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辺境雑貨屋のおっさん、実は王都最恐の元処刑人でした 〜店の子を泣かせた悪党は、魔法を唱える前に日用品で後始末します〜  作者: 他力本願寺


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第6話 この街では、衛兵に逆らえない

辺境都市ラステルを裏から支配していた赤鼠商会が壊滅し、街の人々は一瞬だけ安堵の息を吐いた。

みかじめ料を取り立てに来るチンピラは消え、路地裏で怯えていた孤児たちは解放された。

長年街を覆っていた暗雲が晴れたかのように、人々の顔には短い喜びの色が浮かんでいた。


だが、その喜びは長くは続かなかった。

悪党が消えた空白を埋めるように、すぐさま別の影が街を覆い尽くしたからだ。


「おい、聞いたかい。衛兵隊が赤鼠商会の拠点を封鎖して、残っていた帳簿や証拠品を全部持っていっちまったらしいぞ」

「ああ。『証拠保全』とか何とか言ってたらしいが……。それに、解放された孤児たちを『保護』するって名目で、片っ端から収容所に押し込もうとしてるらしいじゃないか」


市場の片隅で、商人たちが声を潜めて囁き合っていた。

彼らの顔に浮かんでいるのは、赤鼠商会を恐れていた時と同じ、いや、それ以上の深い怯えだった。


「どうして衛兵がそんなことを……。悪党が捕まって、子どもたちは自由になったんじゃないのかい?」

「しっ、声が大きい! ……口封じだよ。商会と癒着してた衛兵どもが、自分たちの悪事がバレないように証拠を隠滅して回ってるんだ」


通りに面したパン屋の前で、マルタ婆さんが焼きたてのパンを並べながら、重いため息をついた。

彼女の店にも、今朝早くに衛兵がやってきて、みかじめ料の代わりに法外な『治安維持費』を要求していったのだ。


「なら、どうして誰も抗議しないんだ? 衛兵隊長に直訴すれば……」

「馬鹿言っちゃいけないよ。相手はこの街の法そのものだ」


マルタ婆さんは、ほうきで路地の土埃を掃きながら、苦々しげに吐き捨てた。


「逆らうと営業許可を止められるんだ。商売道具を差し押さえられちまったら、私たちは明日から生きていけやしない。この街じゃあ、誰も衛兵には逆らえないのさ」


権力という名の見えない鎖が、人々の首を静かに、そして確実に締め上げていた。



その日の午後。

南通りにある雑貨屋《からすの止まり木》の店内は、重苦しい緊張感に包まれていた。


「……店主さん」


カウンターの奥で、リナが不安げな声でグレンの背中を見た。

店の裏手にある生活スペースには、ノアをはじめとする数人の孤児たちが息を潜めて隠れている。衛兵たちの『保護』から逃れるためだ。


カラン、と入り口の鈴が乱暴に鳴らされた。


土足で踏み込んできたのは、数名の完全武装した衛兵たちと、その先頭に立つ一人の男だった。

仕立ての良い制服を隙なく着こなし、腰には装飾の施された剣を下げている。

ラステルの治安維持を一手に担う衛兵隊長、ドラン・メイザーだ。


「おや、客がいないようだな。辺境の雑貨屋というのは、随分と気楽な商売らしい」


ドランは店内をねっとりとした視線で見回しながら、冷笑を浮かべた。


「……何の用だ」


カウンターで古釘の仕分けをしていたグレンが、半分閉じたような目をドランに向ける。

ドランは懐から一枚の羊皮紙を取り出し、見せつけるように広げた。


「治安維持のための調査だ。最近、この南通りで盗品が売買されているという通報があってな。赤鼠商会の残党が持ち込んだ品が、この店に流れていないか確認させてもらう」


それは明らかな言いがかりだった。

だが、ドランの手にある書類には、代官の代理を示す正式な印が押されている。合法的な嫌がらせだ。


