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辺境雑貨屋のおっさん、実は王都最恐の元処刑人でした 〜店の子を泣かせた悪党は、魔法を唱える前に日用品で後始末します〜  作者: 他力本願寺


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第9話 南通り閉鎖

その日の朝、ラステルの南通りは異様な静寂と重圧に包まれていた。


通りの出入り口という出入り口に、太い麻縄と木製の杭で組まれた強固なバリケードが築かれていたのだ。

その前には、完全武装した衛兵たちが等間隔で立ち並び、槍を交差させて通行人を威圧している。


「通行止めだ! ここから先は『特別監視区域』における治安維持のため、一時的に封鎖する!」


抗議しようとした商人が、衛兵に乱暴に突き飛ばされて尻餅をついた。

周囲の街人たちは遠巻きに事態を見守るしかなく、恐怖と困惑の表情を浮かべている。


南通りの中心にある雑貨屋《からすの止まり木》。

その店内は、息苦しいほどの沈黙に支配されていた。


「……お客さん、一人も来ません」


カウンターの奥で、リナが売上帳を握りしめたまま、泣きそうな声で呟いた。

彼女の顔は青ざめ、視線は空っぽの店内と窓の外を不安げに彷徨っている。


「マルタ婆さんのパンの配達も、セラさんのところからの薬草の納品も……全部、封鎖線で止められちゃったみたいです。このままじゃ、お店の食料も尽きちゃいます……」


日々の糧を得るための『商売』という当たり前の日常が、理不尽な暴力によって完全に絶たれてしまった。

店の奥の生活スペースでは、ノアをはじめとする孤児たちが身を寄せ合い、ガタガタと震えている。


「衛兵どもが言ってた……」

ノアが膝を抱え、血の気の引いた唇を震わせて言った。

「治安維持のために、俺たちみたいな身寄りのない子どもは、全員『再収容』するって……」


ドランが仕掛けたこの封鎖の本当の目的。

それは、南通りを物理的に孤立させ、グレンの雑貨屋を兵糧攻めにしつつ、孤児たちを捕らえて口封じをすることだ。

逃げ場のない檻に閉じ込められたという絶望が、冷たい手で彼らの心臓を握りしめていた。


「……店番を頼む」


そんな中、カウンターの端で古釘の錆落としをしていたグレンが、静かに立ち上がった。

いつもと変わらない、無精髭に眠そうな半分閉じた目。

古びたエプロンを外し、壁のフックに掛ける。


「店主さん! 外に出たら危ないです! 衛兵がうようよしてて……」

「……少し、様子を見てくる」


グレンはリナの制止を背中で受け流し、丸腰のまま、静かに店の扉を開けた。



南通りの入り口に設けられた封鎖線。

そこでは、数人の衛兵が退屈そうにあくびをしながら、近づこうとする街人たちを追い払っていた。


「おいおい、そんなに睨むなよ。俺たちだって隊長の命令でやってるんだぜ」


下卑た笑いを浮かべる衛兵たちの前に、グレンは音もなく歩み寄った。

彼は衛兵たちを一瞥しただけで、その視線をすぐに彼らが築いた『バリケード』へと移した。


(……)


グレンの目は、張り巡らされた太い麻縄、地面に打ち込まれた杭、そして衛兵の腰に下げられた通行許可を示す木札を、正確に観察していた。


王国の衛兵隊が使用する官給品は、強度を保つために特有の編み方と焼き印が施されている。

だが、目の前の封鎖線に使われている品々は違った。

麻縄は繊維が粗く、杭の鉄の純度は低く、木札には赤い塗料の飛沫が微かに付着している。


(……衛兵隊の標準品じゃない。赤鼠商会の倉庫にあった在庫品だ)


