慈愛という名の執念
「あらまぁ……可哀想に。やはり、慈愛を与えなければ人というものは朽ちるもの」
Pearlは憐れみを込めて礼をし、手を合わせた。
そのセイレーンのような麗しい声質は、聞く者の心を揺れ動かす。
「きっと、我が恩師は愛されてきたのですね。素晴らしいことです。私はそんな貴方を喰らうようなことはしませんよ。我が子のように愛でてあげましょう」
ふんわりとした百合の香りが辺りを包み込む。
こんなの……いつ以来だろう。もう記憶にないくらい昔のことだったか。
このまま眠ってしまいたいくらいだ。僕は愛された記憶なんてないけれど、これもまた愛であろう。
「まぁ、なんて可愛らしい子なんでしょう? ここならナニしてもいいんですよ?」
「ははは、君はマグラダのマリアを混ぜた八宮さんなのかい?」
「あんな娼婦と一緒にされたくはありませんね。私は貴方の現身ですよ? 貴方に捧げる処女性は残っております」
「今度は現身と来たか。ややこしいなぁ」
……つまり、僕が魔法使いだってことはバレているのか。女って怖いな。
一筋縄ではいかなそうだ。現に、酔わされている気がする。
「私は慈愛を注ぐのみ。貴方が満足するまでね」
「さっきから言っているけど、慈愛って何なんだ?」
「母なる愛ですよ」
「君が、母なる愛だって? ……笑わせてくれる。どこでそんなことを教わったんだい?」
「喰らった人間と貴方の渇望を組み合わせて生まれたのです。教わったわけではないのよ」
「そんなことを望んだ記憶がないけどな」
不憫に思った彼女は一旦抱くのをやめ、憐れんだ目でこちらを見つめ返してきた。
「母なる愛を求めぬ者などおりません。ほら、貴方から抱き寄せてください。一段と感じ取れるはずですよ」
彼女は両手を広げ、今か今かと僕の抱擁を待ちわびている。
これは……明らかに罠だ。確実に堕とされる。男でもこれくらいの勘はあるんだ。
だからといい、この状況を打破するには? さっきはガツガツ攻めてきてくれたから受け流せたが、お互い受けでは話が進まない。
「……一つだけ約束させてくれ。性的な誘いはしないで欲しい。正常な判断ができなくなるからね」
「……いいですよ。肉欲は母なる愛を歪めるものですからね」
約束はしてくれたものの、露出部分を減らそうとはしなかった。彼女のくっきりとした谷間は無意識的に見てしまう。そういった感情がなくても、だ。
「あらぁ? この愛の象徴が気になっちゃいますか? 貴方のために育てておいたのですよ。望むなら、こちらで……」
「約束をすぐ裏切ろうとするあたり、母なる愛なんてこれっぽっちもないように見えるよ」
「そんな拗ねないでくださいよ。奉仕は立派な愛ですよ?」
「あぁ、僕も愛だとは思う。だが、そいつは自己愛だ」
「……なぜですか? ただ、貴方を思って私は――」
「それが余計だ」
彼女は表情をこわばらせ、口元を手で覆いおどおどとしている。
……あぁ、また虚構が歪んだ。これなら彼女を崩せる。
「どうして……どうして、そんなことを言うのですか?」
「押し付ける愛など邪悪でしかない。僕からしたらゴミを投げつけられているようなものだ。君は愛されたいから愛すだけだろう? その前に自分を愛せ」
「自分を……?」
「そうだ。他者を求めずとも生きられるようになれ」
そう言った途端、彼女は泣き崩れてしまった。
「私は……人を喰らい、夜の夢へと堕とすのが役目だった。男なんて皆身体目当てなんだから、抱き寄せたら胎内に入れるだけだった。これじゃ、Pearlの石言葉とは真逆ね。私はただの淫乱女に過ぎなかった。母なる愛なんて、知るわけないじゃない。母親という記憶がないのに」
衣服に手をかけ、徐に脱ぎ捨てていく。
彼女の動きには何のためらいもない。
最後にショーツへ手を付けると、腰のリボンを解いた。
「貴方は……知っているでしょうけど、こんな身体でも愛してくれるのですか?」
彼女は僕に見せつけるようなポージングを取りだした。
身体中青痣だらけで治っている様子が見られない。直近に受けたものなのだろうか。
右腕には火傷の跡が点々と残っている。左腕だけはアンバランスに美しく残っていたが。
「……甚振るのがお好きなようでね」
「……親にされたのかい?」
「それは胸にほんの少しだけ。他は言葉によってできた痣だよ」
「言葉?」
「決して癒えることのない……忌まわしき契り」
Pearlは八宮を睨みつけ、指をさした。
「私は自虐しかできないのよ。この女が虚構から出してくれないからね。ねぇ、私を傷つけて楽しい?」
八宮は口笛を吹いており、返事をする気はないようだ。
……捨てる気でいるのだろう。「いくらでも替えはいる」と言わんばかりの態度だ。
「はぁ……傲慢ね、ほんと。虚構が崩れかけてるって気づいてる癖に」
Pearl自身も形を上手く保てなくなっていた。もうじき消えてしまうだろう。
「……我が恩師なら、耳を傾けてくれると思うよ。散々振り回すと思うけど」
「彼女のことだ。慣れているさ」
「そんなこと言ってくれるなんて……。ふふっ、恩師になりたいって言っていた理由が分かる気がするよ」
そう言い残し、光の粒となって綺麗に散っていった。
儚くも美しい、そんな恋心のように感じた。




