急な縁談に憔悴する姫と、人混みの中で突然お兄ちゃん呼ばわりしてくる不審な女の物理拘束
(縁談……)
ルミナはスッと全身から血の気が引いていく。
あまりの突然の話に、打ちのめされる。
「姫様……大丈夫ですか?」
「……」
「言っただろう? 秘密裏だと。まだ内々の話だ」
ルディはルカを無言で睨みつける。
「姫様にも、了承して頂かなくてはならない話だ」
流石に痺れを切らしたルゥが嗜めた。
「兄さん、ちょっと黙っててくれませんか?」
「む?」
「姫様、お部屋に戻りましょうか?」
さっとルミナを支え、ルディは弟に目配せをした。
「……おい、まだ話は終わってない」
呼び止めようとする兄の袖をルゥが引いた。
「話なら僕が聞きます。姫様は具合がまだあまり良くないので……」
(姫様、これは相当ヤバイぞ……)
ルディはルミナを部屋に連れて帰り、ベッドに横にならせた。
ルミナは完全に憔悴し切っている。
「姫様、結婚はまだ決まった話ではありませんから」
「……」
(ダメだこれは)
ボソッとルミナが呟く。
「……ジノ様は」
「ジノ様はここに戻られるでしょうか?」
「とりあえず、リネットを信じましょう」
(姫様はご自身のことよりも、あいつの心配をなさっている……)
「あいつは……ジノは」
言葉を慎重に選んで話す。
「そこまで無責任な男ではありません」
「姫様を置いて、何処かへ勝手に行くような奴ではありません」
「曲がりなりにも、勇者なのですから」
その言葉が全てだった。
あの男の魔力を辿り、転移で通り抜けた先は、さまざまな商店の立ち並ぶ真っ只中。
突然、宙から降って湧いたリネットの姿に、周囲の人々は一瞬驚くも、すぐ日常の風景と化す。
それは甘く優しい──月下美人の花の香りみたいに、濃密な魔力。
……気持ち悪いくらいに。
「ぷんぷん匂うわ、あの男の匂いがする……」
「……」
男の匂いに混ざって、さまざまな食べ物の匂いが混ざる。特に鼻につく、焼いた肉の匂い。
「あ!」
串焼き屋の前で、串焼きを頬張る後ろ姿は──。
「……見つけた」
見つかれば、きっと簡単に逃げられてしまう。
自分の魔法はまるで効かなかった。
それなら、物理的に拘束するしか方法がない。
(人混みに紛れて近付く? いや、きっと見つかる)
付かず離れずで、ジノを観察する。
「姫様は、あんなモヤシ男の何処が良いのかしら?」
身長はそこまでないが、手足も長く、痩せてスラッとした体型は割と目を引く。
「……うーん、そこまで悪くはないのかな?」
(ダメだ、捕まえることを考えないと)
「もう、こうなったら……」
リネットは全力で走り始めた。
人混みを縫うように走り抜け、あっという間にジノの背後に迫る。
「!?」
その背中にしっかりと抱きつき叫んだ。
「お兄ちゃん!! やっと見つけたーーーー!!」
突然、背後からしがみつかれたジノは困惑した。
振り返ると、さっきのしたばかりの少女が、どういう訳か自分にしがみついている。
「……俺に妹なんかいない」
「そんなこと言って、また私を置いて逃げる気ね?」
周囲の人々の視線が二人に一心に集まる。
「私と家に帰ろう? ジノお兄ちゃん」
「帰ってやんなよ、兄さん」
「妹さん、健気じゃねぇか」
リネットに絆された通行人達が、謎の圧力を掛けてくる。
「……おい、この猿芝居は何だ?」
ジノが小声で囁く。
「姫様が連れ戻せって」
「俺は追われてるんじゃなかったのか?」
「ちゃんと撤回されたわ。もう大丈夫だから戻って」
そう言いつつ、しがみつく腕にさらに力を込める。
「逃げたら、ここで大声で泣き叫んでやるから」
「お前なぁ……」
その時、リネットの腹がぐぅと鳴った。
「……お腹減ったわ、お兄ちゃん」
「……」
(やれやれ、面倒はもう沢山だ……)
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