第35話:反撃の号令
命からがら地下トンネルから脱出したカレンとシオンが持ち帰った、あの一台の大容量ストレージ。天童湊が自ら解析を申し出て、現在それは彼の手元にあった。
ストレージを受け取った天童は大至急アーク・システムズのラボに戻り、作業を始めた。 「さあ、解析を始めるぞ……!」 天童はストレージをアーク社のサーバに接続し、解析用プログラムの調整に入った。 ストレージは幸いにも爆破の損傷を免れていたが、施された三重の暗号化をこじ開けるには相応の時間がかかる。モニターの淡い光だけが照らす暗闇の中、天童はプログラムの調整作業に完全に没頭していた。
そんな天童の背後に、怪しい動きがあった。 全身を黒い防刃スーツで包んだ殺し屋は、しんと静まり返ったラボの暗闇に紛れ、足音もなく天童の後ろへと忍び寄った。 天童は目の前のコンソールに集中しすぎており、背後の不穏な気配に全く気づいていない。 殺し屋は天童の真後ろに立つと、その首筋へ向けて、鋭い軍用ナイフを逆手に静かに構えた。冷たい刃先が、天童の皮膚に触れようとした次の瞬間――。
ガツン!
信じられないほど鈍く重い金属音がラボに響き渡った。 「あぐっ……!」 殺し屋は声にならない呻きを上げ、頭を押さえ、そのまま床へと崩れ落ちて気絶した。
「この人敵ですよね? 多分? 警察呼んでいいですか?」
そこには、ハルカが製作途中の中空チタン合金製のロボットの「腕ユニット」を両手でしっかりと抱え、息を切らせて立っていた。
実はハルカは天童がラボに入ったとき、ソファに靴を脱いで仮眠をとっていたのだ。天童は彼女を起こさないよう室内の電気は消したままにして静かに作業を始めた後、たまたま目を覚ましたハルカは暗闇の中、天童の背後に音もなく忍び寄る不審な黒い影に気づいた。
(あ、危ない……!)
とそう思ったときにはすでにハルカは行動していた。
息を呑み、足音の聞こえない裸足のまま、床を音もなく滑るように動き。そして、近くに置かれていた、中空チタン合金製のロボットの「腕ユニット」を両手でそっと持ち上げる。そして殺し屋が天童の首元にナイフを突き立てようとした、まさにその一瞬の隙を突いて、背後から気配を消して肉薄し、チタン製の腕ユニットを力いっぱいその脳天に振り下ろしたのだった。
天童は驚愕のあまり椅子からずり落ちそうになりながら振り返り、床に転がっている殺し屋と、ハルカを交互に見つめた。 「もちろんだ! すぐに呼ぼう!」
ハルカは少しお茶目に小首を傾げ、抱えていた重い腕ユニットを床にコトッと置いた。 天童は慌てて、床に伸びている殺し屋の手足をラボの頑丈な固定用結束バンドで縛り上げ、完全に拘束した。
「ふぅ。ハルカちゃん、やっぱり君は最高だ!」
プログラムの調整自体はすでに完了しており、あとは自動の解析プロセスを走らせて待つだけの状態だった。 通報を受けた地元警察が到着するより前に、シオンが姿を現した。 旧変電所の爆破に巻き込まれたシオンのボディは煤まみれになり、いくつかの外部装甲にはそれなりの損傷が刻れていた。
『天童サン、修理ヲオ願イシマス』 「承知した、部下たちを緊急で連絡を入れて呼び出すよ。今すぐ、君のメンテナンスと緊急修理を始めさせるよ!」
その直後、サイレンを鳴らした地元警察の捜査員たちがアーク社へと到着し、ハルカが倒した殺し屋を確保、連行していった。
合同タスクフォースの本部に連行された殺し屋は沈黙を貫くプロであり、尋問に対しても一切口を割る気配はなかった。 やはり、ネオ社の悪事を完全に暴き出すためには、天童が走らせている大容量ストレージのデータ解析に頼るしかなかった。
解析が進む間、カレンは合同タスクフォースの本部の中で、指揮官から突入計画の説明を聞いていた。
「ネオ社本社は現在、完全に静まり返っている。だが、こちらの旧変電所の突入は彼らも把握しているはずであり、内部ではロボット兵器を戦闘配備しているはずだ。我々のロボット部隊を突入させ、正面の防衛線を切り崩す」
その頃、片桐はマンハッタンにあるネオ社本社のすぐ前の道路を挟んだオープンカフェにいた。 彼は周囲の目を欺くため、派手なリゾートシャツを羽織り、いかいにも観光客といった様子でガイドブックを広げながら、コーヒーを口に運んでいた。その鋭い眼光は、ネオ社本社の出入り口で不審な動きが無いか監視を行っており、何か動きあればその都度カレンに情報を送っていたのだった。
その時、アーク社ラボの天童のコンソールに、眩い文字が浮かび上がった。
