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偽りのキマイラ  作者: なす2のしゅくだい
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自己破壊の象徴

「何を今更。君は存在しているさ。人を喰らうキマイラとして」

「その言い方じゃ、私は人間には戻れそうにないな。これからも人を喰らい続けて、犠牲を増やし続ける淫欲の獣として存在し続けるのか?」

「そこまで分かっているなら僕はもういらないじゃないか。君にはちゃんとアイデンティティはある。だが、否定的で負の方向に進んでいるのが問題だ」

「自己破壊の衝動は抑えられないのでね。この刻んだ文字だって、私の中に恩師を閉じ込める呪文のようなものだよ」


 Odi et amo……われ憎み、かつ愛す。

 このアンビヴァレントな感情は、不実を働いた恋人を嘆き葛藤した男の詩の一部である。

 愛するが故に憎いというのはよく分かる。僕にもかつて愛した人がいたからね。

 その感情が僕によって引き起こされているのなら、答えは一つしかなかろう。

 

「Odi et amo. quare id faciam, fortasse requiris. nescio, sed fieri sentio et excrucior……だったか。この複雑な心境をこの字数で表現したカトゥッルスは凄い詩人だと思うよ」

「流石ですね先生。外国史を専攻していたのは伊達じゃない。ほんと、よく分からない経歴の先生だ……」

「これは偶然覚えてただけだよ。それと、君にはこの状況を打破する方法が分かっただろう」



 ――君の理想の世界なら、僕の願いだって叶うはずだ。


 

「――っ! 何をしようとしているの!?」

「何って……()()だよ。僕がこの虚構から消えれば、君は救われる」



 SOGのテックボウイ……艶が失われた銀刃は、今の僕にふさわしい。

 首に突き立てると彼女は顔面蒼白で必死に止めに入った。


「止めて……私がなくなってしまう!」

「なくならないさ。半分は他者の個性で成り立っているのだろう?」

「いや……いやぁ……私に死ねというの? 貴方のために尽くし続けたというのに――!」


 彼女が右手を握った瞬間、ナイフはドロドロに溶けて跡形もなくなってしまった。

 ……まだイニシアティブを得ていないか。これさえ掌握すれば、虚構は消えるはずだが。


「自殺されるくらいなら、永遠にここに閉じ込めてやる。現実の貴方は永遠に目覚めることはない。生きも死にもしない……神として完璧じゃないか。【Hines】、【Pearl】……彼を縛り上げろッ!!」



 怒りに満ちた蒼炎と共に二人の男女が出現した。

 男のHinesはとても僕に似た顔立ちをしている。……どこか雰囲気は違うが、はたから見たら双子と見間違えるほど精巧にできていた。黒シャツも似合っている。

 女のPearlはまるで天使を彷彿とさせるほど神々しく、見るもの全てを圧倒する力を顕示していた。宝石を纏いし黒き薄衣は、女性の神秘そのものを思わせる。



「これだって私さ。虚構に産み落とされし哀れな私。さぁ、その力に抗えるというの?」


 彼女は自信ありげに笑っているが、虚構の綻びが次第に広がっているのはしっかりと確認できた。

 この感じだと彼女はまだ気づいていないように見える。


 ――裂くなら、今しかない。



「おいで二人共。是非ともこの僕を喰らってほしい。僕は現実なんかに戻りたくはないんだ。君に喰われた方が僕としても有意義に過ごせる。縛るだけなんて勿体無い。さぁ、どうぞお食べ?」


 二人は顔を見合わせ、困惑した表情を浮かべた。

 彼女の本来の目的は「僕を喰らう」ことだった。けれど、命令は違う。「縛り上げてここに留めさせること」だ。

 使役する彼女はこの問いの意味を理解しているようであった。だが、彼らに指示は出さない。

「どちらに転がっても構わない」と思っているのか? 彼らが喰らいついた時点で君の負けだというのに。



「……食べたい」



 最初に行動へ移したのは男の方だった。

 目にも止まらぬ速さで跳びかかり僕を突き倒すと、首元をがっちりと掴み牙を見せた。




「――俺はお前か!?」

「……違うね。僕はそんなことしないよ」

「いいやするさ。お前の内なる猟奇性を顕現させたのがこの俺だ。姿も、声も、思想も、全てお前そのものだ――ッ!!」

「じゃあ、なぜそんなに泣いているのさ」


 首元を掴んだ時から彼はボロボロと泣いていた。彼女自身の心境なのか、はたまた喰われた人間の心境なのかは分からないが。


「はっ、()()()()調()()()()()()()泣いているのさ。そんな手立てしか思いつかないお前を憐れんでいるんだよ」

「ご立派なもので。僕はそんなにくみ取れないよ。姿形は似ていようと、僕とは程遠い」

「お前を喰らえば支配できる。どちらの側面も、な」

「なら、さっさと喰らうといい」

「――っ」


 彼はすでに戦意喪失していた。そもそも歯が立たないと最初から分かっていたのかもしれない。

【Lisand】と呼ばれた男もそう言っていた。「()()()()()()()()()」と。

 全て彼女であるならこのことも彼女は分かっているはずだ。しかし、どうしてもそれを拒絶しようとしている。



「【Hines】……俺はそう彼女に名付けられた。『Shine』をもじったらしい。一体この俺のどこが輝いているんだか。【Pearl】の方がよっぽど俺には合っているよ。俺は浅い水深で素直にこの猟奇性を受け入れてくれる主を待ち続ける……それだけで良かった。だが、ポストモダンと化した社会はそれを認めてはくれない。自我は多数に分裂し、それぞれの場面を演じ続ける。外なる自我あまりにも多すぎるせいで中心となる自己は失われた。()()()()()()()()()。俺はきっと、その成れの果てだ」



 彼はよろめきながら立ち上がると、目を瞑り覚悟を決め自らに火を放つ。

 身体からバチバチと音を立て、彼はあっという間に消えてなくなってしまった。


 ……至って自然な眠りのように、安らかな表情を最期に見せてくれた。

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