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辺境雑貨屋のおっさん、実は王都最恐の元処刑人でした 〜店の子を泣かせた悪党は、魔法を唱える前に日用品で後始末します〜  作者: 他力本願寺


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第7話 営業許可を取り上げる男

南通りに、昨日までの活気はなかった。

衛兵隊の『特別監視区域』に指定されたことで、通りを歩く客の姿は消え失せ、代わりに巡回する武装した衛兵たちの高圧的な足音だけが響いている。


「おい、この木箱の置き方は交通の妨げになる。罰金銀貨二枚だ」

「なっ、そんな! うちはずっとこのやり方で……」

「文句があるなら営業停止にするぞ」


衛兵たちは理不尽な理由をつけては、グレンの雑貨屋《からすの止まり木》に少しでも関わりがあった店から、次々と罰金を取り立てていた。

それだけではない。

赤鼠商会から解放された孤児たちに、パンの切れ端を分けてやった住民の家には、唐突に「衛生検査」と称する立ち入り調査が行われ、家の中を荒らされた。


暴力は振るわれない。

だが、彼らが振りかざす『書類』と『権限』は、剣や棍棒よりも確実かつ冷酷に、人々の生活と尊厳を削り取っていく。


街角の少し離れた場所にある、セラの薬屋にもその魔の手は伸びていた。


「……『薬草販売許可の再審査通知』ですか」


セラは、衛兵から手渡された一枚の羊皮紙を見つめながら、静かに呟いた。


「そういうことだ。審査が終わるまで、お前の店での薬草の販売は一切禁止とする。破れば、ただちに店を接収する」


衛兵は冷笑を残して去っていった。

それは事実上の営業停止宣告だった。薬を必要とする貧しい患者たちを見捨てるか、自分から法を破って罪人になるか。

セラは手元の紙を握りしめ、ただ無言で俯くしかなかった。



《からすの止まり木》の店内。

客が一人も来ない薄暗い店内で、ノアは膝を抱えて震えていた。


「……怖いな」


ぽつりと漏れたその声には、赤鼠商会のチンピラたちに向けられていたものとは違う、本質の恐怖が混じっていた。


「赤鼠の奴らは、嫌なら逃げればよかった。殴られるのは痛いけど、裏通りに隠れてりゃなんとかなった。……でも、あいつらは違う」


ノアは窓の外、通りをふんぞり返って歩く衛兵たちを睨みつける。


「紙切れ一枚で、店を潰す。飯を奪う。逃げ場なんか、どこにもない。……殴られるより、ずっと怖い」


リナもまた、不安そうにカウンターの奥で売上帳を抱きしめていた。

自分たちを庇ったせいで、南通りの人々が苦しんでいる。その罪悪感が彼女の心を締め付けていた。


「……店番を頼む」


そんな重苦しい空気の中、カウンターの端で釘の錆落としをしていたグレンが、静かに立ち上がった。

彼は古びたエプロンを外し、壁に掛ける。


「店主さん、どこへ行くんですか? 外は衛兵が……」

「……少し、見てくる」


グレンはそれだけ言い残し、丸腰のまま、静かに店を出ていった。



辺境都市ラステルの中心部、衛兵詰所の前。

そこにある大きな木製の掲示板には、今日付けで発行された新しい『取締り命令書』が何枚も貼り出されていた。


掲示板の前には、顔を青ざめさせた商人や住民たちが群がっている。

みな、自分たちの生活を縛る新しい法令の束に絶望していた。


「おいおい、そんなに睨みつけても紙に穴は開かないぜ」


詰所の入り口に寄りかかり、見張りに立っていた衛兵の一人が、下卑た笑いを浮かべて商人たちを嘲笑った。

昨日、グレンの店で剣を落とし、尻餅をつかされたあの衛兵だ。

ドランの権威を笠に着た彼は、完全に強気を取り戻していた。


「不満があるなら、所定の手続きを踏んで異議申し立てをしろよ。まあ、受理されるまでに半年はかかるだろうがな。ひゃははっ!」


衛兵の露骨な嫌がらせに、商人たちは悔しそうに唇を噛む。


そこへ。

人混みを静かに掻き分けて、一人の男が進み出た。

無精髭に、眠そうな半分閉じた目。

グレンだ。


「げっ……貴様、南通りの……」


衛兵の顔が引き攣り、咄嗟に腰の剣に手をかける。

だが、グレンは彼を一瞥もせず、ただ真っ直ぐに掲示板の前に立ち、そこに貼られた真新しい命令書の束を見上げた。


