偶像崇拝
「相変わらず愛おしい人ですね。私を創り上げた恩師よ」
「恩師だなんて……程遠いよ。君の人生に影響を与えたのは事実かもしれないけどさ」
「その程度ではない。『私』という核を生み出した神だ。貴方になるためならいかなる努力も惜しまない。そのためにキマイラになったのさ」
「か、神って……」
中二病を拗らせちゃっているのか? まぁ、会った時からこんな感じの子ではあったが。
自分を落ち着かせるため、ガムシロップを入れてコーヒーに口を付ける。
正直、まだ状況が呑み込めていない。そもそも、マスターが彼女を入れた理由って……?
「おや、我が恩師よ。まだここがいつもの店だと思っているのですか?」
「へっ? 違うのか?」
咄嗟に木目調のテーブルを触ってみる。
……ちゃんと実体としてあるな。
じゃあ、僕は?
ぺちぺちと顔を叩いてみる。
……うん、痛覚は働いている。夢ではなさそうだ。
「ふふふっ、本当に鈍い人ですね。ここは私の虚構の中ですよ。昼休み中に、貴方をここへ放り込んだの」
「は……」
ここまで理解できない文章を僕は聞いたこともない。
昼休みに放り込んだ? いやいや、君は学校に入れないでしょ。
というか、虚構ってなんだ? 嘘ってことは分かるが、それを言っていること自体が嘘だろうよ。
あーもー、折角の再会かと思ったらなんだこの様は。買った漫画がラブコメかと思ったらアクション物で拍子抜けしたくらいにはダメージがある。
でも、思い返してみると確かに今日の昼休みは変な感覚があった。
何をしても眠気が覚めず、体が怠かった。年のせいかと思っていたが、もしかしたら……。
「君の言う虚構って……なんだい?」
「虚構? 私の理想が叶う世界だよ」
「理想ねぇ。これが君の理想なのかい?」
「まだ、叶ってないけどね」
彼女が指を鳴らすと、指先から煌々と揺らめく蒼炎が溢れるように燃え立った。
「――完全な貴方になるためには、完全に貴方を喰らわなければならない。あの愛撫だけじゃ、足りない」
「お、おい、ちょっと待て。突っ込みどころは色々あるが、まずどうやってその炎を」
「あぁ、これですか? 可愛いゼミ生を喰らったら出来るようになりました。本物ですよ?」
左手でペーパーナフキンを取ると、そのまま炎の中へ投げ入れた。
紙はチリチリと音を立て、あっという間に灰となって辺りに散った。
「どうなっていやがる……!?」
「面白いでしょ? 虚構の中なら、何でもできるんだよ?」
ふぅーっと炎を目の前で吹き出した。
慌てて転げ落ちるように避けたが、炎は一定の位置に留まっていた。
その炎の中には、人影のようなものが垣間見える。
「おいで、【Lisand】。これが貴方の夢でしょう?」
徐々に炎が消えていき、白い煙の中からその男は出てきた。
白衣を着ており、すらりとした体型は僕にはない何かを感じさせる。
……若いはずなのに、全くといって生気はない。虚ろで、明後日の方向を向いている。
「これが……僕の夢?」
「だって、理科の教師になりたかったんでしょう? だから、現職で理科を教えている人を喰らって貴方と合わせたの」
彼女は満足げにその男に触れ、胸元にそっと口づけをした。
「彼の個性を喰らった甲斐があったよ。大変だったんですから」
「僕は理科の教師になりたかったさ。だからといってね、他の人と合わせても完璧にはならないんだよ」
「そんなことはないよ。Lisandは貴方の平行世界上に存在したものなんだから」
ギロリ、と男は僕を凝視する。
逃げたいと思っても、なぜか体が動かない。
原因はすぐに分かった。足に影のようなものが絡みついているのだ。
「や……やめろ……っ。足にあるやつをどうにかしてくれ」
男は見つめるだけで特に何もしてこない。ただ、この状態になっている僕を見て嗤っているように見えた。
逆にそれが恐怖心が高める。鼓動が騒ぎ立てているのが意識せずとも伝わってくる。
この男は何がしたいんだ?
「……お前は、いいよな」
今にも消えそうなか細い声で僕に話しかけてきた。
「この女は……悪魔だ。お前に合うドナーを常に探しては喰らい、自我に取り込んでこの虚構でコーディネートする。決して原本は越えられないのに、この愚かな自我は理解できてないようだ。さっさと死ねよこの阿婆擦れが」
男は膝から倒れ、息絶え絶えに嗤い出した。
彼女を殺意を向け、己を嘲るように。
しかし、彼女はいたって冷静であった。
ニコッと笑ったかと思えば、その場でしゃがみ込み片手で首を締めあげたのだ。
――抵抗する暇もなく男の舌骨がへし折られた。女性とは思えぬ腕力である。
「ちょっと、調教がうまくいかなかったのよ。ごめんなさいね」
炎を横たわった死体に吹きかけ跡形もなく消し去った。
慈悲などは一切感じられない。元々何もなかったかのように普通に話しかけてきた。
「私は私であるはずなのにね。けど、半分は恩師ですから……」
左腕に彫られた文字を舌でなぞり、意味ありげに無邪気な笑顔を見せた。
「これまで何十人と喰らったけど、どうしても恩師に近づけないのです。どいつもこいつも劣化の劣化。どうすれば、貴方のようになれるのですか?」
「その前に八宮さん、どうして僕なんかになりたいんだい? こんな底辺の落ちこぼれになっても意味ないよ?」
「そうでもしないと自我が保てないからですよ。私は恩師であるのだから」
――こんな風にしてしまったのはきっと僕が原因であることは分かっている。
精神的に参り、記憶を失った彼女に過度な接触を図ってしまったから。
だからこそ救わねばならない。こんな狂った世界に人を閉じ込めてしまうのは問題だ。
彼女はとても優秀な子なんだから、もっと違う道筋もあるということを認識させなければ……。




