初対面の挨拶でいきなり婚姻届を突きつけてくる叔父はだいたい信用できない
列車はまだ惰性で走り続けていた。
「とりあえず、列車を止めるぞ」
「ブレーキは何処だ?」
「こっちです」
ルゥがデッキにある大きなハンドルを指差した。
ジノは無言でそのハンドルを片手で回して、手動でブレーキをかける。
「えっ……ちょっと」
ハンドルを回すカチカチという音と同時に、大きな「ゴー」という摩擦のブレーキ音が辺りに響く。
呆気に取られるルゥの背後から、ジークが顔を出した。
「それ相当重たいのに、いとも簡単に回すんだな……」
「俺には大した重さじゃない」
「ふーむ、流石というべきか……」
ジークは興味深そうに頷く。
「そういや、機関士達はどうなるんだ?」
やむを得ず客車を切り離したが、流石に機関車まではジノの手には負えない。
「ネメアの洗脳は解けたので、正気に戻れば自分らでどうにかするだろ」
まるで何処か他人事のようだ。
ジノは急停車にならぬよう、気を遣いながらハンドルを回す。
やがて、列車は徐々に速度を落として、程なく止まった。
ジノはここで一息吐く。
「俺の本名は絶対に出すなよ」
見るからにして軽薄そうなジークに、釘を刺す。
「……はいはい。お前の父親についても黙ってればいいんだろう?」
「……」
(やっぱり、知ってんだな)
「ジノ様の父親って……」
「うちの親父は行方不明だから」
ルゥにも訊かれそうになる始末。
(そもそも、この列車を事故らそうとしてた時点で全く信用出来ない)
ルミナ達のいる車両に戻ると、事態を収拾させたのを察していたようだった。
「お前達が止めたのか」
ルカが真っ先に席を立ち、先頭にいたルゥに確認する。
「ジノ様が止めました」
ルゥの言葉に、一同の視線がジノに集まると同時に、見慣れぬ人物の姿に警戒する。
「……そいつは誰だ?」
「いや〜、どうも」
飄々と笑う、丸眼鏡野郎はどう見ても怪しい。
ジノは一瞬、どう紹介するべきか悩んでいたその隙に本人が堂々と名乗った。
「私は魔導の塔の塔主で、ジーク・フォン・アインハルト」
「えっ!?」
魔導の塔の塔主と聞き、思わずリネットが立ち上がった。
「塔主様が何故こんなところに?」
「俺を迎えに来たんだ」
(列車を暴走させてた張本人だとは言えない……)
「!」
「こいつは俺の母方の叔父なんだ」
ジノはすかさずここで身内だとバラす。
これにはジークは満面の笑みで、
「甥がお世話になってます」
「初耳なんだが?」
「えっ、魔導の塔の塔主がジノ様の叔父上……?」
「塔主様の甥だなんて、一言も聞いてなかった!!」
リネットが悔しそうに叫んだ。
(俺が一番びっくりだよ……)
ジークはすぐルカの隣に座るルミナに気付いた。
「そちらにおられるのが、ひょっとして……」
即座にルミナが反応して、その場で目礼をした。
「お初にお目にかかります。私は……」
「あー、大丈夫ですよ、お嬢さん。存じております」
この車両は念の為、貸し切ってはいるが、帝国内で多国の王女がホイホイ名を名乗るのはあまり良くはない。
「折入って、お話が」
「何でしょう?」
「良かったら、うちのジノと結婚しませんか?」
「!!」
「おいっ!!」
(いきなり本人に聞くとか、どうかしてるだろう)
「えっ、あの……」
あまりにも突然の話に、ルミナは言葉を失う。
胸の奥が、僅かに熱を帯びる。
(……いけない)
ぎゅっと指先に力を込め、その感情を押し殺した。
「……そのような話、軽々しくお受け出来る立場ではありません」
静かにそう答える声は、わずかに揺れていた。
それでも、王女としての体裁は崩さない。
視線を落とし、すぐに顔を上げる。
「私は既に、国の意向に従う身ですので……」
その場にいる、ルカ達も呆気に取られていた。
「他に縁談があるのは、百も承知です」
ジノはジークを止めようとするが、のらりくらりと躱されてしまう。
こうなると、ジークの勢いは止まらない。
「こいつはお嬢さんを、憎からず思っているのです」
「おい、勝手なこと言ってんじゃねぇ!」
ジノは叫んだが、ジークはニヤリと笑うだけだった。
ルミナは目を大きく見開き、頬がみるみる紅く染まっていく。
その様子を見て、ジークは確信した。
(これは王女もジノが好きだ)
これにストップをかけたのはルカだった。
「……流石に話が性急過ぎませんか? 我々は縁談の件で先方を訪ねようとしているのです」
「それは承知の上だとお話しした筈」
ジークは面倒臭くなり、とうとう口調を崩した。
「まぁ、腹を割って話そうか」
読んでいただきありがとうございます。
更新予約を忘れ、時間がいつもと違います。
申し訳ありません。