【解析率100%:データ復元完了】
「復元できたぞ……! ハルカちゃん、手分けしてファイルを精査するよ!」 天童とハルカは、復元された膨大なファイルを次々と開き、その中身を徹底的に調べ上げた。そして、タスクフォースが最も待ち望んでいた決定的な「黒い証拠」を、ついに暴き出したのだ。
ネオ社とダミー会社間の取引の記録。これには不法な軍用ロボットの搬入ログと、仕様が書かれていた。
さらには海外の軍事国家である「サジール国」からの極秘ロボット注文連絡と、発送記録が見つかった。
「これだ……! これさえあれば、ネオ社は二度と言い逃れができない!」 天童はすぐさま、その決定的なデータを、タスクフォース本部へ送信した。
データを受け取ったタスクフォースは、すぐさま地元警察に連絡し捜査令状を取った。
捜査令状が届くと全部隊へ無線で大号令を下した。 「軍用ロボット不正製造及び密輸の決定的な証拠が揃った! 全ロボット部隊へ告ぐ。これより、ネオ・ロボティクス社本社ビルの強制摘発を開始する!」
ついに、ネオ社本社への全面突入が幕を開けた。
サイレンを鳴らしたパトカーが次々と現れ、ネオ・ロボティクス社の周りを取り囲んでいく。 パトカーを降りたカレンに天童の車が近づく。
「お待たせ、カレンちゃん!」
車から修理とメンテナンスされたシオンが降りてきた。 削り取られたアーク社のロゴと製造番号が新たにつけられていた。
「お帰りシオン、準備はいい?」 『準備万端デス。イツデモ出撃OKデス』
シンクロ率80%
(カレンの気合の入った表情、これなら問題ないな)
ビルを見上げるシオン。
ネオ・ロボティクス社は平日日中にも関わらず、人の気配がなく扉も固く閉ざされていた。
「作戦開始だ!」と指揮官が号令を出すと、不気味な静けさに包まれていたネオ社本社の強化ガラスの正面ドアが、タスクフォースの突入班の放った特殊プラスチック爆薬によって、凄まじい轟音とともに一瞬で吹き飛ばされた。
硝煙が渦巻くエントランスホールへと、タスクフォースが配備した重装甲の「ロボット部隊」が、シールドを構えて次々と雪崩を打つように突入していく。
その瞬間、ロビーの奥や階段から、殺戮モードへと切り替えられたネオ社の警備ロボット群が一斉に姿を現した。 彼らは容赦なく、重機関銃の猛烈な火線と、ビームの光条をロボット部隊へと掃射してきた。 エントランスホールは、激しい金属の火花と火薬の爆音、ロボット同士の激しい銃撃戦の戦場と化した。
カレンは、メンテナンスを終えて駆けつけたシオンと共に突入ロボット部隊のすぐ後ろからエントランスへと侵入した。 柱の陰に身を潜めながら拳銃を構え、シオンの堅牢なチタンの背中を盾にして、襲いかかる敵の警備ロボットを正確に撃ち抜いていく。
タスクフォースの最大の狙いは、このビルの最上階にいる、すべての真実を握るネオ社の社長を身柄拘束すること。 ここで時間を浪費すれば、社長に全データを消去され、逃亡される恐れがある。
「ここは我々のロボット部隊が引き受ける! カレン、お前たちは最上階へ行け!」 ロボット部隊の後方から突入を指揮していたタスクフォースのリーダーが、激しい銃撃の轟音に負けない大声で、カレンに向かって無線で指示を飛ばした。
「指揮官、しかし……!」 「ぐずぐずするな! 社長室に行き、奴を拘束するんだ! 行け!」
カレンは一瞬、後ろ髪を引かれる思いを抱きつつも、隣のシオンに視線を送った。 シオンは頼もしく頷き、その強固なボディを盾にしてカレンを先導し、ロビー奥のエレベーターへと道を切り開いていく。 シオンの指先からエレベーターの制御盤にコードが走り、強引にハックされたエレベーターの扉が開いた。 二人は敵の激しい射撃をシオンの身体で防ぎながら、エレベーター内へと滑り込んだ。
『ターゲット、最上階、社長室。エレベーター、起動』
スピーカーから響く合成音声とともに扉が閉まり、ロビーの激しい爆音とロボットたちの金属銃撃音が遠ざかっていく。 静かに上昇を始めるエレベーターの中で、カレンは拳銃のシリンダーを確かめ、そっと胸の内で念じた。
(お父さん、お母さん、そして……ユウキ。ついに、ここまで来たわ。何があっても、お父さんの大切な技術を悪用したやつらを、私は絶対に許さない。必ず真実を掴み取ってみせるわ)
必ずすべての真実を暴く。そう強く決意を固めていた。 そのカレンの横で、シオンのブルーのセンサーアイが、確固たる信頼の光で静かに彼女を見つめ返していた。




