やしたいよね!」
「……八宮さん、一旦落ち着こうか。その行為はね、現実では出来ないんだよ」
「出来ますもん! 見せれば信じてくれますか?」
「うーん……まぁ……」
「じゃあ、今日ダチュラに来てくださいよ? 待ってますから」
彼女はうきうきしながら床に火を放つと、一瞬にして円状に炎が広がり辺りを燃やし尽くす。
「は……八宮さん!?」
生還エンドかと思っていたのに……殺す気か!? 熱いってもんじゃない、抉るように痛いぞ。
本能のままに喚き暴れまわっていたが、事態は一向に進まない。
すでに皮膚は溶け、服と一体になってしまっていた。
――まさか、これが彼女の言う「喰らう」の意味なのか?
「……この痛みは、覚えておいてくださいね。ははははは、はははははははははっ! 夜は今日も朝ご飯を歌いながら真珠の首飾りをシュレッダーにかけるのよ!」
彼女は炎と共に舞いながら、意味の分からぬ言葉を羅列して灰と化した。
その意味を考える暇もなく、白き光が辺りを覆い――




