冬の扉がひらく時
※これまでの話に比べると、少し文量多目です。最終話です。
全てを凍らす夜が、永遠に続くかのようでした。
ランプの灯は、先程の吹雪でほとんど消えています。
国民達は、塔の前の氷壁を、ただ茫然と見つめていました。
その時、一人の少女があることに気付きました。
少女は、父と母と一緒に来ていました。
両親は他の人々同様に、雪の上に座り込んでいました。
「氷の壁がさっきよりも小さくなっているわ!」
その声に、近くにいた者も壁に近付きました。
カチカチに固まっていた氷は、触れるとペチャリと水に変わります。
「本当だ! 氷が解けているぞ!」
国民達の心は、再び起き上がりました。
ランプの灯を強め、散らかった丸太や板を、彼らは片付け始めました。
◇◆◇
夜明け頃。
冬の女王は、右手を伸ばしました。
同時に左手を包む寒風の手を強く握りました。
寒風も握り返しました。
「大丈夫です。僕がいます」
緊張と不安で唇が震えている女王に、寒風はささやきました。
冬の女王が扉に触れようとした時、外から歓声が聞こえてきました。
扉の内側を覆っていた氷が、勝手に解け始めています。
「国民達よ、聴いてください」
春の女王の声が聞こえました。
扉の前に立っているようです。
◇◆◇
闇が薄まり、塔の姿が見えるようになりました。
突き刺すような冷たい空気の中、春の女王は外に出ました。
東風は女王の傍についていました。
「なんだ? 良い匂いがするぞ」
「炎風の姿は見えないけど、さっきよりも暖かいぞ」
「もしかして、本当に冬が終わるのか?」
塔の前にいた国民達がざわめき始めました。
東風は緊張しました。
こんなに大勢の前で、交替をしたことはありません。
春の女王は塔まで進みました。
ふんわり結い上げた黄金色の髪。
紅い薔薇を思わせる頬と唇。
淡い桃色の流れるようなドレス。
女王が塔に近付くと、肌が輝き出しました。
雪解けのぬかるんだ道でも、彼女のドレスは汚れることはありません。
東風の力で、ほんの少し浮いているのです。
「春の女王様だ!」
「ああ、これでやっと冬が終わる!」
春の女王は階段を上り、扉の前で立ち止まりました。
「国民達よ、聴いてください。
長い間、よくぞ耐え抜きました。
自分を誇りなさい。
そして間もなく、冬が終わり、春が始まります」
春の女王の言葉に、国民達は歓声で応えました。
「冬の女王よ、さっさと出てこい!
一発殴らねぇと、腹の虫が収まらねぇ!」
「冬なんか、本当迷惑な季節だよ!」
乱暴な声も、春の女王の耳に届いてきました。
どこまでも響くソプラノの声で、女王は話を続けました。
「国民達よ。
今年の夏はとても暑かったですね。
強い日差しと高い気温は、容赦なく私達の体力を奪いました。
熱で作物はやられ、土は乾き、水は干からびました。
皆、秋が来るのを待ち続けました。
そんな夏の間、私達を救ったのは、何でしょうか」
国民達は、じっと黙って聴いていました。
寒風と冬の女王も、扉の内側から聴きました。
「山奥の洞窟に残っていた氷です。
私達はそれを町まで運び、食べ物や身体を冷やしました。
氷を解かして水に変え、作物に与えました。
洞窟の氷は、冬の間にしかできません。
しかも、とても時間がかかるのです。
私達、季節の女王は、風達の声を聴くことができます。
次の夏は、今年以上に暑くなるそうです」
国民達の目の色がたちまち変わっていきます。
その様子に、東風は驚きました。
「冬の女王も深く悩んだことでしょう。
しかし、女王の決断のおかげで、次の夏に使える氷が沢山できました。
貴方達は、この厳しい寒さに耐えた者達です。
きっとどんなに暑くなろうと、乗り越えられるはずです。
さぁ、扉が開きます。
皆、冬の女王の勇気を讃えましょう!」
◇◆◇
扉の内側で、冬の女王は扉に触れたまま止まりました。
国民の大歓声が聴こえてきます。
控えめな性格の女王はとても戸惑っていました。
寒風は女王の右手に触れました。
そして、一緒に扉を押しました。
扉が開いた途端、歓声は何倍も大きくなりました。
朝日が昇り、空が明るくなっています。
春の女王は微笑みながら、冬の女王を迎えました。
「春の女王、ああ、ごめんなさい。
本当は、私・・・」
春の女王はスッと手を冬の女王の口元に添えました。
「良いのよ。お疲れ様。
いつも本当にありがとう」
「冬の女王、万歳!」
「春の女王、万歳!」
国民達の歓声に包まれながら、冬の女王は控えのお城に向かいました。
春の女王は塔の中に入り、扉は閉まりました。
「春一番だ!」
寒風は南からやって来た強い風に気付きました。
続けて、風炎、雪解風、凱風。
暖かい春風達が次々と王都を飛び回りました。
白く覆っていた雪は、たちまち消えていきます。
淡い緑色が、地面や木々を彩ります。
甘い花の香りがふんわりと広がっていきます。
冬の女王が控えのお城に入った後、寒風は塔の方に行きました。
その頃、東風も塔から出てきました。
これから、国中に春を届けるのです。
「すっかり元気になったみたいだな」
寒風は言いました。
「この様子だと、夏も早く来そうだし、急いで春に変えないと」
東風は血色の良い顔で言いました。
「あのさ、寒風」東風は寒風の方を見ました。
耳が先程より赤くなっています。
「また会えるかな?」
「当たり前だろ。
必ず次の冬も廻ってくるさ」
寒風はほんのり笑みを浮かべました。
それを見た東風は、頬を染めて笑いました。
「そうだね! それじゃあ僕は行くね」
東風はビュンっと高く昇って行きました。
寒風は北の果てに帰っていきました。
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございました。