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第34話:残された希望

旧変電所の外周では、夜の闇を切り裂くように激しい銃声と金属音が響き渡っていた。 合同タスクフォースとネオ・ロボティクス社の不法戦闘ロボット群による戦闘は、完全に過熱し、熾烈を極めていた。 赤と青のフラッシュライトが硝煙の中に激しく明滅し、次々と解き放たれる非合法のロボットたちの火力が突入班の行く手を阻む。


その地上の激突が最高潮に達している頃。地下のトンネルではカレンが一人潜入をしていた。 湿気の多い苔むしたにおいのするすでに使われていないトンネルを進むカレン。 足元にはくるぶしあたりまで水位があり、天井からも雨水の影響なのかポタポタと水滴が落ちてくる。 トンネル内は闇に包まれ、ライトと銃を構えトンネルを進んでいく。 「あと20メートルほど前進するとトンネルの行き止まりになる。そこにはしごがありメンテナンスハッチに繋がっている。敵がいるかもしれないから気を付けて」と天童の声が通信機から響く。


「わかったわ。慎重にすすむわね」


そのころ、窓のない地下の暗い拘束ラックの中では、シオンが今なお、過酷なハッキング攻撃に晒され続けていた。 外部端子に冷たく接続された一本のハッキングケーブル。 敵の大型メインフレームから送り込まれる超高速の侵食パターンは、無慈悲にシオンのコアプログラムを削り、ユウキの精神を限界まで摩耗させていた。 (くそっ……。もう、意識が……遠のく……。だけど、絶対に……渡さない……!) ユウキの魂は、冷たいデジタルノイズと脳を引き裂くような激痛に耐えながら、カレンを守るための防壁を必死に維持していた。だが、その限界はすぐそこまで迫っていた。


「シオン……! 今助けるわ!」


その時、拘束ラックの重厚な扉が開き、冷却水通水トンネルを抜けて単独侵入を果たしたカレンが、ついにその場所へ到着した。 台座に固定され、高熱を帯びて激しく苦しそうにセンサーアイを点滅させるシオンの姿を見て、カレンは息を呑む。 すぐさま、懐の暗号化端末から天童のラボへと回線を繋いだ。


「天童さん、シオンを見つけたわ! でも、ハッキングケーブルでメインシステムに直接繋がれて、コアを攻撃されているの!」


カレンの悲痛な叫びに応じるように、スピーカーから天童の焦燥に満ちた声が響く。 「ハッキングの侵食速度が速すぎる! 端末からの論理的な切断コマンドじゃ間に合わない! カレンちゃん、落ち着いて聞いてくれ。ラックのすぐ隣にある灰色の制御盤があるはずだ。その裏蓋を開けて、バイパス回路の暗号を解除し、マニュアルコンソールのリセットキーを――」


「バイパス!? 暗号って何!? どのキーのことよ!?」 吹き出す熱気と、シオンの苦しそうなインジケーターを前に、カレンは完全に焦っていた。 「そんな複雑なこと、今すぐできないわ! 他に方法はないの!?」


天童がコンソールを叩きながら説明を続けようとするが、緊迫した現場ではあまりにも埒が明かない状況だった。 その時、天童の後ろで通信を聞いていたハルカが、たまらずマイクを奪い取るようにして叫んだ。


「カレンさん、電源ケーブル抜いちゃえ!」


「え……電源ケーブルを抜くの!? でも、そんなことしてシオンは大丈夫なの!?」


ハルカの突拍子もない、だが最も確実な提案に、天童がハッと目を見開いた。 かつてアーク社のメインPCがハッキングの逆探知で乗っ取られそうになったあの夜――ハルカが背後に回り込み、コンセントから直接電源をぶち抜いて窮地を救った、あの「物理遮断」の鮮烈な記憶が一気に脳裏をよぎる。 「そうだ、ハルカちゃんの言う通りだ! まさに彼女の『必殺技』、あの時と同じだよ! 電子的なロックやプロトコルを解除している時間はない。物理的に給電ソケットを遮断すれば、ハッキングシステムを強制終了できる! カレンちゃん、制御盤に直結されている太い黒色の給電プラグだ! 力任せに引き抜くんだ!」


「わかったわ!」 カレンは愛用の拳銃をホルスターに収めると、太い電源ケーブルを両手で掴み、思い切り引き抜いた。


激しい放電の火花が一瞬だけ散り、給電ソケットが完全に分離する。 直後、旧変電所のメインシステムと繋がっていたハッキングコンピュータのインジケーターが一斉に消灯し、不気味な冷却ファンの回転音が完全に沈黙した。