「おい、調べろ。怪しいものがないか、隅々までな」


ドランが顎でしゃくると、部下の衛兵たちが下品な笑いを浮かべながら店内に散らばった。


「あっ、ちょっと! 乱暴に扱わないで!」


リナが悲鳴を上げる。

衛兵たちは陳列された木箱をわざと蹴り飛ばし、瓶詰めの保存食を床に転がして笑っている。

彼らは暴力ではなく、合法的な捜索という名目で店を破壊し、グレンたちを精神的に屈服させようとしていた。


グレンは無言のまま、荒らされる店内を見つめていた。

怒鳴ることも、拳を握ることもしない。

ただ、彼の冷たい視線は、衛兵たちの『足元』に静かに注がれていた。


衛兵たちの真新しい革靴の底。

そこには、べっとりと黒い泥がこびりつき、白い灰と、黄色い香辛料の粉末が混ざって付着していた。


(……泥と、灰。それにウコンの粉か)


それは、グレンが赤鼠商会の倉庫を襲撃した際、床にばら撒いたものと全く同じ成分だった。

彼らが商会の倉庫に出入りし、何らかの証拠隠滅、あるいは裏金の回収を行っていた確たる証拠だ。


「隊長、こんなものがありましたぜ」


一人の衛兵が、カウンターの奥に回り込み、リナがつけていた『売上帳』を乱暴に取り上げた。


「返して! それはお店の帳簿です!」

「うるせえな。これも立派な証拠品だ。違法な取引の記録がないか、詰所でじっくり調べさせてもらう」


衛兵がリナを突き飛ばし、売上帳を脇に抱えようとした、その時だった。


「……足元が留守だぞ」


グレンの静かな声が響いた。

その瞬間、カウンターの下に張り巡らされていた細い『裁縫糸』が、グレンの指先のわずかな動きによってピンと張られた。


糸は、衛兵が身を乗り出したことで無防備になっていた腰の剣帯――その留め具の隙間に、正確に滑り込んでいた。


カチャリ。

極めて小さな金属音が鳴る。

糸の張力を利用して、剣帯の金具が弾き外された音だ。


「あ?」


衛兵が間抜けな声を上げた直後。

重い長剣が、鞘ごと衛兵の腰から滑り落ち、石の床にガシャン! と派手な音を立てて叩きつけられた。


「うおっ!?」


突然の出来事に驚いた衛兵が、見苦しく飛び退いて尻餅をつく。

脇に抱えていた売上帳が宙を舞い、グレンがそれを静かにキャッチしてカウンターへ戻した。


「な、何をしやがった貴様!」


床に倒れた衛兵が顔を真っ赤にして叫ぶが、グレンはただの雑貨屋の親父として、無表情に見下ろすだけだった。


「……剣帯の手入れもできないのか。危ないから拾って帰れ」

「て、てめえ……っ!」


傷一つ負っていないが、仲間の前で剣を落とし、尻餅をつかされた衛兵は、これ以上ないほどの屈辱に顔を歪めた。

暴力を使わず、完全に相手の面子だけを潰したのだ。


「……やめろ。見苦しい」


ドランが冷たい声で部下を制止した。

彼はグレンの底知れぬ静けさに、直感的な警戒心を抱いていた。この男は、ただの雑貨屋ではない。


「今日のところは引き上げだ」


ドランは部下たちをまとめ、店の出入り口へと向かう。

そして、扉に手をかけたところで立ち止まり、肩越しにグレンとリナを睨みつけた。


「……いいだろう。貴様らがその気なら、徹底的に法の手順を踏んでやる」


ドランは冷酷な笑みを浮かべ、街全体に響き渡るようなよく通る声で告げた。


「明日から、この南通りは衛兵隊の『特別監視区域』とする。不審な動きがあれば、直ちに営業許可を取り消す。……せいぜい、大人しくしていることだ」


扉が重い音を立てて閉まる。

ドランの宣言は、すぐに風に乗って街中へと広がり、ラステルの街は深い絶望と沈黙に包まれた。

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