「なんだ、字も読めない底辺の雑貨屋が、法の勉強でもしに来たのか?」


衛兵が虚勢を張って怒鳴る。

グレンは無言のまま、掲示板の一枚の命令書を指で軽く弾いた。


「……許可証の日付がおかしい」

「あ?」

「書かれている日付は、半月前のものだ。だが、この羊皮紙の『紙質』……これは、昨日、南通りの紙問屋が王都から仕入れたばかりの安物だ。半月前に存在するはずがない」


グレンの静かで通る声に、周囲の商人たちがざわめき始める。


「な、何を馬鹿な……っ」

「それに、判子のインクだ」


グレンはさらに別の命令書を指差す。


「代官の公印が押されているが、インクが新しすぎる。おまけに、押し方が歪だ。正式な公的文書なら、文官が定規を当てて真っ直ぐに押す。これは、素人が慌てて押し付けた跡だ」


グレンが語るのは、高度な魔法の知識でも、法律の専門知識でもない。

ただ、毎日様々な商品を仕入れ、帳簿をつけ、印を押す――『ただの雑貨屋』として培った、ごく当たり前の生活の知識だった。


「……お前たち、代官が不在なのをいいことに、ドランの指示で白紙の命令書に後付けで判を押しているな。これは違法な偽造文書だ」


グレンの決定的な指摘に、衛兵の顔面からさっと血の気が引いた。


「ち、違う! これは正式な……っ!」

「なら、今すぐ代官の代理記録簿と照合させろ」


グレンが一歩踏み出す。

その静かな、しかし絶対的な重圧に、衛兵はたまらず後ずさった。

もし本当に記録簿との照合を求められれば、ドランの独断で乱発している偽造命令書であることが街中の人間にバレてしまう。


「ひっ……!」


衛兵は言い返す言葉を見つけられず、逃げるように詰所の中へと駆け込んでいった。


「おい、見たか……」

「ってことは、あの罰金も、営業停止の脅しも、全部デタラメだったのか!」


商人たちの間に、抑圧から解放された安堵と、衛兵への怒りの声が広がる。

掲示板に貼られた偽造命令書の効力は、少なくともこの広場にいる人々の前では完全に失われた。


ドランの作り上げた『法』という名の檻に、グレンが小さな、しかし確実な亀裂を入れた瞬間だった。


グレンは騒ぐ商人たちを背に、再び無言で歩き出した。



その日の夜。

ラステルの街が深い闇に包まれる頃。


身軽なノアは、見回りの衛兵たちの目を盗み、屋根伝いに街を移動していた。

昼間、グレンが衛兵の鼻を明かしたことで、彼の中の恐怖が少しだけ薄れ、「自分にも何かできるはずだ」という気持ちが芽生えていたからだ。


(あいつら、まだ何か企んでるはずだ……)


衛兵詰所の裏手。

人目のつかない暗がりで、ノアは息を潜めた。

下から、車輪の軋む音と、ひそひそという話し声が聞こえてくる。


「おい、早く馬車に積め。隊長からの指示だ」

「わかってるよ。しかし、あの雑貨屋の親父のおかげで、表立っての集金がやりづらくなっちまったな」


数人の衛兵たちが、重そうな革袋をいくつも荷馬車に積み込んでいた。

赤鼠商会の残党から回収した裏金や、商人たちから脅し取った賄賂の輸送だろう。


(裏金の移動か……店主さんに教えないと)


ノアがそう思い、こっそりと後ずさろうとした、その時。


「っと、危ねえ!」


一人の衛兵が手を滑らせ、積み込もうとした革袋を石畳に落としてしまった。

ドサリ、という重い音と共に袋の口が開き、中身が月明かりの下にこぼれ落ちる。


「馬鹿野郎、早く拾え!」


慌てて硬貨を拾い集める衛兵たち。

その硬貨の輝きを、屋根の上のノアははっきりと見てしまった。


(……え?)


ノアはスリとして生きてきた。

だから、金目のものの価値は誰よりも正確に見分けることができる。


月光に照らされて鈍く光っていたその硬貨は、アルヴェン王国の見慣れた銅貨や銀貨ではなかった。

表面に、鋭い狼の紋章が刻まれた銀貨。

それは、本来この辺境の街に大量に存在するはずのない他国の通貨――敵国である『ガルディア帝国』の銀貨だった。


「……どうなってんだ、これ」


単なる街の衛兵の汚職事件ではない。

もっと巨大で、どす黒い悪意が、この街の根底に流れている。


ノアの背筋を、昼間感じたものとはまったく違う、底知れぬ悪寒が駆け抜けていった。

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