シオンのコアを苛んでいた冷酷な侵食パケットが、瞬時に消失する。


シオンのセンサーアイに鮮やかなブルーの輝きが戻った。 カレンはシオンを拘束しているネットをナイフで切り裂き、シオンは拘束ラックから静かに床へと降り立つ。


「シオン……! よかった……!」 カレンが安堵の声とともに、その鋼の身体の肩に手を掛けた。 シオンのセンサーアイが優しく瞬く。その深淵に眠るユウキは、カレンが無事であることに心から胸を撫で下ろしていた。 (カレン……。こんなところまで一人で、なんて無茶な事を。だけど来てくれたんだね。本当にありがとう……助かったよ)


「カレンちゃん、シオン! 無事だね!?」 端末から天童の興奮した声が響く。


「ええ、天童さん。ハルカちゃん、ありがとう。シオンは今、完全に復旧したわ」 カレンは表情を引き締め、周囲を見渡した。 「でも、外の攻防戦は完全に膠着状態よ。ネオ社の非合法戦闘ロボットの抵抗が激しすぎる。このままでは、突入班が全滅するか、長期戦になって証拠をすべて隠滅されてしまうわ。……シオン、内部の捜索に入るわよ。中から戦況を変える方法を見つけましょう」


シオンは力強く静かに頷いた。


「天童さん、この施設の内部構造で、敵の防衛力を無力化できるような場所はない? 3Dマップを解析して!」 カレンの問いかけに、天童はすぐさまラボのコンソールから、シオンが送信した高精度マップを起動した。


「今、マップを精査しているよ。……あった、現在のエリアから2フロア上がった区画だ。ここには、プラント内部の警備ロボットやドローンを一時的に収納・補給するための「武器庫」と思われる強固な格納スペースがある。カレンちゃん、そこには警備用の重火器や制御ユニットが保管されているはずだ」


「武器庫ね……。現在の場所からも遠くないわ」 カレンの瞳に鋭い光が宿る。 「そこを制圧して、武器を確保できれば、内側から敵の防衛ラインに奇襲を仕掛けられる。そうすれば、表で足止めされている合同タスクフォースの仲間たちの侵入経路をこじ開けられるわ!」


「その作戦で行こう、カレンちゃん!」 天童が同意する。だが、彼はすぐにマップ上の一点を示した。 「ただし、その武器庫の手前の通路に、メインの「サーバルーム」があるんだ。ネオ社の不法ロボット兵器増産の「さらなる決定的証拠」、特に契約書や開発元の完全なログがそこにある可能性が極めて高い。できれば、サーバルームの侵入を先に試みて、ストレージからデータを引き出してほしい!」


「わかったわ。証拠は多ければ多いほどいい。サーバルームを経由して、武器庫を目指しましょう」


カレンは拳銃を構え直し、シオンを先頭に、薄暗いコンクリートの通路を駆け上がった。 天童のナビゲーションのもと、防犯カメラの死角を正確に縫いながら、二人はついにメインの「サーバルーム」の重厚な扉の前に到達した。 シオンが指先からコードを流し込み、電子ロックを無音で解除する。


ゆっくりとスライド扉が開き、冷気と電子音が漂う薄暗い部屋へと足を踏み入れた。 整然と並ぶ巨大なサーバーラックの群れ。そのすべてが、高速で稼働するブルーのLEDを細かく明滅させていた。


「よし、天童さん、サーバルームに侵入したわ! データ回収を――」


カレンが駆け寄ろうとしたその瞬間、シオンの空間スキャンセンサーが、部屋の四隅に配置された異常な光学的歪みを検知した。 極めて微弱な、肉眼では決して見えない赤外線の格子。


(カレン、危ない!) シオンは驚異的な駆動速度で、カレンの身体を自らの鋼の背中で包み込むようにして抱きかかえ、全力で床に伏せた。


直後。 鼓膜を劈くような凄まじい爆発音がサーバルーム内に轟いた。 ネオ社があらかじめ仕掛けていた、証拠隠滅用の指向性粘着爆弾が起爆したのだ。 爆風と強烈な熱波が吹き荒れ、巨大なサーバーラックが次々とねじ切れ、炎を上げて崩落していく。 衝撃がシオンの中空チタン合金の装甲を激しく叩き、火花が激しく散った。


(くそっ……! ネオ社の奴ら、強制捜査を察知して、最初から証拠を丸ごと吹き飛ばすつもりだったんだ……!) シオンの背中にしっかりと守られたカレンは、煤まみれになりながらも、奇跡的に無傷だった。


