前髪を厚くすれば世界を拒絶できると思っているのは、大抵自意識過剰な中二病だけだ
ジノの部屋は、ベッドが二つのツインルームだった。
部屋の奥に窓が一つ。ただ、隣の建物と隣接していて、眺望は絶望的だ。
真っ白なシーツに布団は清潔そうで、眠るのは何ら問題がない。
変化薬の効果はきっかり一日なので、明日の昼過ぎに解ける話になる。
今夜はこの宿で過ごし、明日は薬の効果が解けてから、行動することになっていた。
荷を下ろして蓋を開けると、双子のハムスターが力なく転がっていた。
「!」
ジノは咳払いして、二匹を籠から取り出した。
胸元から姫も這い出して来て、双子に寄り添う。
「おいおい、大丈夫か?」
荷台で相当揺られたのと、おそらくあの匂いでダウンしたのだと思われる。
(……いい気味だ)
ジノは籠から薬草を一枚取り、細かく千切って指で揉んでからハムスターの口元に捩じ込んだ。
「あ、ダメか……」
ペロッと吐き出したのを確認して、もう一匹の方にも同じようにして押し込む。
こっちは薬草を小さな手で押しのけて、受け付けすらしなかった。
姫がこちらを向いて、フルフルと首を横に振った。
「……一応、治療は試みたからな?」
ジノはハムスター達を置いたのとは別のベッドに横になった。
姫はいつの間にかジノの胸元へ戻って来ている。
「姫さんさ、あっちで寝た方がよくないか?」
寝返りでも打ったら潰してしまいそうで、気が気じゃない。
姫を掴んで、双子のいる方へ移動させた。
再び横になると、疲れがどっと押し寄せて、いつのまにか眠ってしまっていた。
「うー…」
甘い匂いが鼻先を掠め、吐息が首筋にかかる。
柔らかな何かが、身体に押しつけられると共に重さを感じ、ジノは目を開けた。
「!!」
闇夜でも白く浮き上がる白金髪が、まず視界に飛び込み、ジノはすぐさま状況を理解する。
(変化が解けている……?)
すー、すーと安らかな寝息を立てて、王女が自分の腕の中で眠っている。
「……姫さん」
小声で呼ぶが、王女は目覚めない。
「……」
王女の腕はジノの首に回され、さらにきつく身体を寄せてくる。
柔らかく温かい感触──間違いなく彼女は裸だ。
「ジノさま……」
「!」
「姫…?」
(いや、寝言かよ!)
このままだと色々まずい。ジノは眩暈がした。
とにかく姫を起こすしかない。
「ひ・め・さ・ん」
声を押し殺し、耳元で呼ぶと、
「……うーん」
腕の中で王女が身じろぎし、彼女が目覚めた事が分かった。既に腕が少し痺れていた。
「あっ、あの……」
悲鳴を上げるかと思いきや、そうでもない。
「……薬の効果が切れてしまったのですか?」
「そうみたいだが」
「あーっ!」
ジノは布団を取り、王女の身体を掛けた。
「す、すみません!」
ジノはベッドサイドの灯りを付けると、隣のベッドを確認する。
──双子はハムスターのまま、寝息を立てている。
「姫さん、どういう訳か分からないが、あんただけ薬が先に解けた」
「そのようですね」
ジノは荷袋の中から、王女の服を取り出した。
「早くこれを」
「あ、すみません」
姫が衣服を身に付ける音が止むまで、視線を逸らす。
「終わりました」
「……俺は何も見てないから」
「はい」
(姫さんは、向こうのベッドに移したのになぁ…)
(俺の魅了の効果が変に残ってるのだろうか? どうにも距離が近いんだよな……)
王女と初めて顔を合わせた時を思い出す。
あの時、仕方なく視線を交わした。
その時に、自分と会ったこと自体の記憶を消した。
ジノが頑なに前髪を下ろして視線を遮っているのは、人と目を合わせない為だ。
──赤い瞳は魔族特有のもの。
(そして俺の目は、魅了眼。つまり魅了の効果を生まれつき持っている……)
そして、その効果は魔力の強さに比例する。
「まだ夜が明けてないから、もう少し眠った方がいい」
「そうします」
「ハムスターはこっちに」
薬草の蓋に枕を敷いて、眠っているハムスター達をそっと移した。
「……呑気なもんだ」
昼間の移動で、全く眠れていなかったのだろう。
「可愛いですよね」
「……寝る」
灯りを消して、ジノが背中を向けて横になると、王女もそれに倣って隣のベッドに潜り込んだ。
(……それにしても、やけに静かだな)
読んでいただきありがとうございます。
足がめっちゃ攣って痛いです。