グレンは即座に見抜いた。

ドランは、正規の手続きで予算を使うのではなく、赤鼠商会から押収した裏の物品を流用してこの違法な封鎖を行っているのだ。

法を盾にしながら、その実態は悪党の遺産を使い回しているに過ぎない。


「あ? なんだてめえは。ここは通行止めだって言ってるのが聞こえねえのか?」


見張りの衛兵の一人が、グレンに気づいて槍の穂先を突きつけてきた。


「ああ、お前、あの生意気な雑貨屋の親父か。ちょうどいい、そこで大人しく店ごと飢え死にしてろ」


衛兵は嘲笑し、仲間たちと顔を見合わせて下品に笑った。

だが、グレンの表情は全く動かない。

怒りも焦りもない。ただ、作業工程を確認する職人のような冷たい目で、バリケードの構造を分析し終えていた。


「……結び方が、素人だ」

「あ?」

「張力が一点に偏りすぎている。これでは、ただの張子の虎だ」


グレンの静かな声が響いた次の瞬間。

彼の手が、槍の間を縫うようにして、バリケードの要となっている太い麻縄の『結び目』へと伸びた。


グレンは力を込めることはしない。

結び目の中で最も負荷がかかっている一本の繊維を指先で見極め、それを軽く弾き抜いただけだった。


パンッ!!


凄まじい破裂音が響いた。

一点に集中していた異常な張力が解放され、太い麻縄が鞭のように弾け飛んだのだ。


「うおっ!?」


縄の支えを失った数本の杭が、次々とバランスを崩して石畳の上に倒れ込む。

そして、反動で宙を跳ね回った長い麻縄が、逃げ遅れた衛兵たちの足元へ蛇のように絡みついた。


「わ、わわっ!」

「馬鹿野郎、引っ張るな! 俺の足が……!」


縄に絡まれた衛兵たちがパニックになり、互いに逆方向へ引っ張り合おうとする。

その結果、縄はさらにきつく彼らの足や胴体を縛り上げ、衛兵たちは三人まとめて団子状に絡まり合い、無様に石畳の上を転げ回った。


ガラガラと音を立てて崩れ去るバリケード。

土埃にまみれ、芋虫のように這いずる衛兵たち。


「……ぷっ」

「おい見ろよ、衛兵の奴ら、自分で張った縄に絡まってやがる」


遠巻きに見ていた街人たちから、抑えきれない笑い声が漏れた。

ドランが権威と暴力で築き上げた「決して逆らえない恐怖の封鎖線」が、たった一つの結び目を解かれただけで、滑稽な見世物へと成り下がった瞬間だった。


グレンは絡まり合う衛兵たちを見下ろし、淡々と告げた。


「……縄の結び方も知らないなら、鎖でも使え」


その場にいた誰もが、ドランの張った檻が崩れ去る痛快さに胸をすかせた。

だが、その笑い声は、奥から響いた冷酷な足音によって唐突に断ち切られた。


「……なるほど。小手先の悪あがきは得意なようだな」


衛兵たちの背後から、仕立ての良い制服を着た男がゆっくりと歩み出てきた。

衛兵隊長、ドラン・メイザーだ。


彼は無様に転がる部下たちを見下して小さく舌打ちをすると、鋭い蛇のような目でグレンを睨みつけた。


封鎖線が崩されたことに対し、ドランは激昂しなかった。

むしろ、その薄い唇には、獲物を罠に誘い込んだ蜘蛛のような冷酷な笑みが浮かんでいた。


「物理的な封鎖など、所詮は時間稼ぎに過ぎん」


ドランは懐から、代官の公印が押された一枚の重々しい羊皮紙を取り出し、グレンの目の前に突きつけた。


「ならば法廷に来い、雑貨屋」


その声は、広場にいるすべての者に聞こえるように、朗々と響き渡った。


「法の前で、お前を正当な罪人にしてやる」


物理的な檻が崩れた直後、今度は『法』という名の決して逃れられない真の檻が、グレンと南通りを完全に包み込もうとしていた。

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