同じタイミングで、プラント内の別のエリアでは不気味な地響きが鳴り響いていた。 地下の最も暗い領域――かつて水が流れていた地下トンネルのハッチが開き、ネオ社の戦闘ロボット群が一斉に、戦闘を放棄して地下の闇の奥へと逃走を開始していた。 彼らは証拠そのものとして、捜査令状から逃れるために、あらかじめ用意されていた退路へと滑り込んでいったのだ。


炎が燃え広がり、崩落していくサーバルーム。 もう一刻の猶予もなかった。 だが、シオンは火の海と化したラックの群れを見渡し、奇跡的に直撃を免れて、フロントインジケーターが辛うじて緑色に輝いている一台のサーバーユニットへと突進した。 その剛腕をユニットの金属筐体に突き立て、力任せに引き裂く。


火花を散らす内部スロットから、データが格納されている頑丈な「大容量ストレージ」を、シオンはとっさの判断で乱暴に抜き出した。


「シオン、急いで! 建物が持たないわ!」 カレンの静止の叫びと同時に、天井のコンクリートが崩れ落ちる。 ストレージをしっかりと右腕に抱え、シオンはカレンを抱き起こしてサーバルームの外へと飛び出した。


だが、通路に出た二人の視線の先で、信じられない光景が展開されていた。 地下へと続くメンテナンス用通路の奥、逃走ハッチへと、ネオ社の不法戦闘ロボットたちの最後尾が一斉に、雪崩を打つように地下トンネルへと逃げ込んでいく後ろ姿が見えたのだ。


「ロボットたちが……地下トンネルに逃げていく!?」 カレンが愕然と目を見張る。


「カレン、危険デス! コノ施設ハ爆破サレマス。脱出ヲ最優先シマス!」 シオンはそう告げると、カレンの手を強く引き、施設の中を全力で駆け出した。


背後で凄まじい爆発が連鎖的に発生し、炎がコンクリートの壁を容赦なく引き裂いていく。 天井が轟音を立てて崩れ落ち、瓦礫の雨が通路を塞いでいく。 「ハッチへ走って!」 カレンとシオンは、建物が崩壊するまさにギリギリの瞬間、かつてカレンが潜入に使った地下トンネルのマンホールへと、滑り込むようにして飛び込んだ。 背後で、旧変電所の地上プラントが完全に崩落し、轟音とともに瓦礫の山と化す震動が、トンネルの壁を激しく揺らした。


* * *


爆発の余波が完全に収まり、夜が明け始めた旧変電所の跡地。 崩落した巨大なコンクリートと鉄骨の山を前に、合同タスクフォースと地元警察による大規模な現場検証が行われていた。 しかし、瓦礫の隙間をどれほど重機で掘り返し、スキャンを照射しても、そこには不法戦闘用ロボットの残骸は一機として残されていなかった。


「……駄目だ。瓦礫の下にあるのは、ダミー会社の一般商用ロボットの焼け焦げたゴミだけだ。証拠となる、あの不法戦闘用ロボットの群れは、一機たりとも残っていない」


タスクフォースのリーダーは、灰まみれの地面に拳を叩きつけ、深く肩を落とした。 「あらかじめ用意されていた地下の退路から、すべてのロボットを完璧に逃がされた。強制捜査は完全に、任務失敗だ……。奴らの不法の証拠は、文字通りすべて闇に逃げ出しんだ」


重苦しい沈黙が現場を支配する。 命からがら地下トンネルから這い出し、毛布を肩にかけたカレンと、傷だらけのチタンフレームを晒したシオンが、その落胆するリーダーの前に歩み寄った。


「いいえ。まだ、すべてが失われたわけではないわ」


カレンが静かにそう告げると、隣に立つシオンが、その剛腕から煤まみれの「一台の大容量ストレージ」を差し出した。 爆破されたサーバルームから、シオンがその身を挺して、まさに命がけで抜き出してきた、唯一の生存デバイスだった。


「これが、私たちの、最後の希望かもしれない」


カレンがそのストレージを見つめ、確信を込めてそうつぶやいた。 すると、彼らの傍らにいた天童が、その傷ついたストレージを覗き込み、眼鏡の奥の瞳に激しい闘志の火を燃え立たせて言った。


「……僕に任せてくれないか。今度こそ、僕がやつらの悪事の尻尾を完璧に掴んでみせる。アーク・システムズの全演算リソースを投入して、この暗号を、必ずこじ開けてみせるよ」


カレンとシオンは、深く、強く天童に向けて頷いた。 朝日がマンハッタンの空を白く染め上げる中、奪われたバディを救い出したカレンたちの胸には、次なる決戦への、決して消えることのない不屈の希望の火が赤々と灯っていた。

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